「子どもの教育資金を計画的に準備したい」──こうした思いから不動産投資を始める会社員が増えています。
給与以外の収入を安定的に確保できる手段として注目される一方、運用を誤ると大きな負債を抱えるリスクも高まるため注意が必要です。
そこで、不動産専門FPの伊豫田誠氏が、年収600万円の30代会社員W氏の事例から、初心者が押さえるべき実践的なポイントを解説します。
不動産投資を取り巻く環境

不動産市場を取り巻く環境は、投資初心者にとって決して平坦ではありません。
現在の不動産投資環境は、「低金利+都心需要の堅調」という追い風がある一方で、価格高騰や年収の伸び悩みに伴う「融資条件の厳格化」が、新規参入のハードルを上げています。
とはいえ、投資用ローン金利が3%を超えていた時代と比べると、まだまだ借り手が有利な状況といえるでしょう。
物価上昇による現金資産の実質価値の低下を踏まえると、不動産投資はインフレ下での運用先の一つといえます。ただし、空室や価格下落などのリスクにも注意が必要です。
【不動産投資を取り巻く市場環境】
・金利:日本銀行のマイナス金利政策解除(2024年3月)以降、住宅ローンや不動産投資用ローンの変動金利に最も大きな影響を与える短期プライムレートは2024年3月時点で1.625%、翌2025年3月には1.875%へと上昇(※)
(※)日本銀行「日本銀行「長・短期プライムレート(主要行)」より
・需要:東京都区部の単身世帯は約279万世帯と増加基調(※)
(※)東京都統計局「人口動態統計(令和5年)2-10一般世帯の地域、世帯人員、世帯の家族類型別世帯数」より
・価格:東京23区の中古ワンルーム平均成約価格は、2017年の約1,466万円から2024年の約2,254万円へ上昇傾向(※)
(※)健美家「物件価格・利回りニュース(2025年3月20日)」より
・給与:日本の2020年から2023年の平均年収推移は435万円から460万円に、緩やかな上昇傾向(※)
(※)国税庁「民間給与実態統計調査」より
不動産投資をはじめた30代会社員の事例

30代の会社員(年収600万円)のW氏は、以前から「子どもの大学卒業までに必要な教育資金を計画的に準備したい」という思いがありました。
しかし、貯金だけで準備できるものか不安があり、インターネットで株式投資や不動産投資のことを調べ、セミナーにも積極的に参加。悩んだ末に、筆者(FP)へ相談に訪れました。
何度か話し合った結果、安定した賃貸需要が見込める関東でのワンルームマンションへの投資を考え、このときに候補に挙がった物件は、新宿区・西新宿五丁目駅(都営大江戸線)徒歩4分の中古物件と、横浜市にある神奈川新町駅徒歩3分の新築物件でした。
W氏は当初、渋谷区の物件のほうが値上がりするのではという期待を抱いており、この物件の購入に前向きでした。
しかし、W氏の希望は「毎月の家計に無理なく取り組めること」を重視するというもの。
そこで筆者は、自己資金をある程度入れるプランを提案。シミュレーションの結果、横浜市の物件は毎月のキャッシュフロー(CF)がプラスとなり、LTV・DSCRも無理のない範囲に収まることから、同物件を購入する決断をしました。
◆横浜市の物件
物件:神奈川新町駅徒歩3分・新築ワンルームマンション(22.5m2)
価格:2,300万円
頭金:300万円
借入:2,000万円(LTV=87%)、金利1.6%、期間35年
家賃収入:8万円/月
支出:管理・修繕8,000円+ローン返済6万2,000円=7万円
月次CF(キャッシュフロー):+1万円
DSCR(返済余力指標):1.09(家賃収入96万円-管理修繕9万6,000円-固定資産税5万円)÷74万4,000円
◆渋谷区の物件
物件:西新宿五丁目駅徒歩4分・築15年中古ワンルームマンション(25.6m2)
価格:2,950万円
頭金:300万円
借入:2,650万円(LTV=90%)、金利1.6%、期間35年
家賃収入:10万円/月
支出:管理・修繕1万5,000円+ローン返済8万2,000円=9万7,000円
月次CF(キャッシュフロー):+3,000円
DSCR(返済余力指標):0.96(家賃収入120万円-管理修繕18万円-固定資産税8万円)÷98万4,000円
《用語解説》
- CF(キャッシュフロー):家賃収入からローン返済・諸経費を引いた手残りで、プラスなら資金繰りが安定。
- LTV(Loan to Value/融資額÷物件価格):借入金が物件価格に占める割合を示す指標で、一般的には80%以下が理想的とされている。
- DSCR(元利金返済カバー率):純収益÷年間返済額で算出。一般に1.0未満は警戒水準とされます(金融機関によって基準差あり)。
15年間の運用シミュレーション

W氏が購入した、横浜市の物件の運用シミュレーションを、5年ごとに、15年間を予測しました。
このシミュレーションから、短期では大きな利益は見込めませんが、長期保有により融資残債が減少し、売却益と累計キャッシュフローが積み上がることで収益性が向上します。
10年経過後は売却益がプラスに転じ、融資元金の返済も進みます。15年時点では合計収益が300万円を超え、長期保有による安定な資産形成が見込まれます。
◆5年
融資残債:1,778万円
売却価格想定:2,070万円
売却益:-8万円(頭金300万円控除後)
累計CF:35万円(固定資産税25万円控除後)
合計収益:27万円
◆10年
融資残債:1,537万円
売却価格想定:1,955万円
売却益:118万円(頭金300万円控除後)
累計CF:70万円(固定資産税50万円控除後)
合計収益:188万円
◆15年
融資残債:1,277万円
売却価格想定:1,840万円
売却益:263万円(頭金300万円控除後)
累計CF:105万円(固定資産税75万円控除後)
合計収益:368万円
明暗を分けた2つのターニングポイント

W氏が不動産投資を始めて5年が経ったころ、明暗を分けた1つ目のできごと、コロナショックがありました。
コロナショックにより経済活動が急速に停滞したことを覚えている人も多いでしょう。実際、飲食店や小売業では外出規制などで経営が厳しくなり、賃料負担に耐えられず撤退や閉店が相次ぎました。
また、オフィスでもリモートワークの普及に伴い、広いスペースを維持する必要がなくなり縮小や解約が進んだのです。
また住宅においても、都心での生活コストを抑えるため郊外へ引っ越す動きや、収入減で家賃を払えず退去するケースが増加しました。
これにより空室率が上昇し、物件オーナーは賃料の値下げやフリーレントなど入居促進策を講じる状況となりました。
幸いなことに、W氏が購入した横浜市の物件は退居が発生せず事なきを得ます。しかし、渋谷区の物件を購入していたらそうはいきませんでした。
渋谷区の物件はコロナ禍で退居が発生、次の入居者を付けるために家賃を5,000円下げて募集したが、それでも入居者が決まるまで2ヵ月を要することとなったのです。
もし渋谷区の物件を選んでいた場合、退去と賃料下落により年間約20万円の減収、月次CFもマイナス2,000円となり、教育資金計画に影響を及ぼしていた可能性があります。
2つ目のターニングポイントは「保有方針」
W氏はコロナショック時、賃貸需要や価格下落の不安を感じ、少しでも利益が出る5年時点での売却を検討しました。
しかし、シミュレーションでは長期保有によって融資残債が着実に減り、売却益とキャッシュフローの合計収益が大きくなることが確認できたため、短期的な不安よりも長期的な資産形成効果を優先し、売却を見送る判断をしました。
その結果、投資開始から10年が経ち、子どもの高校入学が決まりましたが、学費はこれまでの貯蓄でまかなえる見通しが立っていました。
W氏は当初の目的である、子どもの大学進学に向けた資金づくりをより確実にするため、引き続き物件を運用しながら資産形成を続けていく決断をしました。
成功の鍵は「物件選び」と「保有方針」

W氏の不動産投資について、成否を分けたのは「物件選び」と「保有方針」という2つの選択でした。
競争率の高い都心エリアをあえて避け、短期的な利益よりも長期的な安定運用を選択したことが、堅実な資産形成につながった一例といえます。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。