高齢大家にとって避けて通れないのが「出口戦略」です。築年数や市場環境の変化だけでなく、相続が発生すれば家族間のトラブルや思わぬ税負担に直面することも少なくありません。
こうしたなか注目されるのが、自らの意思で承継先を決めることができ、早期に資産移転ができる「生前贈与」です。生前贈与はメリットも多い一方、贈与税負担や特例の使えないケース、死の間際の贈与が否認されるリスクも存在します。
そこで今回、大家経験のある弁護士の山村暢彦氏が、生前贈与のメリット・デメリットと失敗しないためのポイントについて、そのほかの出口戦略の方法と比較しながら解説します。
高齢大家にとって「出口戦略」が欠かせない理由

長年不動産投資を続けてきた大家にとって、物件を「いつ、どのように手放すか」という出口戦略を練ることは避けて通れません。
築年数の経過による老朽化や修繕費の増加、賃貸需要の変動などは、物件の収益性を大きく左右します。
さらに、高齢になれば体力的・精神的に管理業務を継続するのが難しくなるほか、相続発生後には家族間での意見対立や「争族」につながることも少なくありません。特に不動産は分割が難しいため、遺産分割の際にトラブルの火種となりやすい資産です。
そのため、生前から売却・相続・贈与といった出口を明確に想定し、資産をどう承継・整理するかを家族と共有しておくことが欠かせません。
適切な出口戦略を練ることで、老後の生活資金の確保や相続トラブルの回避、そして家族に安心して資産を引き継ぐことが可能になります。
特に、老朽化物件の扱いは新築アパートを建てるよりも難しい、ということを留意しておくべきです。近年は借地借家法などによる賃借人保護の意識が高まり、立ち退き交渉のハードルも上がっています。
加えて、修繕で維持するほうがよいのか、資金をかけて建て替えたほうがよいのかという判断もなかなか難しいところ。
そのまま次代に承継するという選択肢もありますが、たとえば「賃貸業の経験がない次代が、いきなり難易度の高い『老朽化物件の処理』を任されたらどうなるか」といったこともイメージしたうえで、出口戦略は慎重に練るべきです。
実際、筆者のところにも「親から相続したアパートで賃料滞納があり困っている」とか、「親から相続したアパートを建て替えたいが入居が立ち退いてくれない」といった相談が非常に多いです。
「売却・相続・生前贈与」…出口戦略の3つの選択肢

不動産投資の出口戦略は「売却」「相続」「生前贈与」の3つに大別されます。
まず売却は、市場環境がよければ資産を現金化でき、老後の生活資金確保や他の投資への再投資にもつながる一方、築古物件は買い手がつきにくく、思うような価格で売れないこともあります。
また相続は、特例控除の活用により節税効果が期待できる一方、相続発生後に分割をめぐって家族が対立し、遺産分割協議が長期化するリスクがあります。
このなかで、生前贈与は所有者が自らの意思で承継先を指定し、早期に資産を移転できる点が大きな特徴です。一方で、贈与税負担や一度行うと取り消しが難しいといったデメリットもあります。
出口戦略は「唯一解」がないのが非常に悩ましいところですが、資産規模や家族構成、税務面の状況に応じて選択肢を組み合わせ、「最適解」を探ることをおすすめします。
筆者の経験としては、「金融資産が少なく、不動産が多い相続」は非常に揉めやすいです。
したがって、相続トラブルを避けるには、不動産に偏らないよう「金融資産比率を高めておく」ことが重要です。相続財産の割合しだいではありますが、「売却+生前贈与or金融資産比率を高める」というのが、ひとつの効果的な対策なのではないでしょうか。
生前贈与は「争族リスク」を減らす

生前贈与とは、相続財産を生前のうちに家族へ移転する方法です。不動産の贈与では、まず「贈与契約書」を作成し、受贈者へ登記名義を移転します(※)。その後、贈与税の申告・納付を行うのが一般的な流れです。
※金銭の贈与の場合も、贈与契約書を作成し、実際に銀行振込などで資金を移すなど、形式と実態を整えておくことが大切です。なお、不動産の場合は登記費用や登録免許税などの付随コストも発生します。
生前贈与のメリットとしては、所有者が自らの意思で承継先を決められること、相続開始前に家賃収入などの利益を移転できること、相続時の争族リスクを事前に回避できることなどが挙げられます。
また、早めに贈与することで将来の相続財産を減らし、税負担をコントロールできる点も魅力でしょう。
一方、贈与税は相続税よりも税率が高くなることが多く、思わぬコストが発生するといったデメリットがあります。さらに、一度贈与すると取り消しは困難であり、贈与後の管理を誤ると「名義預金」として否認される危険性もあります。
名義預金というのは、「名義が相続人である子ども名義でも、親が管理していたら、それは親の財産である」という考え方のことです。
加えて、令和6年(2024年)1月1日以降の贈与は、相続開始から7年間遡って相続財産に加算されるよう制度変更されています。
なお、経過措置として3〜7年部分は各年100万円の控除後に加算されます。そのため、これから生前贈与を検討する場合、晩年に慌てて贈与すると効果が限定される点にも注意が必要です。
自己判断は危険…生前贈与の“落とし穴”

生前贈与は、一見すると円滑な資産承継の手段に思えるでしょう。しかし、実務上は数多くの“落とし穴”も存在します。
前述した「名義預金リスク」や「晩年の贈与」のほかにも、贈与契約書の不備で贈与そのものが認められなかったり、小規模宅地等の相続税特例を失って余計な税金が発生したりするケースもあります。
特に、贈与契約書を作成せず金銭のみを移動させると、「親の意思確認が不十分ではないか」と疑われ、家族間の紛争に発展するケースもあります。
こうした失敗は「専門家に相談せず自己判断で進めた」ことに起因するものが多く、計画性の欠如や家族間での話し合い不足が「争族」を生み出す火種となります。成功のカギは、早めの準備と法的・税務的に正しい手続きの実行です。
筆者の経験上、生前贈与を亡くなる直前に行うと、トラブルにつながるケースが少なくありません。したがって、できればまだまだお元気なうちに、税理士や弁護士といった専門家に相談しながら、地道にやっていくというのが現実的で安心な進め方といえるでしょう。
生前贈与を取り入れた実務的な相続対策

生前贈与を活用した相続対策には、いくつかの方法があります。
ひとつは、「暦年贈与」といわれる、贈与税の基礎控除である年間110万円までの非課税枠を利用して贈与していく方法です。
ただし、「年間110万円まで非課税」との理解だけで機械的に送金すると、形式的贈与とみなされ、名義預金として否認されるおそれがあります。実際には、贈与契約書や資金管理の実態が重要です。
税務調査に引っかからないために、どのような方法が正解かというと絶対的な回答はできません。しかし、あえて110万円以上贈与して低額の贈与税を申告しておく、という手法が利用されることもあります。
また、厳密には生前贈与とは異なりますが、親の土地に子ども名義のアパートを建て、その運用収益で親の土地を順次取得していくという手法もあります。
ただし、この方法は金融機関との調整や共有名義に伴うリスクがあり、実務的にも複雑です。適切に進めなければ、かえって紛争の原因となるケースも少なくないため、税理士や不動産の専門家と相談しながら慎重に検討することが重要です。
「生前贈与」は元気なうちに少しずつ
生前贈与は相続対策のひとつとして非常に重要ですが、贈与税や登記等の手続障壁もあり、簡単なものではありません。また、晩年に無理やり行うとかえって損をしたり、トラブルを深刻化させたりすることにつながりやすいです。
したがって、生前贈与は本人が元気なうちに、親子で十分な話し合いを行いながら、少しずつ計画的に進めていくことが重要です。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。