アパート経営では、入居者トラブルに直面することがあります。
ただ、騒音や迷惑行為を繰り返す入居者について、「契約を解除しておしまい」というわけにはいきません。入居者の権利は強く保護されているため、大家側には法的な基準に沿った慎重な対応が求められるのです。
そこで今回、大家経験のある弁護士が「契約解除が認められる条件」と、その前段階である「注意・指導・調停」といった具体的な対処法の流れを解説します。
賃貸借契約解除の基本的な考え方

入居者が隣人に迷惑をかけているからといって、すぐに「出て行ってください」と伝えても、法律上、簡単に契約解除はできません。日本の賃貸借契約は、借地借家法によって入居者の居住権が強く保護されており、大家側からの一方的な解除は厳しく制限されています。
解除が認められるためには、「信頼関係の破壊(信頼関係破壊の法理)」が成立していることが要件となります。
これは、入居者の迷惑行為が継続的・重大であり、もはや大家と入居者との信頼関係が維持できないほどに悪化したときに初めて、契約を解除できるという考え方です。
軽微な契約違反で立ち退きを迫られると、入居者が住む場所を失うという重大な不利益を受けることになります。そのため、信頼関係破壊の法理という入居者保護の法理が裁判所では採用されているのです。
たとえば、家賃滞納が長期間続いている場合や、夜間の騒音や暴力行為などにより、近隣住民が退去するほどの深刻な事態に至った場合には、裁判所が「信頼関係の破壊」を認める傾向にあります。
一方、一度きりのトラブルや、軽微な迷惑行為だけでは、解除を認めてもらうのは難しいのが実情です。
過去の判例でも、隣人への継続的な嫌がらせや深夜の騒音が繰り返され、近隣からの苦情が多数寄せられていたケースでは、解除が有効と判断された例があります。
しかし、単発的なトラブルや、入居者が改善の意思を示している場合には、解除が否定された例も少なくありません。
つまり、解除の可否は「迷惑の程度」「継続性」「周囲への影響」といった要素の総合判断によって決まるといっていいでしょう。
筆者は実際にこのような相談を受けた場合、「数年にわたり注意しても改善されず、警察を呼ぶレベルの大きなトラブルが継続していて、その証拠が残っていてはじめて」、迷惑行為による立退訴訟の勝訴可能性がでてくるという説明をしています。
大家としては、「迷惑だから」と感情的に動くのではなく、まずは証拠を残しながら注意・警告を行い、それでも改善が見られない場合に解除を検討することが重要です。
解除のハードルは高いため、安易に進めると逆に訴訟リスクを招くおそれがあります。したがって、入居者トラブルへの対応は、法的な枠組みを理解したうえで慎重に進める必要があるのです。
入居者トラブルの対処法 ― 注意・指導・調停の流れ

入居者が隣人に迷惑をかけているとき、いきなり契約解除や訴訟に踏み切るのは現実的ではありません。
前述のとおり、裁判所が契約解除を認めるのは「信頼関係が破壊された」と判断できる場合に限られるからです。大家としては、段階的に適切な対応を重ね、改善の機会を与える必要があります。
ここでは、解除に至る前に取るべき代表的な手段を整理します。
1. 口頭での注意・コミュニケーション
最初のステップは、入居者に対する直接の注意です。
迷惑行為があっても、本人に自覚がないケースは意外と多いです。たとえば「夜中のテレビの音が大きい」といったトラブルでは、本人は通常の音量だと思っていることもあります。
そのため、まずは穏やかに事情を伝え、改善を促すことが大切です。管理会社が入っている場合は、担当者からの注意を通じて対応するのが一般的です。
この段階で重要なのは「記録を残すこと」です。日時・内容・注意結果などをメモや報告書として残しておくことで、後にトラブルが深刻化した際に「改善を求めたが効果がなかった」ことを示す証拠になります。
2. 書面での警告・通知
口頭で改善が見られない場合には、次のステップとして「書面での注意・警告」を行います。
内容証明郵便を使い、迷惑行為の具体的な内容(例:〇月〇日深夜の騒音、共用部での喫煙など)を指摘し、改善を求めます。ここで大切なのは「迷惑行為をやめなければ契約解除も検討する」という意思を明確に示すことです。
書面を送ることによって、入居者にプレッシャーを与えるとともに、後に裁判になった際の証拠にもなります。
「大家として相当の対応を尽くした」という姿勢を示すことで、信頼関係が破壊されたことを裁判所に認めてもらいやすくなるのです。
3. 第三者機関の関与 ― 調停・行政窓口の利用
注意や警告を重ねても改善が見られない場合、第三者の介入を検討します。
たとえば、簡易裁判所での「民事調停」を利用する方法があります。
これは、裁判所の調停委員が仲介し、大家と入居者の話し合いを調整してくれる制度です。訴訟よりも柔軟で、費用や時間も抑えられるため、大家にとっては実務上使いやすい手段といえるでしょう。
また、地域によっては「生活騒音相談窓口」といった行政窓口を活用できる場合もあります。
そのほか、迷惑行為も脅迫行為や夜間の奇声など、危険を感じるものであれば警察に相談するという対処方法もあります。こうした第三者機関が関与することで、入居者も行動を改めやすくなる傾向があります。
4. 弁護士による介入
調停や行政の関与でも解決しない場合、弁護士に依頼して法的対応を検討する段階に入ります。
弁護士が代理人として内容証明を送るだけでも、入居者への心理的効果は大きく、改善につながるケースも少なくありません。
また、訴訟を視野に入れて証拠収集や主張整理を進めることもできるため、「解除に耐えうる証拠を固める」という点でも重要なステップとなります。
5. 段階的対応を踏まえて裁判へ
これらの手段を尽くしても迷惑行為が続く場合、はじめて「契約解除を求める訴訟」に踏み切ることになります。
ここまでの過程で、注意・警告・調停といった対応をきちんと行ってきたかどうかが、裁判での判断に直結します。
逆に、いきなり解除を主張しても、裁判所は「改善の余地があったにもかかわらず、大家が必要な対応を尽くしていない」と判断し、解除を認めないことが多いのです。
〈実務的なポイント〉
- 注意や警告は必ず記録化し、証拠として残すこと
- 感情的に行動せず、段階を踏んで対応すること
- 第三者の関与(調停・弁護士介入)を早めに検討すること
このように、入居者トラブルはすぐに「解除・訴訟」とはならず、段階的な対応を積み重ねて、証拠を確保するプロセスが不可欠です。
オーナーにとっては負担に感じるかもしれません。しかし、この過程を経てこそ、万が一裁判になった場合にも有利に戦うことができます。
解決への近道は「段階的な対応」と「証拠集め」

迷惑行為は看過できませんが、賃貸借は入居者保護が強く、「信頼関係破壊の法理」を満たさない限り解除は容易ではありません。
だからこそ、怒りを抑え、①口頭注意→②書面警告(内容証明・記録化)→③調停、警察への相談など第三者関与→④弁護士による最終整理、と段階を踏むことが近道です。
日時・苦情件数・録音・映像などの証拠を着実に蓄積し、改善の機会を与えた経過を整えておけば、訴訟になっても勝ち筋が生まれます。
早い段階で専門家に相談し、トラブルの早期解決とコストの最小化を図りましょう。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。