損切りというと、株式投資の世界でよく使われるイメージですが、不動産投資でも同様に、物件売却を検討すべき「損切り」のタイミングがあります。
では、不動産投資における適切な損切りのタイミングとはいつなのか、メガバンク出身の不動産鑑定士である小俣年穂氏が解説します。
不動産投資における「損切り」の重要性

「損切り」は株式投資の世界でよく使われる言葉ですが、不動産投資においても、そのタイミングや判断は非常に重要です。
損切りの目的は、下落する資産の“止血”と、資産の目減りを抑制することです。この判断が遅れると、いわゆる「塩漬け状態※」となり、最悪の場合、投資した資金を大きく毀損してしまう可能性もあります。
※ 塩漬け状態……値下がりした資産を損切りできずに、長期間保有し続けている状態のこと。損失を確定させたくない心理や「いつか株価が戻るはず」という期待から売却できず、資金が固定されてしまうのが特徴。
たとえば上場株式の場合、日々の時価が明確に示されており、保有株の価格推移を把握できるため、損切りルールを設定しやすいといえます。投資家のなかには、「購入価格から20%下落した時点で売却する」など、あらかじめルールを定めている人も多いです。
一方、不動産の場合はどうでしょう。株式とは異なり、客観的な時価は表示されておらず、売買が成立した時点で、実質的な時価が明らかになります。
たとえば、投資家が所有する不動産を「1億円の価値がある」と考えていても、実際に9,000万円でしか買い手が見つからなければ、その価格でしか取引は成立しません。
逆に、1億円の価値があると考える不動産を試しに1億2,000万円で売りに出したところ、買い手が現れるケースもあります。
つまり、「投資家が考える価格=時価」とは限らず、価格は上下するのが一般的です。実際には、所有不動産への期待と市場価格のギャップから、思っていた価格で売れないケースが少なくありません。
不動産の時価を把握する方法

このように、時価を把握することが難しい不動産ですが、以下の方法によっておおよそ推測することが可能です。
- WEB上で近隣の売却事例を調べ、相場を把握する
- 不動産業者に査定を依頼する(ただし、その後売却の営業をかけられる可能性があります)
- 「収益還元法」を用いて自ら不動産価格を算出する
- 国土交通省が公表している「不動産情報ライブラリ」で成約価格を確認する
- 公的な価格(固定資産税評価・相続税路線価・公示地価・基準地価)から価格のトレンドを把握する
- 不動産鑑定士に鑑定評価書を依頼する(ただし、費用がかかります)
筆者としては、3.の収益還元法を基準に、1.や5.を併用して、所有不動産の時価を推測するのが望ましいと考えます。
収益還元法をもとに時価の目安を知る
投資用不動産の場合、家賃収入(収益)によって価格が形成されます。これを、「収益還元法」と呼びます。
収益還元法では、不動産の収入から運営費用を差し引いた純収益(NOI:Net Operating Income)を還元利回りで割り戻して価格を算定します。仮に年間の純収益が100万円だった場合、収益価格は下記のとおりです。
〈例〉
年間の純収益100万円÷還元利回り5.0%=収益価格2,000万円
上記の収益価格2,000万円が、不動産の時価を推測する目安のひとつとなります。
実務では「表面利回り(年間満室賃料に対する利回り)」が使われることもありますが、経費や空室リスクを考慮した純収益に基づく「還元利回り」で価格を求めるほうが適切でしょう。
不動産は設備や構造の違いによって経費が異なり、立地によって空室リスクも変わるためです。
なお、この還元利回りについては、一般財団法人日本不動産研究所が公表する「不動産投資家調査」や、J-REITに上場している投資法人が公表する利回りなども参考になります。
投資法人では投資家保護の観点から、所有不動産について年に1〜2回鑑定評価書を取得しており、その際に還元利回りが公表されています。
このように、所有不動産の価格を定期的に計算し、売却の検討を行うことが重要です。不動産価格が下落基調にある場合には、株式投資と同様に「損切り」を検討すべきでしょう。
不動産投資における「損切り」の判断基準

投資用不動産の価格(収益価格)は、上記のように収益還元法で求められます。還元利回りが一定であると仮定すると、価格が下がっている状態とは、すなわち「純収益」が低下していることを意味します。
純収益が低下する要因としては、以下の可能性が考えられるでしょう。
- 新規賃料の下落(入居者が入れ替わるたびに賃料が下がっている)
- 空室率の上昇
- 不動産の運営コスト※の増加
※不動産の運営コストの例
- 維持管理費(ビルメンテナンス・清掃・点検・消耗品など)
- 固定資産税、都市計画税、償却資産税などの税金
- 水道光熱費、通信費
- 修繕費(原状回復、補修)
- 損害保険料(火災保険・地震保険)
- 募集費用(仲介手数料・広告費)
- 不動産管理手数料
- 大規模修繕のための積み立て
なお、借入による元利金の返済も実務上は支出となるが、借入の有無や金利条件は投資家の経済力や与信力によって異なるため、ここでは考慮外とする。
つまり、不動産価格が下落している状況とは、不動産から得られる「手残り資金(手元に残る資金)」が減少している状況と言い換えることができます。
そして、手残り資金が減り、資産の目減りが続いているこの局面こそ、不動産の「損切り」を検討すべきタイミングといえるのです。
具体的に損切りを検討すべき判断基準としては、下記の3つが考えられます。
「純収益」の推移
まずは、「年間の純収益」を基準に判断するといいでしょう。月単位では突発的な経費や空室の発生によって不動産の本来の収益力を把握しづらいため、年単位で見ることで、経費や空室リスクもおおむね反映され、実態をより正確に把握することができます。
「還元利回り」の現況
不動産市況が悪化すると、還元利回りは上昇します(〈例〉5.0%→6.0%)。還元利回りの上昇は、すなわち不動産価格の下落を意味します。
では、この還元利回りはどのように決まるのでしょうか。
代表的な算定方法のひとつに、「積み上げ法」があります。これは、国債などの安全資産の利回り(リスクフリーレート)に、不動産特有のリスクを加えて利回りを求める考え方です。
投資家は不動産だけでなく他の投資商品とも比較しながら期待利回りを決めるため、還元利回りの動向を把握することは損切り判断において重要です。
不動産は株式と比べて流動性が低く、築年数の経過による劣化や管理上のリスク、収益悪化、税制改正など多くのリスクを抱えています。したがって、公表されている利回りを参考にするだけでなく、他の投資商品の利回り動向もあわせて確認しておくことが重要です。
物価の推移
不動産は一般的に、「インフレに強い資産」といわれます。しかし投資用不動産の場合、物価上昇は修繕費や維持管理費の増加につながり、結果として純収益を悪化させる要因となります。
賃料が物価上昇に合わせて上昇していれば問題はありませんが、賃料が追随しない場合には売却を検討する必要があります。したがって、「消費者物価指数」などの動向を把握しておくといいでしょう。
このように、所有不動産の状況をマクロ的視点からも確認し、数値を把握しておくことで、早期に損切りの判断を下すことが可能になります。
判断基準は「数値化」が有効

価格が下落している局面では「売買価格<ローン残債」となるケースがあるため、借入をしている場合、残債の把握が不可欠です。
さらに、物件を売却する際は、仲介手数料やローン手数料、登録免許税、譲渡所得税などの費用が発生します。これらの費用を差し引いてもローンを完済できる売却価格を把握しておきましょう。
これらから導き出した「最低限維持すべき売却価格」を基準に、純収益の下落幅や還元利回りの悪化幅をあらかじめ数値化しておくことが望ましいといえます。
なお、「価格が下落している局面ならば、譲渡所得税はかからないのでは?」と疑問に思う人もいるかもしれません。
しかし、中古不動産を取得した場合、減価償却が進み、簿価が大きく低下しているケースがあります。その場合、不動産価格が下落していても譲渡所得税が発生することがあるのです。
したがって、計算にあたっては「簿価」の把握も不可欠といえるでしょう。
「ルールの設定」が不動産投資の失敗リスクを減らす

日銀の政策金利が上昇基調にあり、不動産投資環境には大きな変化が生じています。筆者が銀行員として勤務していたころには想像もできなかった事態です。
物価の高騰や国債利回りの上昇、不動産に関する税制改正なども相まって、投資用不動産の出口戦略はこれまで以上に慎重な分析と判断が不可欠となっています。
この局面で物件の所有を続けるか否かを判断するには、賃料の推移を把握することが重要です。
賃料は「遅効性」があるといわれ、景気変動に即座に反応せず、徐々に変化していきます。借地借家法により借家人の居住権が強いため、入居者の入替や契約更新のタイミングで少しずつ上昇していくのです。
「純収益」を増やすことを念頭に置き、賃料の上昇計画を立てることで、失敗のリスクを軽減できるでしょう。
損切りすべきタイミングは投資家ごとに異なりますが、売却判断にルールを設けておくことで、円滑に対応することが可能になります。
昨今は投資環境の変化が特に大きいため、判断基準を明確にしておくことが、適切なタイミングでの意思決定につながるはずです。
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