かつては東京や大阪などの大都市圏でしか見られなかった「億ション」と呼ばれる1億円を超える高級マンション。しかし近年、福岡、札幌、仙台、広島といった地方中核都市でも、タワーマンションの最上階が1億5,000万円、2億円という価格で「完売御礼」となるケースが珍しくありません。なぜ今、地方都市で億ションが売れるのでしょうか?
本記事では、「ローカル億ション」という言葉の産みの親であるLIFULL HOME’S 総研の中山副所長に、地方億ション人気の背景にある複合的な要因と購入前の注意点につてお話をうかがいました。
ローカル億ションとは?

そもそも、ローカル億ションとはどのような物件のことを表すのでしょうか。
「億ション」とは、販売価格が1億円を超える住戸を持つマンションを指す言葉であり、これまでは主に首都圏・近畿圏・中部圏の三大都市圏や、札幌・仙台・広島・福岡といった「地方4市」の中心部において供給されることが一般的でした。
しかし、近年では富裕層や高収入の共働き世帯を中心とした需要の広がりを背景に、地方都市にも「ローカル億ション」と呼ばれる1億円超の物件が相次いで登場しています。
「ローカル億ション」が広がった4つの背景

かつては東京・大阪・名古屋などの三大都市圏や福岡といった一部の大都市でしか見られなかった“億ション”。しかし、近年では地方都市でも「ローカル億ション」の分譲が進み、そのマーケットが拡大しつつあります。中山さんによると、その背景には次の4つの要因が挙げられるといいます。
富裕層の増加と堅実な資産形成
日本人は経済状況に左右されにくい、着実な貯蓄志向を持つ傾向があるといわれています。地道な預貯金の積み重ねによって資産を形成する人が増加し、結果として富裕層の裾野が拡大しました。このため、地方においても高価格帯の物件を購入できる層が生まれてきています。
株価上昇による資産の拡大
2020年頃のアベノミクスの集大成期から、日経平均株価は上昇基調となり、一時は4万円を超える水準にまで達しました。株式投資によって大きな利益を得た人たちが、資産の付け替え手段として不動産購入に目を向けるようになっています。
相続税対策としての不動産購入
特に注目されているのが、タワーマンションの最上階など、相続税評価額と実際の購入価格に差がある物件です。評価額を抑えつつ資産価値の高い物件を持てることから、節税目的での高額物件購入が増加しています。
インバウンド投資と地方ニーズの可視化
コロナ禍を経て海外からの不動産投資需要も回復しつつあり、都市部だけでなく地方にもその波が及んでいます。さらに、これまで都市部にしか存在しなかったような高級マンションに対し、「東京にはあるけど、地元にはない。あれば買いたいのに」といった地方在住の富裕層の声も届くようになりました。
たとえば、札幌で試験的に高額物件を分譲したところ好調に売れたことを契機に、「札幌で成功するなら他の地方都市でも」と考える動きが加速。こうして「ローカル億ション」の市場が全国的に広がっています。
ローカル億ション購入のメリット・デメリット

都市部に比べて物件数は限られるものの、「地元で快適に暮らしたい」「都心の喧騒を避けてゆとりある生活を送りたい」と考える層には魅力的な選択肢であるローカル億ション。
ローカル億ションならではのメリットがある一方で、見落としがちなデメリットも存在します。
ここでは、中山さんによるローカル億ションを購入する前に知っておきたいメリットとデメリットを整理してご紹介します。
多様な購入ニーズに対応
ローカル億ションの購入者には、主に3つのタイプが存在します。
1つ目は、首都圏や近畿圏の富裕層で、将来のリタイアを見据えて地方に拠点を持ちたいという方々です。会社経営者や医師、弁護士など、いわゆる“資格富裕層”が該当します。
2つ目は、地方の地元富裕層。広大な土地を所有している地元の名士が、相続税対策として一部の土地を売却し、その資金で駅前のタワーマンションなどを購入するケースが見られます。
3つ目はインバウンドを含む海外の購入者です。セカンドハウス利用を前提にしつつ、将来的に売却してキャピタルゲインを狙うなど、投資・投機目的の方も存在します。
このように、ローカル億ションの購入ニーズは、実需、セカンドハウス、相続対策、投資、投機と非常に多様で厚みがあります。
資産性・節税ができる
一般的に億ションと呼ばれる高層階やプレミアムフロアの住戸は、通常の住宅と比較して設備仕様が優れており、価格も高く設定されています。しかし、その市場での「評価額」と相続税評価の基準となる「路線価」との差を利用することで、相続税対策として経済的なメリットが期待できます。
ステータス性・所有満足度が高い
ローカル億ションは、“地域一番物件”となることが多く、購入者の社会的地位や所有欲を満たす存在になります。駅前の高層マンションの最上階を所有している、という事実は、都市部と同様に“噂になる存在”として、住民間で語られることもあります。
想定されるリスク要因
ローカル億ションは、その魅力と希少性で注目を集める一方で、購入には慎重な検討が必要です。ここでは、購入前に認識しておくべき代表的なリスクについて解説します。
流動性の低さと価格下落リスク
ローカル億ションは、物件価格も高額であるため、そもそも購入できる顧客層が限られています。そのため、売却時に買い手が見つからず、希望価格より値下げせざるを得ないリスクも想定されます。たとえば、新築時には1億円で購入したものの、地域全体のマンション相場が4,000万円前後の中で売却しようとすると、中古市場では想定よりも大きく値下がりしてしまう可能性があります。
特に億ションは単なる利便性だけでなく”立地”や”個別性(希少性)”が重要ですので、新築購入時に周辺環境や物件のグレード感などにも留意する必要があります。
ローカル億ションは、県庁所在地や地域一番の好立地に建てられる

中山さんによれば、ローカル億ションはその地域の「一等地」に建てられる傾向が強いといいます。たとえば沖縄県では、首里城の近くやモノレール沿線といった交通利便性の高い場所に高額物件が集中しています。熊本市でも、ボートピア周辺など都市機能が充実し、地元で「最もイメージの良いエリア」として認識されている地域に建設されるケースが目立ちます。
これは、不動産業界において「その街で最も価値がある立地」とされる場所を意味しており、ローカル億ションの多くがこうした好立地に絞って展開されいます。高い利便性やステータス性を求める購入層のニーズに合致しているといえるでしょう。
住宅性能義務化も煽りに
ここ数年、全国の億ション建設プロジェクト数は右肩上がりで増加しており、2024年は年間300件を超える分譲が行われました。毎年およそ10件〜十数件ずつ増えており、2025年にはさらなる増加が見込まれています。
この背景には、2025年4月1日から施行された「改正建築物省エネ法」が大きく影響しています。この法律により、すべての新築住宅に対して断熱性能や省エネ性能の基準を満たすことが義務付けられ、住宅性能を高める動きが全国で加速しています。
マンションデベロッパー各社は、既に多くがZEH水準のマンションを供給しており、高性能な住まいの供給が主流になりつつあります。東京都では供給大手に対して太陽光パネル設置も義務化されており、建築コストの上昇が避けられない状況です。
こうした背景により、建築コストが高騰している中で価格を下げて販売するのは難しく、結果として分譲価格は上昇傾向にあり、今後さらに億ションが増えていくと予測されています。
ローカル億ション購入の注意点

ローカル億ションは魅力的な立地や高い資産価値が注目されがちですが、購入にあたっては慎重な判断が必要です。中山さんが挙げたローカル億ションを購入する際に押さえておきたい重要なポイントや注意すべき点についてご紹介します。
希望に合う物件は「早い者勝ち」
ローカル億ションの住戸は数が非常に限られており、たとえば総戸数100戸のマンションの中で選択肢となる物件はごくわずかしかないというケースも少なくありません。希望に合った間取りや価格帯の物件があれば、なるべく早く動くことが大切です。複数の候補から選べる一般住戸とは異なり、選択肢が少ない分、スピード感が重要です。
諸費用やランニングコストにも要注意
物件本体価格が1億円でも、オプション追加や諸費用を含めると、初期費用が1億2,000万円〜1億5,000万円になるケースもあります。また、購入価格だけでなく維持にかかる費用=ランニングコストも高くなります。
たとえば、修繕積立基金は、入居前にまとまった金額(修繕積立基金:物件によって異なる)を管理組合に収める必要があります。また、毎月の管理費・修繕積立金は住戸面積が広ければそれに応じて増加します。
無理のない資金計画が必要です。
ローンを組む場合は「金利の影響」に注意
住宅購入の際には、頭金なしで購入する人や、変動金利でローンを組む人もいます。低金利時代であれば月々の返済が30万円前後だったものが、最近では金利上昇の影響で40万〜45万円程度まで増加するケースもあります。金利変動リスクを踏まえた堅実なローン計画を立てましょう。
まとめ: ローカル億ション購入は「情報収集」と「判断の早さ」がカギ
かつては「東京一極集中」が当たり前だった億ション市場ですが、日本も成熟化社会を迎え、働き方も多様化したことによってアーリー&セミリタイアメントするアクティブシニア層の生活スタイルが注目されています。現役として仕事も続けながら同時にセカンドライフも謳歌したいと考える彼らは、自らのライフスタイルにもこだわりがあり、自分がこれから過ごす(もしかしたら終の棲家になるかもしれない)住宅にも高い関心を持っています。
そんなアクティブシニア層を含め、相続税対策をイメージした富裕層や株高によって得た利益を付け替えたい投資家、インバウンド需要も重なって、今や”ローカル億ション”は一つの住宅トレンドになっているといっても良いでしょう。
しかし、都心の億ションとは異なり、今後も価格が上昇する、あるいは高値が維持されるという市場規模ではないのが”ローカル億ション”の特性でもあるとの指摘が専門家からあった通り、購入を検討する際には特に高額不動産であることを前提として、立地条件や周辺環境の良さ、そして価格に見合うグレード感が備わっていること=地域一番物件であることを確認する必要もあります。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。