新型コロナウイルスの感染拡大を機に、自宅やコワーキングスペースなど、会社以外の場所で働く「リモートワーク」が普及しました。こうした働き方の多様化にともなって、住まいの選び方が大きく変化しているようです。そこで本記事では、メガバンク出身の不動産鑑定士である小俣年穂氏が、複数のデータをもとに不動産市況の推移と今後予測される「新しい不動産トレンド」を解説します。
不動産市場で起きている変化

ここ数年、働き方の多様化が進んでいる。自分の長所を活かして自由に働く「フリーランス」が増加し、好きな場所を選んで仕事をする「ノマドワーク」が普及するなど、これまでの働き方の“常識”が変化しているといえる。
また、従来は就業規則により副業自体がご法度であったが、近年は大手企業や地方自治体においても「副業解禁」の流れが加速している。副業で多様な知識やスキルを身につけ、本業で生かすことなどが期待されているようだ。
筆者が勤めていた銀行業界においても、会社が副業を促す取り組みが進んでいると聞く。これも、以前であれば考えられないことだ。
こうした働き方の多様化にともない、不動産市場にも大きな変化が起こっている。契機になったのは、2020年頃からの新型コロナウイルスの流行である。
これを機に、一気にリモートワークを導入する企業が増え、従来の「都心一極集中型」から、「快適に住み働ける環境であれば、郊外や地方であってもいとわない」層が広がってきたのだ。
それまではオフィスに近い都心近郊の住居を求め、その分狭い面積のマンションで生活していたファミリー層が、郊外のマンションや庭付き一軒家を求めて引っ越し、広い家で自然にも触れながらゆとりを持った生活をするようになった。
また、こうした「住まいの選び方」の変化には、労働意識の変化も影響していると考えられる。
平日は夜遅くまで仕事をし、休日も接待のゴルフに出かけるといった“仕事にすべてを捧げる”考え方から、平日はなるべく定時に退社し、休日は家族と充実した時間を過ごしたいと考える人も増えた。
企業もこうした「ワークライフバランス」を推奨しており、多様な働き方を肯定する考えが浸透してきた。
その結果、郊外における不動産価格が上昇している。都心から郊外へ移り住む人をターゲットとした賃貸マンションの投資も増加しているのが現状だ。
都心の不動産価格は天井知らず?

ここ10年で東京圏(1都3県)における不動産市況にどのような変化があったのか、データをもとに振り返ってみよう。
まず、都内の商業地・住宅地それぞれの公示価格の最高点は、[図表1]のとおりだ。
![[図表1]銀座4丁目(商業地)と赤坂1丁目(住宅地)の公示価格推移](https://life.saisoncard.co.jp/wp-content/uploads/2025/07/5cd505ae396153e3819de7abbefbbaa5.jpg)
[図表1]銀座4丁目(商業地)と赤坂1丁目(住宅地)の公示価格推移
出典:東京都公表の公示価格をもとに筆者作成
商業地においてはコロナ禍の影響を受け一時的に下落したものの、2025(令和7)年1月時点ではコロナ前の水準を超過。不動産価格はこの10年でおおよそ倍増している。
さらに、住宅地についてはコロナの影響もさほど受けることなく右肩上がりで推移しており、おおよそ3倍の水準となっている。
これは、賃料収入に着目して不動産価格を算出する「収益還元法」において、賃貸マンションなどがコロナ禍においても賃料収入が安定しているアセットとして評価を受けたことで、商業地に比べて価格が高く評価されたと考えられる。
さらに、2015(平成27)年の相続税改正にともない、富裕層が相続対策を目的に不動産を購入するニーズが高まったほか、外国人富裕層による需要も高く、都心の住宅地に対するニーズが加熱。価格が大きく上昇する要因となった。
また、全国平均および1都3県の公示価格平均の推移をグラフにしたものが[図表2]である。先述したように、東京都において顕著な価格上昇があり、他3県の追随を許さない状況が見てとれる。
![[図表2]全国平均+1都3県の公示価格推移(商業地/住宅地)](https://life.saisoncard.co.jp/wp-content/uploads/2025/07/b98821da4ba3ed2de58136f42022f304.jpg)
[図表2]全国平均+1都3県の公示価格推移(商業地/住宅地)
出典:国土交通省・東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県公表の公示価格をもとに筆者作成
次に、価格変動の大きい東京都および全国平均を除いた神奈川、埼玉、千葉のグラフを見てみよう[図表3]。すると、東京都ほどではないものの、それぞれ右肩上がりで推移していることがわかる。
また、商業地においては東京都ほどコロナの影響を受けていないことがわかる。これら3県は住宅地と商業地が近接していることが要因だろう。
![[図表3]神奈川・埼玉・千葉の公示価格推移(商業地/住宅地)](https://life.saisoncard.co.jp/wp-content/uploads/2025/07/b18171d7b998e945f27b090222af965b.jpg)
[図表3]神奈川・埼玉・千葉の公示価格推移(商業地/住宅地)
出所:神奈川県・埼玉県・千葉県公表の公示価格をもとに筆者作成
郊外は“コロナ禍以降”の価格上昇が顕著

さらに注目すべきは、郊外の住宅地だ。ここでは、立川・藤沢・浦和・流山の4つをピックアップ※し、その推移を分析する。
※ 立川と藤沢は多摩地区・湘南地区それぞれの代表的な街であり、浦和は埼玉で人気が高く、近年は多くのマンションが建設されている。さらに流山は再開発が進み、近年注目度が高まっている街であることからこの4つをピックアップした。
![[図表4]立川・藤沢・浦和・流山の公示価格推移(住宅地)](https://life.saisoncard.co.jp/wp-content/uploads/2025/07/ea896a80a57693244f4365075a16e1ed.jpg)
[図表4]立川・藤沢・浦和・流山の公示価格推移(住宅地)
出所:東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県公表の公示価格をもとに筆者作成
[図表4]をみるとわかるように、都心から少し離れた郊外であっても、住環境のよさや子育てのしやすさなどが評価されているものと考えられる。
また、都心部の不動産価格が急激に高騰していることから、住まいを手の届く郊外へ求めていることも背景にあるだろう。特に流山はここ数年、他の地区に比べても価格上昇幅が大きく、その人気の高さが窺える。
また、これらの地域においては、不動産価格上昇に比例して人口および世帯数も右肩上がりだ。こちらも流山市の伸びが特に顕著で、この10年で4.1万人ほど人口が増えた※。
※ 他の3地区においても、10年前と比較して立川市は+約0.7万人、藤沢市は+約2.3万人、浦和区は+約1.7万人とそれぞれ増加している。
![[図表5]立川・藤沢・浦和・流山の人口・世帯数推移](https://life.saisoncard.co.jp/wp-content/uploads/2025/07/352ee3fe91a57f6f9828ece39a0b1f08.jpg)
[図表5]立川・藤沢・浦和・流山の人口・世帯数推移
出所:各自治体公表の人口統計をもとに筆者作成
人気の街は「賃貸ニーズ」も高い
さらに、人口流入が進むこれらの地域においては、賃貸市場も成熟しており、増加する移転ニーズを取り込んでいることが示唆される。
また、全体のうち賃貸住宅の占める割合はおおむね4割程度と、人気の高い地域は持ち家に限らず、賃貸ニーズも増加している。
変化したニーズに応える賃貸住宅の「4つ」の特徴

こうした不動産市況を踏まえ、今後、競争力を維持できる物件はどのようなものか。求められる性能を考えると、下記のような特徴をもった物件が重要になってくるだろう。
・省エネ住宅
……(例)「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)住宅」
・コンセプト型賃貸住宅
……(例)ペット共生住宅、シニア向け住宅、子育て向け住宅、楽器演奏可能な住宅、事務所としても利用できるSOHOなど
・駅近の物件
……立地の優位性については、将来的にも競争力を有すると考えられる。
・修繕コストを抑えられる物件
……外壁や屋上防水など、長期間修繕することなく利用可能な性能を有する物件
など
一方で、上記に該当しない物件は競争力が低下し家賃の減少につながる可能性もあるため、建替えに限らずリフォームやリノベーションなどで競争力を維持することが重要になってくるだろう。
「不動産格差」が広がる見込み
数年前から、不動産市場はバブルであるといわれてきた。
こうしたなか突入したコロナ禍に、筆者は不動産価格が下落するのではないかと危惧していた。しかし、結果は上述のとおり、不動産価格はおおむね右肩上がりで推移している。
今後の見通しは難しいものの、いままでのトレンドから推測すると、人気のある地域は上昇を続ける一方で、魅力を感じられない(個性のない)地域については下落していくと予想する。
また、不動産価格と関連の深い「金利」についても注視すべきだろう。近時、ローン金利は上昇傾向にある。住宅ローンやアパートローンの金利上昇がさらに続けば、不動産購入ニーズが減少し、不動産価格も下落するかもしれない。
その他、税制改正や金融市場の暴落など、現状予期できない事象も不動産価格に影響を与える要因となる。
したがって、不動産投資にあたっては、こうした予測不可能な事態が起こっても影響を受けにくい物件を選別することが重要である。
「住み替え」が増える?…今後のトレンド予想

いままでは、一度持ち家を買ったら「終の棲家」として長く住み続けることが一般的であった。しかし、今後は家族構成や年齢、職種などによって「住み替え」を行うスタイルが増えていくように思う。
たとえば、夫婦+子ども2人の世帯の場合、家族4人で暮らすうちは郊外の4LDKの戸建てに住む。その後、子どもが独立したら駅に近い2LDKのマンションに転居し、夫婦が高齢になったら賃貸のシニア向けマンションに住み替える……といったように。
また、生涯独身であっても、はじめは職場に近いマンションを購入し、やがてリモートワークなど出社を伴わない職種へ転職して郊外に転居、老後は趣味の合うメンバーと共同生活を行うなど、さまざまなスタイルが考えられる。
さらに、「夏は涼しい北海道で仕事を行い、冬は暖かい沖縄で仕事を行う」といった、拠点を複数持つ住み方も普及していくかもしれない。
通信技術の進歩により、遠隔地でも業務が可能になったほか、仮に転居をしても、SNSなどを通じて友人との付き合いも継続することができる。決まった場所にしがみつく必要もなくなってきている。
働き方の多様化は、不動産との関わり方や不動産市場に今後ますます影響を与えていくだろう。経済的合理性や趣味趣向などによる住み替えや転居が当たり前になる未来も近いかもしれない。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。