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ESG投資が変える資金調達のルール――財務指標だけでは資金は集まらない時代に、非財務戦略が資金調達の鍵に

ESG投資が変える資金調達のルール――財務指標だけでは資金は集まらない時代に、非財務戦略が資金調達の鍵に
辻 哲弥(税理士・公認会計士)

執筆者

税理士・公認会計士

辻 哲弥

有限責任監査法人トーマツにて会計監査業務に従事。23歳時、「日本一若い会計事務所」として”ACLEAN(アクリーン)会計事務所”を開業。スタートアップ、マイクロ法人を中心とした税務業務や補助金・融資等の資金調達支援、経理を対象とした業務改善コンサルティングを展開。 2023年に同事務所を”税理士法人グランサーズ”と統合。同法人の代表に就任。中小企業の税務顧問対応、内部統制構築支援、組織再編支援、事業承継・企業のクラウドサービス活用と経理効率化サービスも提供。また、自身のボディメイクの経験を活かした健康経営に関するコンサルティングも得意としている。YouTube「社長の資産防衛チャンネル」絶賛配信中。

企業の資金調達をこれまで左右してきたのは、売上、利益、自己資本比率、キャッシュフローなどの財務指標でした。

しかし現在では、財務情報だけでは企業の「将来のリスク」を十分に把握できないと考え、ESG(環境・社会・ガバナンス)への対応力を信用リスクの一部として評価するようになり、資金市場のルールは大きく変わりつつあります。

本記事では、そんな現代の資金調達に不可欠な “非財務戦略”について解説します。

財務から非財務へ──資金調達の評価軸が変わる

財務から非財務へ──資金調達の評価軸が変わる

かつて企業の資金調達力を左右していたのは「数字」でした。売上、利益、自己資本比率、キャッシュフロー。これらの財務指標こそが、企業の信用力を示すものでした。しかし現在、資金市場のルールは大きく変わりつつあります。

気候変動リスク、サプライチェーンにおける人権問題、ガバナンスの脆弱さなど、いわゆる“非財務リスク”が企業の持続可能性を左右する時代になっています。

投資家や金融機関は、財務情報だけでは企業の「将来のリスク」を十分に把握できないと考え、ESG(環境・社会・ガバナンス)への対応力を信用リスクの一部として評価するようになりました。

現在では、ESG対応の不十分さが「信用リスクの高さ」として評価され、結果として資金コストが上昇しやすい傾向があります。

その変化を最も象徴しているのが、世界的に拡大するESG投資の潮流です。

世界を動かすESGマネーの潮流

世界を動かすESGマネーの潮流

世界のESG投資残高は、グローバル・サステナブル投資連合(GSIA)の推計で2024年時点で約40兆ドルを超えるとされています。

欧州では、年金基金や保険会社などの機関投資家が早くからESG投資方針を明確化し、「気候変動への対策を講じない企業には投資しない」という姿勢が定着しつつあります。

米国でも、主要な運用会社が「脱炭素ポートフォリオ」方針を強化しており、投資判断の基準としてMSCIやSustainalyticsといったESG格付けを重視する流れが確立しました。

また、企業にはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく情報開示を求める動きが広がっています。こうした流れのなかで、海外の大手機関投資家は「ESG非対応企業=投資不適格」とみなす傾向を強めています。

もはや資金調達のグローバルな舞台では、ESG対応が投資家の入口条件になっているといっても過言ではありません。

国内金融機関の動き:SLL・グリーンボンドが新常識に

この世界的潮流は、日本の銀行や金融市場にも確実に波及しています。

三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行などのメガバンクは、サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)の取り扱いを急拡大しています。

SLLとは、企業が設定したESG目標(KPI)に応じて金利条件が変動する仕組みの融資です。

たとえば「CO₂排出量の削減」「女性管理職比率の向上」「再エネ利用率の増加」などをKPIに設定し、目標を達成すれば金利が下がり、未達成の場合は金利が上がるという構造です。

つまり、「ESG経営の実行度」が直接的に融資条件へ反映される時代になったということです。この仕組みは大企業だけでなく、地方銀行にも広がりつつあります。

静岡銀行や横浜銀行などが地域企業向けにSLL商品を提供し始めており、中堅・中小企業にもESG目標を組み込んだ融資モデルが定着しつつあります。また、グリーンボンドの発行も活発化しています。

トヨタ自動車はEV開発資金としてグリーンボンドを発行し、東京ガスや関西電力は脱炭素プロジェクト資金の調達に活用しています。

これらの金融商品では「ESG目標の明確化」と「外部検証」が必須条件となっており、資金調達における透明性が企業の信用力を支える新しい要素となっています。

制度基盤:TCFD・ISSB・日本版開示基準の整備

制度基盤:TCFD・ISSB・日本版開示基準の整備

ESG金融を支える制度基盤も、急速に整備が進んでいます。

TCFDは、企業に対し“気候変動リスクや機会を財務的影響として開示する”ことを求める国際的な枠組みです。

さらに国際的には、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)がIFRS財団のもとに統合され、2024年からは非財務情報の国際的開示基準として機能し始めました。

日本においても、金融庁や東京証券取引所が「サステナビリティ開示基準(日本版ISSB)」の策定を進めており、今後は段階的に上場企業へ開示が求められる方向性が示されています。

こうした開示制度の整備によって、非財務情報が「企業評価の共通言語」として定着しつつあります。

ケーススタディ:ESG評価が資金コストを変えた企業

ある製造業A社では、SLLを導入し、温室効果ガス排出量の削減をKPIに設定しました。

その結果、設定したKPIの達成状況に応じて金利優遇が適用され、3年間で資金調達コストが着実に低減されました。

また、ESG目標の達成状況について外部監査法人による検証プロセスを導入したことで、金融機関からの信頼性が向上し、追加融資の条件もより有利になりました。

一方で、同業他社のB社はESG対応を軽視した結果、格付機関のESG評価が低下したことで投資家のリスク認識が高まり、結果として社債発行時の金利が想定比で約0.3%上昇しました。

このように、ESG評価が資金コストに直接的な影響を与える事例が現れ始めています。

ESGは“社会貢献”ではなく、“信用力の新しい尺度”

ESGは“社会貢献”ではなく、“信用力の新しい尺度”

ESGは「社会貢献のための取り組み」ではなく、「金融市場における信用力を高めるための戦略」であるという認識が重要です。非財務要素は、企業のリスク管理力・将来の持続可能性を測る“補完的な評価軸”として実質的に機能し始めています。

サステナビリティ経営と資金調達戦略を切り離して考える時代は、すでに終わりました。

今後は、ESG経営=資金調達力という構図を意識しなければ、企業は金融市場での存在感を維持できなくなるでしょう。

中堅企業や地方企業も例外ではありません。地方銀行のSLLや地域密着型のグリーンローンなど、ESGを事業戦略に取り込むための選択肢は確実に増えています。

むしろ、「ESG×事業承継」「ESG×農業」「ESG×観光」といった地方発のテーマこそが、今後の資金調達の起点となる可能性を秘めていると私は考えています。

非財務情報を制する者が、資金市場を制する

これまで企業の強さを支えてきた財務データは、あくまで“結果”を示すものでした。売上や利益といった数値は、企業が過去に何をしてきたかを映し出す「履歴書」にすぎません。

一方でESGは、企業が未来にどう生き残り、社会とどう共存していくかという“意志”を示す指標です。

これからの投資家や金融機関は、この「意志の強さと一貫性」を見ています。非財務情報を整備し、明確なESG目標を掲げ、外部による検証体制を整えられる企業ほど、市場からの信頼を得やすく、低コストかつ長期的な資金を確保できるようになります。

逆に、開示が不十分で戦略の一貫性が見えない企業は、「リスクの見通しが立たない」と判断され、資金調達の機会を失うリスクが高まります。資金調達の新しいルールは、すでに明確です。「数字」ではなく、「姿勢」が資金を呼ぶ時代に変わりました。

サステナビリティ経営をCSR活動や一時的なブランディングで終わらせてはいけません。気候変動対応、人材多様性、サプライチェーン管理などを、財務戦略や資本政策と一体化させ、企業価値を継続的に高める仕組みへと落とし込むことが求められています。

とくに今後は、ESGを「開示の義務」として捉える企業と、「経営の武器」として活用する企業の間で、明確な差がつくでしょう。

非財務情報の開示はゴールではなく、市場との対話を継続させるための“出発点”です。自社の理念や長期的ビジョンを、データとともに発信し続ける企業こそ、投資家や金融機関から“共感される信用力”を獲得します。

サステナビリティ経営を経営戦略の中心に据え、非財務と財務の両面で整合性を持たせること。

それこそが、これからの時代の新しい信用創造であり、資本市場で選ばれる企業の条件になるのです。

※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。

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