「FIRE」という言葉をご存知でしょうか。ここで聞いているのは、缶コーヒーの名前やポケモンのキャラクターではありません。
「FIRE」とは「Financial Independence, Retire Early」の略で、「経済的自立と早期退職(リタイア)」を指します。アメリカ発祥のこの言葉は、2021年に入ってから日本でも急速に広がり、資産形成を考えている方であれば、これまでに一度は見たり聞いたりしたことがあると思います。
ひと昔前から、退職後の夢のような生活に憧れを抱く方はいましたが、コロナ禍がこれまで以上に追い打ちをかけFIREを目指す方が増えています。それに合わせて、FIRE実現のために投資を学ぶという方が増えているのですが、興味を持っている方々に伝えいたいことがあります。「そのFIRE、ちょっと待った!」ということです。
このコラムでは、FIREの概要や「ちょっと待った!」という理由などについてご紹介します。
1.「FIRE」とは
まず、FIREをご存知ではない方のために解説します。「FIRE」とは「Financial Independence, Retire Early」の頭文字をとったもので、経済的自由を得て早期に会社を退職し、会社に縛られない自由な生き方をすることをいいます。
FIREの火付け役となったのは1992年に出版された『Your Money or Your Life(お金か人生か 給料がなくても豊かになれる9ステップ)」という本です。この本の著者の一人であるジョー・ドミンゲス氏自身がウォール街で10年間働いて資産を作りセミリタイアを果たしてFIREを実践していることから、このライフスタイルに関心が集まり目指す方が増えました。欧州でもこの生き方に対する共感が広まっているようで、FIREについての関連情報を共有するサイトも立ち上がっています。
以前の日本では、同じ会社に勤めていれば給料は上がり、昇進していき、定年まで勤めることが一般的でした。しかし時代とともに働き方や生活の仕方が変わり、仕事よりプライベートを充実させるという考え方が広まっていたなか、コロナ禍がそのような考えに追い打ちをかけました。ご自身の人生の使い方を見直し、会社に縛られて生きていく以外の道を検討している方が増えてきています。失われた20年などといわれた年代に就職で苦労した方々はお金に対する考え方が保守的な傾向があり、そういった世代を中心にFIREを実現することが広がっている傾向にあります。
約10年前からミニマリズムやシンプルライフが注目されて、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを重視する方が増えており、このような方々にFIREは受け入れられています。物にあふれた生活よりも、シンプルライフ、ミニマリズムの延長としてFIREをとらえているのです。ご自身の思うとおりに自由に自分の時間を使う、物ではなく時間を使った体験(ご自身の身近な好きな方たちと過ごす、ご自身の好きなことをするなど)をすることや自由であることに幸せを感じています。FIREが受け入れられていることからもわかる通り、充実した人生を送るために仕事(会社)一辺倒の生活から脱し、経済的な自立を果たし自由になるための手段がFIREです。
2.「FIRE」の手法
さて、FIREを達成するにあたり、いくらあれば経済的に自立しているといえるのかについて明確な定義はないものの、米国で主流となっている経済的な考え方は、下記です。
年間の総支出額×25倍=必要貯蓄額 |
おそらく多くの方が「なぜ25を掛けるのか」と疑問に思われたことでしょう。25倍というのは4%の逆数だから、というのが答えですが、これでは何を指しているかわかりません。この4%というのは、米国のトリニティ大学によって1998年に公開された研究の金融理論によります。
まず、1926年から1995年までの70年間の米国の株式市場の年間平均成長率が7%、その間の米国の年間インフレ率が3%なので、そこから株式投資の実質リターン率として4%という数字がはじき出されました。現在の米国において、無理のない手堅い投資方法(インデックス投資)によるリターン率が保守的に見積もって4%であることから、この数値は信頼できるものとされています。そして、金融資産に対する取り崩し額と資産維持期間の関係を調査した結果、4%未満に支出を抑えることができれば高確率で30年以上資産を維持できるとの結論が得られたのです。ここから「4%ルール」と呼ばれるようになりました。
少し難しい話になりましたので、話を戻しましょう。
この考え方では、「FIREの始まりは支出の最適化」ということになります。ご紹介した数式からもお分かりだと思いますが、必要額は支出額によって決まり、支出額が多いほど必要額は高くなります。そこで、ご自身の好きなことにお金は使うものの、そうではないもの、無駄なものにはお金を使わないという方針のもと支出の見極めを行います。つまり、お金(特に支出)について意識を向け、一度きりの人生をモノの消費だけで終わらないものにするために、徹底的に支出を見直すことから始めます。そして目標額を決め、徹底して節約を心掛け、インデックス投資で4%の利回りを得て達成を目指すのです。
そして、FIREを達成した後も「4%ルール」に従って生活します。積み上げた資産からあらかじめ算出していた支出額の範囲で生活し、残りの資産を4%で運用すれば、一生資産は底をつくことが無く、働くこともないという考えです。
3.FIRE後の現実
これまで、「一生資産は底をつくことが無く、働くこともない」という生活は、一部のお金持ちのものだと思われていましたが、贅沢しなければその生活を皆さんも獲得できる、という可能性が多くの方々を魅了しています。国や会社に依存することなく自立して生きていこうという姿勢は立派ですが、FIREを目指す方に一言伝えたいです、「ちょっと待った!」と。
なぜそのようにいうかというと、FIREには様々な落とし穴があるからです。これは、FIREも含め資産形成を考える際にはいえることなのですが、気を付けていただきたいことが色々とあります。
そのうちの1つを説明する前に、ここでFIREを達成した方のその後の生活が上手くいかなかった事例についてご紹介します。
●45歳男性、独身(10億円貯えて退職)
退職して自由な生活が待っている、解放感でいっぱいになり最初は浮かれた生活でした。朝は好きなだけ寝て、起きたい時に起き、時には昼間から飲んだりすることもありました。旅行も、国内、海外問わず行きたいと思うところに行き、様々な体験もして楽しい生活でした。趣味の狩猟やフィッシング、ゴルフも平日の空いているときに楽しむことができ、自由を謳歌していました。しかしそんな生活で、趣味も、旅行も、続けているうちに段々と日常が色あせてきてしまい、何をしても心が満たされなくなりました。その結果、お金の使い方がどんどん荒くなり、3年で貯めていたお金を使い果たしてしまいました。
●40代前半男性(自由な生活がしたいと退職)
1日中映画を見ていても飽きないくらいの映画好きでした。電車通勤や会社の人間関係に悩むことがなくなり、朝起きてから寝るまでずっと映画を見て、夕方早い時間からアルコールを飲みながらの楽しい生活を送っていました。しかし、社会とのつながりがなくなったことから孤独感を感じ、苛まれるようになりました。FIRE後わずか4年で再就職を検討し始めるも、ブランクの長さから苦戦してしまいました。
●40代後半女性(田舎暮らしに憧れて移住するため退職)
FIRE達成後、田舎暮しに憧れていたことを思い出して、地方へ移住しました。豊かな自然のなかでのんびり過ごし、生活費が安いのは魅力的でした。しかし地方特有の慣習、ご近所づきあいが大変で、次第に苦痛に感じるようになりました。都会のマンション暮らしで、ご近所の方々とドライな付き合いをしてきたので、なかなか町になじめず、孤立してしまいました。
4.まず最初にすべき大事なこと
なぜこのようなことが起きるのでしょうか。事例からいえることは、「仕事に縛られない自由な生活」に憧れを抱いただけでFIRE後の生活に明確なビジョンがないと、FIREはその後の生活に幸せを生み出さないということです。
実は「ちょっと待った!」には続きがあります。「何のためのFIREですか?FIRE後何をするか具体的に考え、明確になっていますか?」ということです。
何のためにFIREを目指し、資産形成するのでしょうか?一番大事なのはFIREをすること、資産形成をすることではないはずです。本当の目的は、ご自身の望む理想の人生のためであり、幸せな人生を送るためであり、いつ死んでも後悔しない人生を送るためですよね。まずここを押さえることが重要です。
お金を稼ぐ必要がなかったら何をしたいですか?もしくは何をするでしょうか?事例の方々は、本来手段であるはずの、資産形成すること、FIREすることそのものが目的となってしまっていたため、達成後何をするのかという問題に突き当たってしまったのです。これは本末転倒です。FIREのうちのRE、すなわち早期リタイアして何をするのか、何のために早期リタイアするのか、ここを明確にしておくことが資産形成、FIREを目指すうえでとても大事です。
このゴールを明確にする作業は、普通の方はわざわざ時間を使わないですが、非常に重要なことです。ゴールが明確になっていないために、漠然とお金を稼いだり貯めたりすることに終始してしまうのであり、明確になればご自身の望む人生のためにはどのくらい収入があれば良いか、どのくらいの貯蓄があれば望む人生を送れるのかがわかります。すなわち、ご自身の理想な状態、ゴール設定が明確になっていれば、そこから逆算して、どのくらいの貯蓄、収入があったらそれが実現できるのか、ご自身にとって必要な収入、貯蓄がどのくらいあれば良いかが必然的に見えてきます。
これは、「家計簿はつけなくていい?」というコラムでお伝えした収支表についてもいえます。収支表を作成する直接的な目的は資産形成のための現状把握ですが、本来の目的は「望む人生を手に入れる」であるはずです。FIRE、資産形成を目的に収支表を作成し、専門家に評価してもらっても、本来の目的が明確になっていなければ適切な評価にはなりません。
前述の【2.「FIRE」の手法】で、今あるFIREの考え方は「FIREの始まりは支出の最適化」とお伝えしました。しかし、それはFIRE自体を目的にする考え方から発しているものであり、本来の目的である幸せな人生を導くものではありません。本来の目的と手段を見極めることが重要です。
おわりに
なぜ「ちょっと待った!」と伝えたか、その理由はお分かりいただけたでしょうか。一度しかない人生、同じ生きるならいつ死んでも後悔のないように生きませんか?
「FIRE」を知って目指そうと思ったあなた、資産形成を頑張ろうと思っているあなた、まずは立ち止まって考えてみましょう。あなたの望む理想の人生とはどういうものかを、じっくり考えてからでも決して遅くはありません。