少し前までは専門店で食べることの多かったエスニック料理ですが、 最近は、スーパーやコンビニでも取り扱いがあるなど、身近な存在になってきました。エスニック料理の流行とともに「ナンプラー」と呼ばれる調味料はメジャーになり、知らない人がいないほど、定着しましたね。和食との相性も良く、美容と健康を意識する女性を中心に人気です。
また、日本の伝統食材で造られている魚醤も美味しさが再認識され、生産が間に合わないほどです。毎日の料理の味付けに使ったり、ちょっと旨みが足りないな、というときに隠し味としてほんの少し加えると、美味しくなるのが「魚醤」の魅力です。今回は、魚醤について解説します。
1.魚醤とは
魚醤とは、魚、エビやイカを塩を漬けて1〜3年ほど発酵・熟成させて造る液体の調味料です。まさに文字通り、魚で作る醤油のようなものです。魚が持つ酵素によって、魚自体が分解され、たんぱく質がアミノ酸に変化することで、濃厚な旨みを持ち、塩気と甘みのバランスが良いのが特徴です。
一般的な醤油(16%)よりも塩分が強く(20〜25%)、魚独特の香りと、出汁のような濃厚な旨味成分がつまっています。料理に旨味や塩味を加える働きがあり、隠し味に加えると、どんな料理とも相性が良く、美味しさを底上げしてくれます。
1-1.魚醤の歴史と現在
魚醤は、現在の醤油が使われるずっと以前から、食べられてきた自然の旨味がつまった塩味調味料です。ルーツを探ると、中国の「醤(ひしお)」にたどりつきます。本来は食物を保存する目的で造られたものです。漢の時代には既に魚醤(ナンプラー)が使われていたといわれています。
古代ローマ時代には「ガルム」と呼ばれるイワシの魚醤が造られていました。現在でもカタクチイワシ等を醗酵させたアンチョビはイタリアや地中海料理にはなくてはならないものです。イタリアでは伝統的な魚醤「コラトゥーラ」が現在も造り続けられています。
欧州では魚醤は廃れてしまいましたが、北欧や北ドイツのニシンの古漬けなどが好まれるなど、名残りがみられます。また、アジアのいたるところで魚醤は造られてきました。東南アジアではポピュラーな調味料として、現在も主役として使われており、タイの「ナンプラー」、ベトナムの「ニョクマム」などが有名です。
日本では、室町時代に大豆の醤油が出てくると、魚醤は一部の地域の郷土食として欠かせない味わいとなり、秋田の「しょっつる」、能登の「いしり」、香川の「いかなご醤油」が三大魚醤といわれています。イカの「塩辛」や伊豆諸島で造られる「くさや」なども魚醤の一種といえるようです。現在は全国規模で、和食だけでなく、イタリアンや洋食、中華料理にも使えるとブームになっています。
2.魚醤の種類とは
魚醤はほぼ同じ製法でありながら、その土地ごとの名前がつくほど、世界中で親しまれている調味料です。
2-1.日本各地
時間をかけて熟成させるため、魚の香りと塩気が強い分、深い旨みが味わえます。その地方で獲れる魚を使った名産品です。
・しょっつる(塩魚汁)
秋田の県魚であるハタハタを塩で漬け込み、約3年間発酵熟成させたもの。さっぱりとしていて万能タイプ。しょっつる鍋、ラーメンのスープなどに。
・いしり・いしる(魚汁)
能登の名産品。イカの内臓やイワシに塩をして3年間発酵熟成させた上澄みの液です。香りが強く個性的な味わい。刺身の味付け、鍋、煮物の調味料などに。
・いかなご醤油
瀬戸内海の魚、いかなごから造られます。しっかりとした旨みとさわやかな風味で刺身のつけ醤油として。
・その他
その地域でよく獲れる魚(アユ、サケ、タイ、サンマ等)を使った魚醤が増えています。
2-2.東南アジア各地
魚特有の強い香りがし、塩分が高いものが多いです。主原料はカタクチイワシですが、サバ科やイワシ科の小魚でも造られています。
・ナンプラー
タイの魚醤。カタクチイワシなどの小魚を塩漬けして発酵させた上澄み液です。半年から1年くらい発酵させたもので、濃厚な旨みが特徴です。色の薄いものほど上質とされています。Namは水、plaは魚(魚の水)を意味しています。
・ニョクマム(ヌックマム)
ベトナムの魚醤。タイのナンプラーと同様、カタクチイワシなどから造られ、一年ほど熟成させています。ナンプラーに比べて、発酵度合いが低く、魚の香りが強いものが多く、塩気は弱いですが塩分濃度は高いものが多いようです。ヌックは水、マムは魚介発酵食品のことです。
・その他
中国の「魚醤(ユイルウ)」、フィリピンの「パティス」等があります。
2-3.イタリア
魚醤はイタリアにもあります。
・コラトゥーラ
南イタリアの魚醤。古代ローマで使われていた調味料で、カタクチイワシを原料として造られています。塩の代わりにパスタソースとして使われている地元の特産品です。
3.魚醤は体にやさしい調味料
エスニック料理や郷土料理に使われている魚醬ですが、最近では独特の旨みを持つため、ハムやソーセージ、練り物などの加工食品の隠し味としてよく使われています。また、魚醤に含まれるペプチドが、肉や魚の生臭みをマスキングしてくれたり、塩味や酸味をやわらげたり、味をマイルドに整えてくれます。
この他にも、旨みのもとであるグルタミン酸、アミノ酸、イノシン酸、ペプチド、タウリン等の含有量が高く、ビタミン・ミネラル等も含まれており、栄養的にも優れた調味料といわれています。
4.調味料ソムリエプロがおすすめ「魚醤」
ここからはおすすめの魚醤である「しょっつる十年熟仙」を紹介します。
しょっつる十年熟仙(株式会社諸井醸造・秋田県)
「調味料選手権2011」最優秀賞受賞。日本の三大魚醤の一つである秋田県のソウルフード「しょっつる」は ほんの一滴でも、料理に深みを与えてくれます。
仕込み樽に、秋から冬にかけて旬を迎える魚「ハタハタ」と天日塩をまぶして漬け、ときどき櫂棒でかき回して空気を入れるだけの自然発酵によって造られます。発酵がより良い状態で行われる様に環境や温度管理に注意を払い、衛生管理も欠かせません。
3年経つと、魚の骨は底に沈み、もろみ部分は表層に浮き、間に琥珀色のしょっつると、三層に分かれています。この琥珀色のしょっつるを普通は瓶詰して出荷となりますが、「十年しょっつる熟仙」はこのしょっつる3年の3倍以上、10年もの長い間、蔵の中でゆっくりと、じっくりと、熟成されます。
こうして手間暇かけて出来上がった原液に、何も一切加えない、加熱もしない・・・、天然の旨味成分が詰まった透き通った琥珀色の液体になります。世界でも類をみない、10年熟成したしょっつるの完成です。スマートなおしゃれな瓶に詰めた後、一本一本、手書きでシリアルナンバーが記されているのも、大切に造られてきた証です。
上品な味わいで香りが穏やかな白身魚のハタハタで作るしょっつるは、香りに華があり、角が取れたまろやかな味わい、甘味とコク、旨みの宝庫です。
「十年しょっつる熟仙」は、普段の料理に醤油や塩のように使えます。熟成されている分、一般の醤油より味は濃い目、塩分も多めなので、少量ずつ使うのがポイント。旨みは醤油より2倍あるともいわれています。火を通せば、クセがなくなり、味に一層の深みと厚みを加えてくれます。
おすすめは、手水や塩の代わりに、しょっつるを少しだけ手につけて、ご飯を握っておにぎりに。肉野菜炒めに、鍋の味付けやスープに使えば出汁いらず(水2カップにしょっつるを大さじ1強くらい)で美味しく仕上がります。和食に限らず、イタリアンとも相性が良いです。手間暇かけずに、お家ごはんが美味しくでき上がるのは嬉しいですね。
焼きカボチャと生ハムのしょっつるサラダ
カボチャや厚揚げの持ち味や旨みを引き立ててくれる「しょっつる」。いつものサラダより、しっかりとした味わい、満足感たっぷり♪
【材料】(2人分)
カボチャ 120g、シメジ 1/2パック、生ハム(薄切り) 40g、厚揚げ 1/2枚(120g)、紫玉ねぎ 20g、水菜 20g、オリーブ油 大さじ1、
ドレッシング(A):しょっつる、レモン汁、オリーブ油 各大さじ1、砂糖 小さじ1/2、
【作り方】
1.カボチャは7-8㎜幅のいちょう切りにし、シメジは石づきを落として手でほぐし、紫玉ねぎは薄切り、水菜は4cm長さに切ります。
2.鍋でオリーブ油を熱し、厚揚げを両面焼いて取り出し、縦に半分に切り1cm幅に切ります。
3.②の鍋に、カボチャとシメジを入れて、じっくりと炒め焼きにします。
4.器に、②と③、紫玉ねぎ、生ハム、水菜を盛り付け、混ぜ合わせた(A)を上からかけます。
*生野菜のサラダや蒸しサラダ、カルパッチョなどにも合うドレッシングです。
鶏むね肉と根菜のしょっつる炒めご飯
鶏肉や根菜のえぐみを消し、バランスよく旨みをアップ。ご飯と混ぜて食べれば、美味しさに箸が止まらない♪
【材料】(2人分)
鶏むね肉 120g、さつまいも 1/2本(120g)、レンコン 1/2節(120g)、しいたけ 2枚、インゲン 3本、生姜(すりおろし) 小さじ1、オリーブ油 大さじ1、酒 大さじ1、
(A):しょっつる 大さじ1.5、みりん 小さじ1、
【作り方】
- 鶏むね肉、さつまいも(皮つき)、レンコン、しいたけは、1cm角に切る。
- フライパンにオリーブ油を熱して①と酒を加え、ふたをして弱火でじっくり蒸し煮にする。
- 2)に、生姜と1cm長さに切ったインゲン、(A)を加えて、炒め合わせる。
- 水分がなくなれば、器に盛る。
鮎魚醬(合名会社 まるはら・大分県)
調味料選手権2020おもてなし賞受賞。1899年創業の醤油・味噌屋の蔵で8ケ月間熟成させて造られる「鮎魚醤」です。原材料は鮎と塩だけ、透き通った琥珀色の滴です。魚醤特有のクセや臭みはなく、濃厚な旨み、ほんのりと上品な鮎の残り香がします。醤油の代わりに使ったり、味噌汁に数滴たらしたり、魚のあら炊きに、オリーブオイルと合わせてカルパッチョに、どんな素材でも、どんな料理でも使える魔法のエッセンスです。三ツ星レストランのシェフも絶賛する魚醤です。
5.魚醤の使い方のポイント
醤油よりも複雑な旨みがあり、少ない量でも旨みを感じる事ができるので、醤油の代用として使っても、引けをとらない美味しさになります。使う際は醤油の半量ぐらいの割合で使うと良いでしょう。商品によって塩分濃度のばらつきがあるので、最初は少なめに加えて味見をして使いましょう。
味がまとまらない、濃い、くどい、と感じたら、砂糖を一つまみ加えると、全体がまろやかになり、口あたりがよくなります。
魚醤の独特においが苦手という方は、加熱することで、さほどにおいが気にならなくなります。加熱しても旨みが残るので、まずは炒め物などから使ってみましょう。魚醤は発酵食品なので、発酵食品同士の素材を組み合わせるのもおすすめです。
6.魚醤を使う調理のコツ
シンプルな料理に加えると、旨みとコクが増し、味に深みが出ます。
- 隠し味に加えると、どんな料理も旨みをUP!
味噌汁やチャーハン、パスタやグラタン、カレーやシチューに。唐揚げやハンバーグの下ごしらえにも。いつもより塩分を減らして、魚醤を加えれば、旨みがアップ!
- 油の感覚で味付けのメインに!
納豆、唐揚げ、お刺身に。肉野菜レタス炒め、チャーハン、パスタソース、エスニック丼に。
- 出汁から調味料まで、これ一つの味付けでOK!
スープや鍋の出汁の代用に。肉、魚、野菜とも相性良し。4カップの湯に、大さじ3くらいの魚醤を入れるだけ、お好きな野菜や具材を加えて。
- ドレッシングや和え物に
同量のレモン汁、鷹の爪と砂糖を少量加えて、お好みでオイルをプラス。エスニック風の春雨サラダや野菜の即席漬け、サラダに。
おわりに
慣れないうちは独特の香りや塩辛さがきつく感じることもあるため、少量ずつ試してみてください。大豆で作られた醤油や味噌にはない旨みを味わえます。
冷蔵庫になくてはならない調味料のひとつとして、料理のレパートリーを増やし、毎日の料理のアクセントとして、魚醬を役立てましょう。最近はサケやマグロ、タイ、アジなどの魚で作られた魚醬もありますので、魚醤ライフを楽しみましょう。