日本人が保有する金融資産のうち最も比率が高いのは「現金・預金」で50%を超えます。その背景に、「預金は安全」「投資は危険」という考え方が根強くあります。しかし、今後は、保有資産が預金だけだとむしろ損をするリスクが大きいのです。その理由と、これからの資産運用のあり方について、富裕層から一般サラリーマンまで、多くの人に資産運用のアドバイスをしてきたシニア・プライベートバンカーの濵島成士郎氏が解説します。
物価上昇に給与が追い付かない
「投資は怖い」「投資は損するから嫌だ」そう思っているあなた、預金だけしか持っていないと「確実に損する」ことをご存じですか?
2023年8月の消費者物価指数は、前年同月比3.2%の上昇となりました。これは「1年前に比べて物価が3.2%上がった」ということです。特に激しく値上がりしているのが、生鮮食品を除く食料(9.2%上昇)です。品目別でみると、鶏卵(35.2%)、ハンバーガー(13.4%)、炭酸飲料(16.7%)、アイスクリーム(12.7%)など、まさに高騰といってもおかしくないレベルです。それ以外にも、ペットフード(31.0%)やトイレットペーパー(15.2%)、宿泊料(18.1%)など、物価の上昇(インフレ)が私たちの暮らしを直撃しています。
物価が上がってもそれ以上に給料や収入が増えれば問題ありません。人手不足や政権からの要請を受けて賃上げする企業は増えてきています。しかし、すべての企業がそうかというとそうでもないのが実情ではないでしょうか。
物価上昇率は、2022年12月と2023年1月は4%を超えていました。以降も3%を超える上昇率が続いています。このまま物価が上がると私たちの暮らしにどの程度影響があるのか、3.2%の物価上昇が続いたとして試算してみました。
毎月の生活費が30万円かかっているとした場合、1年後の生活費は30万9,600円、5年後は35万1,172円、10年後には41万1,072円、20年後にはなんと56万3,268円もお金が必要になります。物価が上がるとその分お金がかかるのです。
銀行にお金を預けておくリスク
一方、銀行に預けてある預金をよく見てください。金利はいくらでしょうか。みずほ銀行のHPをみると普通預金の金利は0.001%となっています。三菱UFJ銀行や三井住友銀行も同じです。定期預金もたいして変わりません。ネット銀行だといくらかましで、条件次第では0.1%とか0.2%の金利がつく銀行もあり、メガバンクの100~200倍になります。100万円預けて0.001%だと1年間の利息は10円、0.1%だと1,000円です(いずれも税引前)。
「それなら」と、ネット銀行に預金を移し替えてみたら、どれくらい増えるでしょうか?金利0.1%で30万円預けても、1年後の税引後元利金合計は30万219円、5年後で30万1,175円、10年後で30万2,370円、20年後でも30万4,761円です。こちらもほとんど増えません。
先ほどの物価の上昇が続いた場合と見比べてみてください。10年後に今の30万円分と同じ生活をするためには41万1,072円必要なのに、預金で保有していても30万2,370円にしかならないのです!つまり、インフレになるとお金の価値は確実に減少していくのです。
もちろん、物価の上昇が止まり、かつてのようにデフレに戻るのならば預金だけでも問題ないでしょう。あるいは、この先金利が大きく上昇すれば預金だけでもなんとかなるかも知れません。少し歴史を振り返っておきましょう。
物価上昇率は1990年代後半から低迷を続け、20年以上もマイナスか微々たる上昇に留まっていました。しかし、1970年代の第1次オイルショックの時は23.2%、第2次オイルショックの時は7.5%の物価上昇を経験しています。それ以降も2~3%程度の物価上昇はわりと普通にありました。
金利は1970年代から80年代にかけては高く、1975年には郵便局の定額貯金が8%を付けた時もありました。しかしながら政策金利は2013年から0%、2016年からは-0.1%です。今後、金利も少しは上昇すると思いますが、少子高齢化が進む日本ではかつてのような高金利は難しいかもしれません。
この先、物価の上昇が続くのか、金利はほとんどつかない状態が続くのか、完璧に見通すことは不可能です。しかし、何もしないまま手をこまねいていると、将来大変なことになりかねません。仮に、現在2,000万円の預金があったとしても、今の状況が続けば20年後には1,080万円分の価値しかありません。それでは今までの努力が水の泡です。それを防ぐには預金以外の資産を保有することが有効です。
預金以外で持つと有益な「3つの資産」
預金以外で有益な資産は「株式・債券・不動産」の3つが基本です。中でも、株式と不動産には物価上昇に強いというメリットがあります。株式は、物価が上昇すると企業の売上が増え、利益も増えることで業績が向上し、それに伴って株価も上がるというメカニズムが働きます。不動産は、そもそも土地は限られた資産ですし、建物は物価が上がると建築費が上がって価格も上昇します。また、物価上昇のコストを吸収するために賃料を値上げすることも可能です。
さらに、「インフレ脳」になる人が増えることで株価や不動産価格は上昇しやすくなります。インフレ脳とは、物価が上昇することを前提に消費や投資を積極的になる思考や行動のことで、必要なモノは早く買い、預金や現金ではなく、モノとか株式や不動産で資産を持とうとするのです。
「ポートフォリオ」の重要性
以上のことを踏まえ、皆さんには「ポートフォリオ」という考え方を身につけていただきたいと思います。ここでいうポートフォリオとは、複数の資産や金融商品を組み合わせた資産運用のことです。資産運用にはリスクが付き物ですが、ポートフォリオを組むことでリスクを分散しながら利益を追求することができるようになります。
例として、私たちの公的年金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のポートフォリオをご紹介しましょう。国内債券・外国債券・国内株式・外国株式を4分の1ずつに分けています[図表]。
GPIFでは四半期ごとに運用成績を開示していて、短期的にはマイナスになることもありますが、運用が始まった2001年度以降の実績は年平均3.59%のリターンとなっています。
ただし、実際に自分に適したポートフォリオを組むのはそう簡単ではありません。資産運用の目的、年齢や家族構成、収入と支出、保有している金融資産、リスク許容度等、どの程度のリターンを期待するのか、どれくらいのリスクなら許容できるのか等を踏まえて専門的な検討が必要になるからです。
シニア・プライベートバンカーおすすめのポートフォリオの組み方
そこで、誰でもできるシンプルなポートフォリオの組み方をお伝えしましょう。それは、「預金+全世界株式インデックスファンド」です。
全世界株式インデックスファンドは、世界中の株式に投資する投資信託です。世界の人口は今後も増え続けることが明白であり、そうなると世界経済も着実に成長していきます。それに伴って世界の企業の利益も増加することになり、世界中の株式に投資しておけば多少の波はあっても長期的にリターンが得られるのです。
具体的に考えてみましょう。例えば、今ある資産を100として、90を預金、10を全世界株式インデックスファンドに投資したとします。仮に投資が失敗して5年後に30%損したとすると10が7になってしまいますが、資産全体でみれば100が97になる程度(3%の損失)ですのでそれほど大きな影響とはならないでしょう。反面、投資で30%儲かっても全体では103にしかならないので、大きく資産を増やすことはできません。
預金と投資を50:50にした場合は、投資で30%損すれば資産全体は85に、30%儲かれば115になります。90を投資に回せば、30%損で資産全体は73に、30%儲かれば127となります。
つまり、預金と投資の比率をコントロールすることでリスクもある程度コントロールできるのです。みなさんそれぞれの資産運用の目的やどの程度のリスクなら耐えられるのか、などを考慮して預金と投資の比率を調整すれば良いと思います。
20年以上続いたデフレの時代もどうやら終わりを告げたようです。物価上昇が続き、ゆるやかであってもインフレの時代になるのであれば、預金だけでは確実にお金の価値は減少していきます。豊かで素敵な人生のために、ぜひ資産のポートフォリオを考えてみてください。