「廃用症候群」という病気、聞きなじみがない方も多いのではないでしょうか。実は私たちの身近に潜んでおり、誰もが発症する可能性がある病気です。ひとたび廃用症候群を発症してしまうと、気付かないうちに症状が悪化しかねません。
このコラムでは廃用症候群の種類や具体的な症状、予防と治療の方法をまとめました。「気付いたら廃用症候群だった」という事態を防ぐためにも、この機会に知識を蓄えておきましょう。
廃用症候群とは?原因は?
廃用症候群とは、身体を動かさないことで生じる二次的な諸症状の総称です。
簡単に説明すると、病気やケガなどで安静が必要となり、身体を動かす機会が減少した結果、筋力や心機能の低下、褥瘡(じょくそう:床ずれ)、うつといった症状が発症します。このように、身体活動量の減少が原因で全身に表れる諸症状を、まとめて「廃用症候群」と呼ぶのです。「生活不活発病」とも呼ばれています。
まずは、廃用症候群の原因について理解を深めていきましょう。
身体を動かさないことが原因に
前述のとおり、廃用症候群の原因は身体を動かさないことによるものです。では、身体活動量の減少には、どのような背景があるのでしょうか。詳しく説明していきます。
病気やケガによる長期間の安静
過度の安静は、廃用症候群を招く一因となります。
病気やケガの治療のため、安静にしなければならないケースがあるでしょう。しかし、過度に安静状態でいると身体を動かす機会が減少し、筋力低下や関節の動きの鈍化、臓器の運動能力の衰えなどが始まります。
また、必要以上の介護や、自力で歩けるにもかかわらず車いすを使うなど、身体を動かす機会の減少も要因と考えられるでしょう。
長期間の安静や身体を動かす機能の低下によって、全身に二次的な症状が表れててしまうのです。
加齢による身体能力の衰え
長期間の安静に加え、加齢によって身体能力が低下することも、廃用症候群の引き金となります。
筋肉の量は、加齢とともに減少していきます。加えて、「関節が痛い」「膝の曲げ伸ばしがつらい」といった高齢者特有の関節の動かしにくさに悩まされる機会も増えるでしょう。そうなると外出や階段の昇り降りなどが億劫になり、身体能力の衰えを加速させてしまうのです。
さらに、筋力の低下スピードは高齢になると速くなります。その速度は、2週間ベッドで安静にしているだけで、足の筋肉が20%も萎縮してしまうほどです。
身体能力が衰えることで、全身に悪影響を及ぼし、廃用症候群の進行に拍車がかかってしまうでしょう。
参照元:健康長寿ネット|廃用症候群
廃用症候群になると悪循環に陥りやすい
廃用症候群は、悪循環に陥りやすい危険性をはらんでいます。廃用症候群の症状が起こると、さらに身体を動かしにくくなり、一層症状が重くなってしまうのです。
足の骨折を例に見てみましょう。骨折の治療のため長期間ギプスで固定していると、足の筋力が落ちてしまいます。筋力が低下したことで、骨折が治っても歩くのがつらくなり、日常生活のほとんどをベッドの上で過ごすことになると、ますます筋力が衰えて歩けなくなり、より重い症状へと進行しかねません。
このように、廃用症候群の症状がさらなる悪化を招いてしまうリスクが考えられます。
廃用症候群の種類と症状
一言で「廃用症候群」といっても、さまざまな種類と症状があります。廃用症候群は気付かないうちに症状が進行しているケースが少なくありません。いざ動こうとしたときに、思うように身体を動かせない状態に陥っている可能性があるのです。「もしかして廃用症候群かも?」と気付くきっかけとなるように、具体的な種類と症状について知っておきましょう。
筋骨格に関する症状
筋肉や骨、関節などに関する症状は、身体を動かす機能に直結していますが、主に次の3つの種類が挙げられます。
種類 | 症状 |
筋萎縮 | 筋肉が痩せて衰え、立つ・起きるといった動きが難しくなる |
関節拘縮 | 関節や周囲の皮膚などが固くなり、可動域が狭くなる |
骨萎縮(骨粗鬆症) | 骨の量が減って強度が落ち、骨折しやすくなる |
循環器に関する症状
心臓や血管、血流などに関する症状です。循環器に症状が表れると、血管が詰まって生死にかかわる疾患となり得るので、注意しましょう。
種類 | 症状 |
心機能低下 | 心臓から送られる血液量が少なくなり、疲れや倦怠感が出やすくなる |
起立性低血圧 | 急に立ち上がると、めまいや失神を起こす |
静脈血栓・血栓塞栓症 | 血液循環の停滞により、血栓(血の塊)ができて詰まる |
呼吸器に関する症状
呼吸に必要な筋力の低下や、食べ物を飲み込む働きが衰えることにより、以下の症状が懸念されます。
種類 | 症状 |
換気障害 | 肺の換気がしにくくなる |
誤嚥性肺炎 | 食事や飲みものがうまく飲みこめず、細菌が肺に入って肺炎を引き起こす |
泌尿器に関する症状
身体活動量の低下と泌尿器は、あまり関係ないように感じるかもしれません。しかし、腎臓や尿管、膀胱といった臓器にも影響が及び、疾患を引き起こします。
種類 | 症状 |
尿路結石 | 腎臓・尿管・膀胱に石ができ、突然の激しい痛みや血尿が生じる |
尿路感染症 | 尿路で細菌感染が起き、発熱や背中の痛みを伴う |
自律神経・精神に関する症状
身体を動かさないでいると、新たな刺激が得られないばかりか社会的に孤立してしまうこともあるでしょう。そうなると、意欲や集中力などが低下し、以下のような症状が生じてしまうのです。進行すると、認知症になる可能性もはらんでいます。
種類 | 症状 |
うつ状態 | 精神的に落ち込んでしまい、行動する意欲が持てない |
見当識障害 | 場所や時間が分からなくなる |
せん妄 | 注意力や思考力が低下し、幻覚・不安・乱暴な言葉遣いなどが起こる |
睡眠障害 | 睡眠と覚醒のリズムが崩れ、不眠症や過眠症が引き起こされる |
その他の症状
廃用症候群の症状は、ここまで紹介してきた症状だけではありません。その他の症状も、チェックしておきましょう。
種類 | 症状 |
褥瘡(床ずれ) | 骨が出っ張っている部分の皮膚が長時間圧迫され、血流の停滞による損傷が起こる |
圧迫性末梢神経障害 | 長時間寝ている姿勢が続くと神経が圧迫され、麻痺が生じる |
逆流性食道炎 | 胃の入り口を閉める筋肉の緩みにより、胃酸が食道に逆流し、食道に炎症が起きる |
食欲低下・低栄養など | 腸管のぜん動運動や栄養吸収率の低下により、体重減少・便秘などが生じる |
廃用症候群にならないための予防法
廃用症候群は、悪循環に陥りやすいことをご紹介しました。高齢者が廃用症候群を発症すると、発症前の状態まで回復させるのは難しいため、できるだけ廃用症候群になる前に予防したいものです。
続いて、廃用症候群の予防法を見ていきましょう。
身体を動かす習慣をつける
活動量の低下を防ぐため、身体を動かすことを意識しましょう。「身体を動かすのがつらいから」といって何から何まで介護してもらうと活動量が減少し、関節を動かさなければ次第に固まってしまいます。できないところはサポートしてもらいつつ、トイレまで歩いたり、自力で着替えたりと、身の回りのことはなるべくご自身で行うよう努めましょう。
また、運動する機会を設けるのもひとつの方法です。関節痛や腰痛があると、ベッドから起きあがりたくないかもしれません。しかし、それでは症状が進行してしまいます。そこで、散歩やラジオ体操など、できる範囲の運動を続けてみましょう。家族を巻き込んで一緒に身体を動かすのもおすすめです。
急性期からリハビリを行う
急性期とは、病気やケガをして間もない時期を指します。病気やケガの治療中、または治療直後の早い段階から取り組み始めるのが、急性期のリハビリです。
急性期のリハビリの目的は、廃用症候群の予防。治療のためとはいえ、ベッドの上で長い間安静にしていると、廃用症候群になりかねません。そのため、早めに身体を動かし始め、廃用症候群の発症を防ぎましょう。
ただし、無理してリハビリするのは危険です。医師に相談しながら進めましょう。
バランスの良い食生活を心掛ける
栄養バランスのとれた食事は、廃用症候群の予防になります。廃用症候群の症状のひとつに、低栄養があることをご紹介しました。栄養が不足すると、筋肉の量が減ってしまい、エネルギー源の確保もできません。そのため、栄養バランスに配慮した食事が大切なのです。
なかでも、筋肉作りに役立つタンパク質や、骨萎縮を防ぐカルシウムを積極的に摂取しましょう。また、身体を動かすために必要なエネルギー(カロリー)を摂取することも大切です。
精神的なケアも怠らない
廃用症候群を予防するには、精神的なケアも欠かせません。落ち込んだり、運動の意欲が持てなかったりすると、部屋に閉じこもって身体を動かす機会が少なくなってしまう恐れがあります。
そこで、意識的に周囲との関わりを持つようにしましょう。家族と会話をする、友人に悩みを聞いてもらうといったコミュニケーションが、廃用症候群の予防の一翼を担ってくれます。
廃用症候群になったときの治療法
予防を心掛けていても、廃用症候群が発症してしまうこともあるでしょう。では、廃用症候群になったら、どのように治療を進めていくのでしょうか。
ここからは、廃用症候群の治療法をお伝えします。
リハビリに励む
廃用症候群の予防だけでなく、治療にもリハビリが有効です。
リハビリの内容は、日常的な運動がメインです。例えば、立つ・歩く・座るなど、取り組みやすい活動から始めます。もう少し身体を動かせるようであれば、エクササイズを取り入れることもあるでしょう。
ただし、前述のとおり無理なリハビリは禁物です。医師に相談するとともに、理学療法士や作業療法士などに指導してもらえる医療機関でリハビリを行いましょう。
そして、リハビリに取り組むうえでカギを握るのが、モチベーションです。リハビリの内容は、面白いものばかりではありません。「以前は難なくできたのに満足に動かせない」と落ち込んでしまうこともあるでしょう。
意欲的にリハビリに取り組むには、悩みや不安を解消し、モチベーションを維持することが重要です。医療スタッフや家族などに話を聞いてもらい、リハビリに対する意欲を失わないようにしましょう。
薬物治療をする
廃用症候群で表れた症状に対し、薬物療法を行います。廃用症候群だからといって、特別な薬が処方されるわけではありません。通常の投薬と同じように、心機能低下には心機能低下の薬を、せん妄には精神神経用の薬といった、症状に見合った薬が処方されます。
薬は自己判断で市販のものを購入するのではなく、きちんと病院を受診し、医師に処方してもらいましょう。
極力動くよう意識する
廃用症候群の予防・治療ともに、身体を動かすことが何よりも大切です。着替えや排泄、簡単な家事などできる限りご自身の力で行うように心掛けましょう。安静が必要なときでも「寝返り」「腕や足を動す」など、できる範囲で身体を動かします。
一緒に住んでいる家族にも、サポートしてほしいこと、見守ってほしいことを伝えておきましょう。地域のコミュニティに参加し、外出するきっかけを作るのもおすすめです。
廃用症候群の気になる疑問を解決
ここまでで、廃用症候群の概要や症状、予防と治療についてご理解いただけたと思います。最後に、廃用症候群で抱きがちな疑問にお答えしましょう。
Q.高齢者しかならないの?
廃用症候群を発症するのは、高齢者だけとは限りません。病気やケガなどの治療のため、身体を動かさない期間が長くなると、若い方でも発症する可能性があります。
ただし、筋力が衰えやすい高齢者が廃用症候群を発症する頻度は、若い方よりずっと高くなります。
Q.末期になるとどのような状態になる?
廃用症候群の末期症状は、寝たきりです。廃用症候群が進むと、手足の関節を伸ばすだけでも激痛が走るような状態になり、自力では動けません。寝たきりの状態まで進行してしまえば、リハビリで改善を目指すのも困難でしょう。
寝たきりになる前に、予防や治療で進行を抑えることが重要です。
Q.自宅で介護する際の見直しポイントは?
自宅で介護が必要な場合、廃用症候群を発症していても生活しやすいかどうか、住宅環境を見直してみましょう。例えば、トイレの便座から立ちあがりやすいように手すりを設置する、コンロをガスからIHに変更するなどが挙げられます。
特に配慮したいのが、ベッドです。褥瘡(床ずれ)を予防するため、マットレスは身体を動かしやすい硬さであるか、体圧を分散させやすいかなどをチェックします。また、リクライニング機能があると、座った姿勢から身体を動かしやすくなるでしょう。
おわりに
病気やケガの治療のための安静がきっかけで、発症リスクが高まる廃用症候群。長期的に身体を動かさないことで、褥瘡だけでなく筋力低下や全身の疾患、精神疾患を発症する可能性があります。
廃用症候群は高齢者に表れやすい傾向がありますが、若くても過度に安静状態が続くと発症しかねません。「まだ高齢者と呼ばれる年齢ではないから」と安心するのではなく、あらかじめ原因や予防法を知っておけば、いざというときに素早く対応できるでしょう。ぜひこのコラムでご紹介した内容を、お役立てください。