高齢のご家族がいらっしゃる場合「認知症を発症したら資産凍結されるのか」と不安に思うかもしれません。そのような状況に備えられる制度のひとつが家族信託ですが、便利な反面、一定のデメリットもあります。
しかし、重要なのはメリットとデメリットを踏まえ、ご自身やご家族の向き・不向きを判断すること。このコラムでは、家族信託のデメリットに触れつつ、検討するために参考となる情報をお伝えします。
この記事を読んでわかること
- 家族信託には本人が認知症になっても資産凍結が起きないなどメリットが多い
- 一方で、本人が認知症になる前に契約を結ばないといけないうえ、親族間のトラブルの引き金になるなどデメリットもある
- 家族信託が向いているケースとそうでないケースがあるので、専門家に相談しながら利用の可否を検討すべき
家族信託とは?
家族信託とは、ご自身で財産を管理できなくなった時のために、ご家族やご親族に管理をする権限を与える契約を結んでおくことをいいます。
財産管理の一手法であり、高齢になり認知症を発症した際に起きる資産凍結のリスクを回避する手段として有効です。また、専門家を交えず、ご家族やご親族に財産管理をお願いすることになるため、高額な費用もかかりません。
なお、家族信託は委託者・受託者・受益者の三者間で締結します。違いを理解しましょう。
委託者 | 財産の所有者で、託す立場にある者 |
受託者 | 財産を託され、管理・運用・処分を担う者 |
受益者 | 財産の運用・処分で利益を得る権利(受益権)を有する者 |
家族信託のメリットは?
家族信託の代表的なメリットは、以下のとおりです。
【家族信託のメリット】
- 認知症になっても資産凍結せずに資産管理できる
- 遺言代用機能で二次相続対策もできる
- 成年後見制度と比べると柔軟な財産管理が可能
- 受託者が破産した際にも安心
認知症になっても資産凍結せずに資産管理できる
家族信託契約を結んでおけば、委託者が認知症になったとしても、資産凍結が起きません。
本来、ご本人が認知症になり意思能力が失われてしまうと、原則として銀行で預金を引き出したり、持ち家などの不動産を売ったりはできなくなる(資産凍結)ものの、あらかじめ家族信託契約を結んでおけば回避可能です。
遺言代用機能で二次相続対策もできる
家族信託では、委託者が信託契約を終了させる時期および終了時点での信託財産の承継先を選べます。つまり、遺言書を作成しなくても、信託契約で亡くなった時に残った財産の分け方を指定することで、スムーズに手続きを進められるでしょう。
さらに、家族信託の遺言代用機能を利用し、二次相続対策を行うことも可能です。
例えば、「最初に父親が亡くなり、母親と子どもが財産を相続した後、母親も亡くなった」場合を考えてみましょう。
父親は「ご自身=父親が亡くなった後(一次相続)」の相続の方法は定められますが、「母親が亡くなった後(二次相続)」の相続の方法は定められません。
しかし、家族信託であれば、二次相続が発生した時の扱いについても契約に盛り込むことができます。年齢の近いご夫婦だったなど、早い段階で二次相続が起きそうな場合にも備えることが可能です。
成年後見制度と比べると柔軟な財産管理が可能
家族信託では、成年後見制度に比べ柔軟な財産管理が可能です。
成年後見制度とは、認知症などによって判断能力が低下した方の財産管理や生活に必要な契約を代行して支援をするための制度で、裁判所の判断によって行われる法定後見制度と、ご自身の判断能力があるうちに支援を依頼する任意後見制度があります。
法定後見 | 任意後見 | 家族信託 | |
時間 | 本人の判断能力喪失時点 | 元気ならいつでも可 | |
終了時期 | 本人の死亡 | いつでも可 | |
財産権移転 | 移転しない | 移転する | |
第三者関与 | 多くは専門職が選任される | 監督人として専門職が選任される | 不要 |
裁判所関与 | あり | なし | |
不動産売却 | 家庭裁判所の許可・関与が必要 | 不要 | |
費用 | 裁判所が決定した金額を払い続ける | 任意後見の中で定めた金額を払い続ける | 契約時のみ |
成年後見制度は、裁判所が関与する部分が大きく、思うように管理できないという欠点があります。一方、家族信託では、本人の希望や方針に反しなければ、財産の担い手となった方が柔軟に資産管理をできるのが大きなメリットです。
受託者が破産した際にも安心
家族信託契約における受託者が破産したとしても、信託財産が差し押さえられることはありません。信託財産は委託者にも受託者にも属さない、独立した財産として扱われるためです。
家族信託のデメリットは?
家族信託は便利な制度ですが、以下のようなデメリットもあります。
【家族信託のデメリット】
- 意思能力の喪失後は利用できない
- 損益通算ができない
- 節税効果はない
- 収入がある場合は税務申告しなければならない
- 受託者の負担が大きい
- 親族間でトラブルが発生する危険性がある
- 専門家に相談する費用がかかる
- 遺留分侵害額請求の対象となる場合がある
意思能力の喪失後は利用できない
大前提として、家族信託は当事者が意思能力を喪失した後は利用できません。委託者と受益者と受託者との三者で締結する契約だからです。
ただし、初期の認知症であれば意思能力がある程度保たれているので、契約を結べることもあります。それでも、なるべく早めに動くに越したことはありません。
損益通算ができない
家族信託においては、信託不動産の信託経営で赤字が出ても、委託者個人の他の所得や、委託者名義で所有する他の不動産からの所得と損益通算はできません。税法上「信託財産である不動産から生じた損失は、不動産所得の計算上なかったものとみなす」という決まりがあるためです(租税特別措置法第41条の4の2第1項)。
ただし、信託不動産から生じた黒字は、委託者が所有権を持つ委託者個人名義の不動産の赤字と損益通算できます。わかりやすくするために、具体例を考えてみましょう。
委託者(例:母)がアパートを2棟所有していたとします。アパートAを信託財産として受託者(例:長女)に賃貸経営させ、アパートBはそのままご自身で管理を継続した場合を考えてみましょう。この場合、アパートAとアパートBの収支によって、損益通算や申告の扱いが異なります。
アパートAの収支 | アパートBの収支 | 損益通算や申告の扱い | |
ケース1 | プラス | プラス | 両者の収支を合算して申告 |
ケース2 | プラス | マイナス | 損益通算可能 |
ケース3 | マイナス | プラス | アパートAで発生した赤字はなかったものとみなされ、 アパートBでの不動産所得が課税対象になる |
どの財産を信託財産にするかによっても税務上の扱いが異なるので、慎重に検討しましょう。
節税効果はない
家族信託に節税効果はありません。不動産などの名義が受託者(例:子ども)に移っても、財産権(受益権)は委託者(例:親)に属しているからです。
つまり「名義は子ども、実質的な所有者は親」という状態になります。委託者に万が一のことがあり、遺族が受益権や残余財産を取得すれば、通常の相続と同じように相続税を払わなくてはいけません。
収入がある場合は税務申告しなければならない
信託財産から収益が発生し、その額が年間30,000円を超えている場合は、税務署に申告しなくてはいけません。以下2点の書類を用意し、毎年1月31日までに受託者の住所地を管轄する税務署に提出しましょう。
- 前年の信託財産の状況などを記載した信託の計算書
- その合計表
受託者の負担が大きい
家族信託は、受託者の負担が大きくなりがちな制度です。受託者となった場合、契約内容に従って財産管理をする必要がありますが、受益者の方が長生きすれば何十年間も続けなくてはいけない可能性もゼロではありません。
また、受託者は信託契約期間中、受益者の財産の帳簿を毎年作り、年1回一定の時期に報告する必要があります。個人の場合は現金の出納帳と口座の通帳を用意し、入金・出金の内容を記録して、領収書を保管すればかまいません。簡単ではあるものの、長期にわたるとなると決して負担は軽くないので注意しましょう。
親族間でトラブルが発生する危険性がある
家族信託において、受託者は信託された財産に対し大きな権限を有しています。
そのため財産の収支などにおいて委託者の意思に反した管理をする可能性があったり、受託者以外のご家族・ご親族が「実はお金を使いこんでいるのでは」と疑いを抱いたりして、トラブルになるのは珍しくありません。お金の絡むことだけに、定期的にご家族・ご親族での話し合いをしましょう。
専門家に相談する費用がかかる
家族信託について相談する場合、以下のような諸費用がかかります。
- コンサルティング費用
- 契約書の作成費
- 登録免許税
- その他
具体的な費用は個々の事例によって異なりますが、相談先次第では100万円を超える場合もあるので注意が必要です。
遺留分侵害額請求の対象となる場合がある
遺留分を侵害する内容で家族信託契約を結んだ場合、他の相続人から遺留分侵害額請求をされることもあります。
遺留分とは、亡くなった方と一定の関係にある相続人に認められた最低限の遺産の取り分です。亡くなった方(被相続人)の配偶者、子ども、父母、祖父母に認められます。なお、兄弟姉妹には遺留分が認められていません。
家族信託を設定すると、信託受益権を有する受益者が信託財産の権利を実際に有することになります。そして、信託受益権は受益者固有の財産であり、死亡した場合は遺留分の請求対象とする考え方が有力です。
そのため、遺留分請求を回避する目的で家族信託が設定されたとして、他の相続人が遺留分侵害額請求をする可能性はゼロではありません。トラブルを避けるためにも、以下の対策を講じておきましょう。
- 全ての財産を家族信託化しない
- 生前贈与・生命保険で受益者に別に現金を残す
- 遺言書の付言事項を利用してメッセージを残す
家族信託がおすすめのケース
家族信託は便利な制度ですが、向き不向きもあります。ここでは、家族信託が向いているケースとして、以下の4つを紹介します。
【家族信託がおすすめのケース】
- 介護や医療にかかる費用を本人の資産から捻出したい場合
- 第三者に財産管理へ関わってほしくない場合
- 共有不動産がある場合
- 障がいがある子どもがいる場合
介護や医療にかかる費用を本人の資産から捻出したい場合
親が認知症になった際、介護や医療にかかる費用を子どもの貯金から出すのは、子どもの生活費が圧迫されるなど、さまざまな問題が生じる可能性があるのでおすすめできません。
しかし、家族信託の契約に介護費や医療費について盛り込めば、親の財産から介護費などを捻出できます。
第三者に財産管理へ関わってほしくない場合
第三者に財産管理に関わってほしくない場合にも、家族信託は向いています。成年後見制度では、弁護士や司法書士などの専門家が成年後見人として選任されることが多いのが実情です。相応の報酬を払わなくてはいけないうえに、ご家族の意図と食い違う可能性も多々あります。
そのため、家族で財産管理を行いたい場合は、家族信託を選ぶと良いでしょう。
共有不動産がある場合
共有不動産がある場合も、家族信託を活用することでトラブルが避けられます。共有名義の不動産の売却は、所有者全員の合意のもと行わなくてはいけません。そのため、ひとりでも連絡がつかなかったり、反対があったりしたら売却できないことになります。
しかし、家族信託であれば、受託者に所有権と意思決定の権限が移るので、長期間売却できないというトラブルは起きにくいです。
障がいがある子どもがいる場合
障がいがある子どもがいる場合、親が亡くなった後に生活に困らないようにする手段としても家族信託は有効です。
つまり、生前に子どもの兄弟姉妹に家族信託で財産を託しておき、親が亡くなった後は信託した財産からその子どもにお金を使ってもらう仕組みです。ただし、ひとりっ子の場合は受託者になれる方を見つけるのが難航する可能性が高く、家族信託を使うのは難しいかもしれません。
「信託内借入」「信託外借入」などの融資を受けられる
家族信託では、成年後見制度とは違い、収益を目的とした運用や積極的な融資も受けられます。成年後見制度はあくまで委託者の保護が目的だからです。なお、家族信託の場合は以下の2つの方法が利用可能です。
信託内借入 | 家族信託の契約内容にもとづき受託者が借入を行う |
信託外借入 | 家族信託の契約外で委託者が借入を行う |
家族信託を利用する際に注意することは?
家族信託をやってみたものの、後悔することがないよう、事前の準備は怠らないようにしましょう。
ここでは注意点として、以下の3つについて解説します。
【家族信託を利用する際に注意すること】
- 家族信託について理解しておく
- 他の制度も活用する
- 家族信託に詳しい専門家に相談する
家族信託について理解しておく
家族信託は当事者の意向に反して強制的に終了するケースもあるため、関係者全員が正確な理解をしておきましょう。
代表的なものが「1年ルール」です。なんらかの理由で、受託者と受益者が同一人の状態が1年継続してしまうと、信託が終了してしまいます(信託法163条2項)。
これを防ぐためには、信託契約を結ぶ際に受益者を複数にするなど対策を講じておきましょう。
他の制度も活用する
家族信託は財産管理のための制度であり、やれることには限界があるので、他の制度も上手に活用しましょう。
まず、ご家族が施設に入居したり、病院に入院したりする際の手続きの代行は、家族信託の枠内ではできません。身上監護に当たるため、成年後見制度を利用するのが現実的です。
また、家族信託で全ての財産を信託できるわけではないため、万が一のことが起きた場合のために、遺言書を作成しておく必要もあります。
家族信託に詳しい専門家に相談する
家族信託の設計は、法務・知識に関する専門的な知識がないと難しいのも事実です。ご自身たちだけで対応するのが難しければ、税理士や司法書士などの専門家に相談しましょう。
また、どこに頼むかも重要です。相談先を探しているなら、「セゾンの相続 家族信託サポート」に相談するのもおすすめします。家族信託を含めた相続対策の知見を有する専門家に依頼できるため、ご自身では難しい場合でも無理なく設計が可能です。無料相談は随時受けているので、まずはお気軽にお問い合せください。
おわりに
家族信託は便利な制度ですが、身上監護権がないなど一定のデメリットもあります。しかし、重要なのはメリット・デメリットを踏まえて、相続対策として家族信託を使うか否かを決めることです。ご家族・ご親族の状況により、望ましい相続対策は異なるので、家族信託だけが唯一の正解ではありません。また、家族信託を使う場合でも、設計の仕方次第では思わぬトラブルに巻き込まれる恐れもあるため、専門家と連携を取りつつ決めていきましょう。