親に聞きたくても聞けない「お金」の話。「貯蓄は足りそう?」「通帳はどこにまとめてあるの?」など聞きたいことがあっても、なかなか切り出せないものです。健康で長生きしてくれさえすれば充分だと思う一方で、親のお金事情を把握していないと、いざというときに困ってしまう可能性もあります。
子ども自身が50代、親世代が70代以上と充分に”大人”になっても、すんなりはできないのがお金の話です。どうしたら親にお金のことを聞いたり、冷静に話し合えたりするのでしょうか? 『アドラー式 老いた親とのつきあい方』(海竜社)の著者で、アドラー心理学の専門家・熊野英一さんに「親にお金のことを聞きづらい」の解決に必要なコトについて伺います。
1.「お金のこと話しづらい」の要因は社会や文化にもある
――子どもの自分から親にお金について聞くことに抵抗がある方は、少なくないと思います。何が心理的な障壁になっていると思われますか?
社会的かつ文化的な要因が心理に影響を与えていると思います。例えば、今の50代は第2次ベビーブームのときに生まれた世代です。つまり、その親は戦後の復興を担い、日本の経済成長を支えた立役者たちの世代です。
親世代が現役の頃、日本企業は強く、終身雇用制度に守られながら仕事をして、複利を活用した高金利の定期預金や養老保険などでしっかり資産形成できました。つまり、そもそもお金のことをあまり心配しなくて良かったという社会背景があるんです。
――確かに心配していない親に対して、子ども側が心配している様子で聞くのもいかがなものか……と躊躇してしまいますよね。
本当に困ったら相談してくるだろう、と子どもは思いますからね。ただ、親も本当は困っているのに、子どもには話しづらくて相談できないでいる可能性もあります。日本は家庭でも学校でも、お金の教育にあまり力を注いできませんでした。すると当然、家計について家族全員で腹を割って話す機会に乏しくなります。
さらに、日本では古来より脈々と儒教的な思想が根付いており、言葉にするまでもなく「親は子よりも立場が上だ」という感覚があります。こうした要因が複雑に絡み合って、親子ともに話しづらいと感じるのだと思います。
――とはいえ、今は人生100年時代です。老後が長くなっているので、親の貯蓄が尽きてしまわないか心配ですよね。
その心配を抱える方は多いと思います。子どもからすると、親が長生きするにしたがって、お金のことで助けなくて大丈夫だろうか、と気になるものですよね。実際、通帳や資産の状況がまったく分からないまま親が亡くなり、その後しばらくして思わぬ借金が見つかった、なんてよく聞く話です。
ですから、どんなに心理的な障壁があったとしても、やはり同じ土俵に立って、きちんと話し合えたほうが良いのは間違いありません。
2.「エンディングノート」の活用で心の距離を縮める
――話し合いのきっかけは、どう作れば良いでしょうか?
私がおすすめしたいのは、エンディングノートです。
とはいえ、親にエンディングノートを渡すことにも戸惑いを感じる方もいらっしゃるでしょう。なかには、「死んでほしいのか!」と激昂したり、傷ついてしまったりする親がいないとも限りません。
角が立たないようにするには、まず子どもである自分が率先してエンディングノートを書くことです。
そもそも人間は誰しも、いつ亡くなるかわかりません。いくら今は健康でも、事故や病気、今なら感染症も不安材料です。「いつ何が起きるかわからないからエンディングノートを書いてみたんだけど、読んでくれない?」と子ども側から伝える。それにより、親子の関係性をフラットな状態に持っていき、親とお金について話すきっかけになります。
――関係性をフラットにする、とはどういうことですか?
はい。先ほどお話したように、儒教的な思想の影響を強く受けている文化の中で育った日本人は、親子間にある上下関係のバイアスがなかなか外れません。しかし、そのバイアスがある限り、子どもから親のお金の話を聞く、さらに冷静にお金について円滑に話し合うというのは難しいですよね。
子どもが小さい頃は、親が稼いで子どもを養っていたので、お金は親子の上下関係を補強していた要素でもあります。そのお金について対等に議論するには、まず親子の関係性をフラットにしないといけません。そうじゃないと親が意固地になって口が重くなったり、せっかく切り出しても話が前に進まなかったりする可能性が高まります。
――なんだか、すごく大変でそうですね……。子どもに迷惑をかけないように、お金のことも含めて老後の支度をしている方もいるのに……と思ってしまいそうです。
そういう準備の良い親は、ひと握りではないでしょうか。また、実は支度をしているけれど、子どもには伝えないというケースもあります。
このあたりも、親子の距離感によってさまざま。普段から会話をしていたり、一緒に暮らしていたりして、コミュニケーションを積み重ねてきた親子であれば容易かもしれません。
ただ、そうでない限り、一足飛びにお金の話をするのは極めて難しく、勇気がいることです。
――逆に、自分の給料や貯蓄を親に話したくない子どももいそうですよね。
そうなんですよ。いずれにしても自分のお金の話って、積極的に他の方に話したいことではないですからね。親に話してもらいたいのなら、まずは自分から話さないと相手は変わりませんし、うまくいきません。
お金の問題を共通の課題にしたいのであれば、自己開示は不可欠でしょう。
3.親子の「愛のタスク」は自分自身の人生の課題
――「親とお金の話をしたいけど話しづらい」と感じている方は、率先して親に自己開示することです。あくまでもエンディングノートはそのツールである、ということですよね。親に自己開示することに抵抗感がある方はどうすれば良いでしょうか?
その心理の背景には、「ありのままの自分を評価されることへの不安」があると思います。例えば、自分の弱いところを見せると親から認めてもらえないのではないか、愛されないのではないかという思い。
特に完璧な自分でいなければいけないと思って自己否定してきた方は、親に自己開示することへの抵抗や不安を抱えてしまうものです。これは親子関係だけではなく、夫婦や他人との関係にもいえることです。
そういう状態にある方の特徴の1つとして、「ちゃんとしていない方の行動を見ると無性に腹が立つ」ということが挙げられます。私はこんなに我慢しているのに、なんでちゃんとしないのか?と、パートナーや子どもにキツいことを言ってしまいがちです。
――なるほど。どうすれば、そのような自分を変えられますか?
まず「完璧な自分じゃないと、親や他人から認めてもらえない・愛されないという信念の妄想にすぎない」と理解することからはじめましょう。そして、その妄想からくる恐れを手放してもらいたいです。
「自分はポンコツなところもあるかもしれない。でも、ありのままで生きていることに価値があるし、格好つけたところで自分に向けられる眼差しは変わらない」と信じること。
「そんなふうに思う自信がない」という人もいるかもしれませんが、自信とは本来根拠を必要としないものです。「人生はしょせん妄想の連続なんだから、根拠を求めずに自分を信じよう」と「決める」ことがポイントです。
――まずは不安の根っこと向き合って、妄想だと割り切るわけですね。
そうです。結局、相手がどう思うかなんて、その相手自身も本当の気持ちを完璧に分かっているわけではありません。だから、「格好つけたところで自分に向けられる眼差しは変わらない」という考え方も、いわば妄想なんですよね。
突き詰めれば、どの妄想を手放し、どの妄想を採用するかの違いです。その観点を持てると、途端に気が楽になると思います。自分が心地よくいられるように妄想を活用すれば良いんだ、と。
――会話の中身が変わってきそうです。ただ、なかには子どものことを“大人”として認められない親もいそうな気がします。その場合はどうすれば良いでしょうか?
ひとついえるのは、親をコントロールしようと思わないことですね。ダイレクトに「こうしてよ」と伝えるのは止めたほうが良いかもしれません。また、「他の方はこうしてるんだって」「テレビで老後の支度について特集してたよ」と、情報提供のつもりで話したとしても、子どもの“こうしてもらいたい”という思いが透けて見えるものです。
――そうすると親は余計に心を閉ざしそうですね。
そうなんですよ。人それぞれ性格やプライドがありますから、「こうすれば絶対に親は対等に話を聞いてくれる」という答えはありません。
でも、「お父さん/お母さんのスタンスは理解しているし、尊重している。けど、私は大人として対等にお付き合いしていきたいと思っています」と伝えたとしたら、少なくとも誠意は伝わります。
もしかしたら、最初は「子どものくせに」などと言われるかもしれません。しかし、年金生活を続ける中で不安がまったくないわけではないはずです。いつか心を開いてくれるときがくるかもしれませんよね。
――そうしたコミュニケーションを重ねることは、お金の話を超えて、親との関係に悔いを残さないことにもつながりそうです。
その通りです。親の最期に感謝の言葉を交わすためにも、とても大切だと思います。親から「あなたを産んで幸せだった」、子どもから「あなたに産んでもらえて幸せだった」と心から伝えあえたら良いですよね。
――それはとても良い、理想の親子関係ですね。
アドラーは、「人間は生きていく上で、必然的に取り組む3つの課題(タスク)」があると考えていました。その3つとは「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」です。
親子関係は「愛のタスク」に分類されますが、このタスクの解決が最も難しいと思います。大変かもしれませんが、親子関係を良いものにしようと取り組んだ経験は、仕事や夫婦、友人との交友など、あらゆる人間関係に活かせるはずです。お金の話をきっかけに、親子関係の再構築を目指してみてはいかがでしょうか。
(取材・執筆=末吉陽子 編集=ノオト)