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【医師執筆】医学の進歩とその恩恵について

医学の進歩とその恩恵について
石川 秀雄 岸和田リハビリテーション病院 病院長

執筆者
石川 秀雄 岸和田リハビリテーション病院 病院長

南大阪随一の規模を誇る回復期リハビリテーション病院において、喀血・肺循環センターを運営。喀血に対するカテーテル治療である気管支動脈塞栓術を累計3800例の世界屈指のハイボリュームセンターであるばかりでなく、2017年以降精力的に査読英語論文を、Radiologyを筆頭に世界の一流ジャーナルに多数投稿し続ける喀血治療の世界的第一人者。第2のライフワークは、食、とりわけ大阪の食であり、高名なフードライター/食文化評論家である団田芳子氏のファン倶楽部会長を務める。

自動車関連技術の進歩には目をみはるものがあります。エンジンのメカニズムを見ても、私が医学生であった40年近く前(1980年代)には先端技術であったツインカムやターボなども、いまや普通のことであり、それだけでなく大幅なコストダウンや機能の改良がなされています。

たとえば当初のターボエンジンは、いわゆるどっかんターボで、ターボが効き始めると突然豪快にトルクがもりもりとあがり、いわゆる直線番長的な走りはともかく、コーナーを攻める際の繊細なアクセルコントロールにはまったく不向きでありました。

低速トルクが弱く、燃費も悪かったですが、いまやヨーロッパ車を中心に装備されている小排気量ターボエンジンは、上記のターボラグがなく、自然吸気エンジンのような精密なアクセルコントロールが可能で、ターボの存在すらほぼ意識することなく燃費も良好です。

安全装備もしかりです。ブレーキロックというのは恐ろしい現象として知られていましたが、いまやアンチロックブレーキは標準装備されていますし、さらに自動ブレーキも高級車でなくても装備されるようになりつつあります。

エアバッグも普及しています。自動運転すら急激に大衆化しつつあります。自動運転は、ラクをするための機能というだけではなく、車間距離保持や速度保持、レーン逸脱時の修正など、ドライバーのミスをカバーする安全装備としての側面も大きいと思われます。

警視庁の統計によると、交通死亡事故(1年以内死亡数)は昭和45年の21,535人をピークにほぼ減少の一途を辿っており、令和3年には2,636人とほぼ1/8になっているのです。これにはシートベルト義務化や飲酒運転の厳罰化など複数の要因が関係していると思われますが、それにしても自動車業界の、大きなコストダウンを伴う技術開発の努力には頭が下がる思いです。

これは自動車メーカー間に健全な競争原理が国際的に働いていることが大きいですが、自動車業界の顧客への安全への思いも寄与しているものと思われます。本当に有り難いことです。実は同じようなことが、医療にもたくさんあります。しかし、ただしい大局観をもってそれを理解し感謝の念をいだいている方はどのくらいおられるでしょうか。代表的な病気と医学の発展についてご紹介しましょう。

胃潰瘍(いかいよう)

胃潰瘍(いかいよう)

例えば、夏目漱石が胃潰瘍による吐血で1916年に49歳で亡くなられたことはよく知られていますが、いまの基準で考えると当時は恐ろしいほど“ないないづくし”でした。胃カメラはない、胃潰瘍の薬もない、出血性ショックになっても輸液(点滴)ができない、輸血も昇圧剤もない。

現代であれば、出血性ショックになるより前の初期の段階で、胃カメラで胃潰瘍と診断し、抗潰瘍薬(こうかいようやく)を内服して、ピロリ菌を除菌して終わり、となっていたことでしょう。また仮に出血性ショックになっても、まず充分な点滴をして血圧を維持しつつ、内視鏡で潰瘍をみつけ、クリッピング(出血部位     をクリップで挟み、破裂や出血を止める治療法)などの内視鏡的止血術を行うというような、消化器専門医にとっては日常臨床レベルの仕事でほぼ救命できます。

では、これらはいつくらいから実用化されたのでしょう。それぞれ見ていきましょう。

胃カメラは、ファイバースコープが実用化されたのが1975年頃です(1)。ちなみに今は光ファイバーによるファイバースコープではなく、CCDを用いた電子スコープが主流です。胃カメラは随分前から光学製品から電子機器にかわっているのです。ファイバースコープでは光ファイバーを通して伝わる映像を基本的には術者のみが望遠鏡を覗くように胃内をみることができるのみでしたが、電子スコープでは画像をモニターに表示することができ、術者以外のスタッフや患者さんご自身も胃内の映像を美しいカラー映像でみることができるようになったのです。

実施方法【左:経口、右:経鼻】

点滴はどうでしょう?1832年にコレラによる脱水に対し考案され1920年に海外で脚光を浴び、我が国での普及は戦後のようです(2)。輸血は海外では1940年前後です(3)。

点滴

胃潰瘍のくすりのトップバッターはシメチジンで、これは1976年の発売ですが、それまでは胃潰瘍は外科手術の対象でした。このようにいまは当たり前の医療技術や薬剤は、すべて実用化や普及については、ごく最近のことなのです。

それだけではありません。いまや胃潰瘍は、基本的にはピロリ菌感染症が原因(鎮痛剤による潰瘍もあるが)であるとされています。ピロリ菌を除菌すれば潰瘍が起きにくくなるどころか、胃癌ですら激減する、という大きなパラダイムシフトが近年あったのです。

高血圧(こうけつあつ)

高血圧

ルーズベルト大統領が、高血圧が原因で脳卒中を発症して亡くなったのは比較的知られているのではないでしょうか。一般的に50代の血圧の正常値は、日本高血圧学会の高血圧診断基準で、計測した場合の最高血圧が120mmHg未満かつ、最低血圧が80mmHg未満といわれています。ルーズベルトの血圧は、脳出血発症時最高血圧300mmHg/最低血圧190mmHg、普段でも最高血圧300mmHg/最低血圧170mmHgとかであったらしいです(4)。

今の感覚ではよくそんな血圧をほうっておくものだな、と思いたくなる数値ですが、そもそもまともな薬がなかったのだから仕方がありません。

実は、いまでこそ百花繚乱といっても過言でないほど降圧薬(高血圧に対する薬)の選択枝がありますが、私が医学生だった30数年前(1990年代)は、主にニフェジピンとジルチアゼムというカルシウム拮抗薬というタイプの薬剤があったのみで、そこにACE阻害剤というタイプの薬剤のトップバッターとして、カプトプリルが出たばかりであったのです。

指導医が「私の考えでは、このニフェジピン抵抗性の高血圧患者さんには、カプトプリルが有効なはずなのだが、なぜか効いていない」と言っておられ、当時は「うーん、深いなあ」と感心した記憶があります。いまの感覚では、どこが深いねん、という感じですが…。

あのルーズベルトでもどうしようもなかった降圧薬が、我が国では誰でも平等に安価に処方してもらえます。病態によってたくさんの選択枝の中から最善の薬剤を使用することができます。

薬剤の血中半減期も長くなって血圧変動が少なくなり、降圧効果を越えた心保護・腎保護機能を併せ持つ薬剤もあり、本当に凄い進歩だとつくづく思います。高脂血症におけるスタチンという薬剤の登場も同様にエポックメイキングでした。

急性心筋梗塞(きゅうせいしんきんこうそく)

私が研修医のころ、すなわち1986年当時は急性心筋梗塞の治療はモルヒネによって胸痛を緩和するくらいで、あとはベッド上安静というのが一般的でした。

私は当時最先端の循環器救急をやっていた大阪の桜橋渡辺病院に勤務していましたが、そこでは緊急カテーテル治療がすでに行われていました。ステントはまだなく、バルーンカテーテルで血栓と冠動脈プラークをもろとも破砕するだけではありましたが、画期的でした。

同じ病気なのに、それまでのモルヒネを処方して安静のみ、という「保存的」治療(経過を観察するのが中心)と違って、深夜でもスタッフを集めて緊急カテをやるのですから、医者も加速度的に忙しくなるし、医療費が高騰していくのも無理ないわけです。同じ病気でもやることが猛烈に増えているのです。

脳梗塞に緊急で血管内治療をして血栓を溶かしたり回収したりするようになったのは心筋梗塞よりもっと最近のことです。

肺癌(はいがん)

肺癌の大半を占める、非小細胞肺癌と     いわれるタイプの肺癌の治療は、かつての抗がん剤を中心とした治療から、治療選択肢も治療後の予後も劇的に進化しました。これは分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害の登場によるところが大きいです(5)。

分子標的治療薬といえば、イレッサ®が実用化第一号で当時ずいぶんとメディアを騒がせました。これについては立場によりさまざまな意見があったとは思われますが、この薬剤の登場が歴史的に非小細胞肺癌治療に革命をもたらし、現在多くの患者さんがその恩恵を受けていることを否定する呼吸器内科医は皆無でしょう。

喀血(かっけつ)

すでに革命的変化が完了した、もしくは完了しつつある上記の4つの疾患にくらべると、喀血(肺からの出血)およびそれに対するカテーテル治療、気管支動脈塞栓術(BAE)は、まさに現在が革命の黎明期であるといえるでしょう。

些か手前味噌ではありますが、喀血のカテーテル治療であるBAEは筆者の20年来のライフワークであり、私どもの運営する喀血・肺循環センターは世界を代表するハイボリュームセンター(最多症例施設)です。

カテーテル治療数が世界トップクラスであるだけでなく、2017年からエビデンスを継続的に世界に発信しており、重要な査読英語論文を一流ジャーナルに世界でもっともたくさん出している施設でもあります。

BAEは、20年前は治療成績が悪く(再喀血率が高く)、外科手術までの橋渡し的治療という中途半端なイメージでした。しかしいまや良好な長期成績を実現しており(6)、またBAEのもっとも怖い合併症として歴史的に恐れられてきた脊髄梗塞による両下肢麻痺または四肢麻痺は0.19%とかなり減少しており、かつ日本でよく使用されている3つの塞栓物質(血管内に留置する詰め物)であるコイル・ゼラチンスポンジ・NBCAの中でコイルが有意に安全であることを我々は東京大学康永研究室との共同研究で証明しました(7)。

喀血は院内死亡率が10%におよぶ危険な症候ですが、すくなくとも中等度以上の喀血の第一選択治療とされているBAEは、第一選択にもかかわらず国内では8.1%程度、フランスでは2.4%程度しかまだ実施されておらず(7)、まさしくこれから普及していく、いや普及させていくべき技術なのです。10年後喀血治療の世界がどうなっているか?これは喀血治療先進国である我が国の喀血専門医の双肩にかかっていると思われます(8)。

おわりに

以上、自動車産業および医療における技術革命と、そこから我々がうけている恩恵についてまとめてみました。医療については、同じような事例は枚挙に暇がありません。これは狭義の医療関係者health care workerのみならず、広く製薬会社や医療機器関連企業で働く方たちの長年の日頃のたゆまぬ努力によるものです。

我が国は国民皆保険制度と、増大する一方の医療費の負担に、先進国でも稀な低成長ぶりの国家財政は青息吐息ですが、このような利益を国民一般が、諸外国よりはるかに低廉な費用で、あまねく平等に享受していることもできたら忘れないようにしたいものです。

参考文献

1.オリンパスグループ企業情報サイト ファイバースコープの誕生

2.輸血製剤協議会 輸液の歴史

3.大阪赤十字センター 輸血の歴史

4.東洋経済オンライン 高血圧と人類、その長い戦いに訪れた「転機」–人と病の100年、治療・創薬はどう変わった?

5.がんプラス進歩する肺がんの最新薬物治療 プレシジョン・メディシンと個別化医療

6.Ishikawa H, Hara M, Ryuge M, Takafuji J, Youmoto M, Akira M, Nagasaka Y, Kabata D, Yamamoto K, Shintani A. Efficacy and safety of super selective bronchial artery coil embolisation for haemoptysis: a single-centre retrospective observational study. BMJ Open. 2017 Feb 17;7(2):e014805. doi: 10.1136/bmjopen-2016-014805.

7.Ishikawa H, Ohbe H, Omachi N, Morita K, Yasunaga H. Spinal Cord Infarction after Bronchial Artery Embolization for Hemoptysis: A Nationwide Observational Study in Japan. Radiology. 2021 Mar;298(3):673-679. doi: 10.1148/radiol.2021202500.

8.石川秀雄, 大町直樹, 大邉寛幸, 康永秀生. (2021). Focus on 喀血の治療 気管支動脈塞栓術の最新動向: リアルワールドデータを中心に. 内科, 128(4), 929-935.

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