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初心者にはまず「シュルレアリスム」の鑑賞がおすすめ!【西洋美術史解説①】

初心者にはまず「シュルレアリスム」の鑑賞がおすすめ!【西洋美術史解説①】
石田 高大 現代美術家

執筆者
石田 高大 現代美術家

作家・ライター。パフォーマンス・ハプニング作品を中心に現代美術の制作をしている。制作の中でリサーチした知識を発信していきたいと思い、2021年よりライターとして活動を開始。現在、美術や美術史を中心に執筆。著書に『自分らしい生き方が見つかる現代アートの始め方』がある。

このコラムでは初心者の方向けに西洋美術史についてお話していきます。 

西洋美術史を学ぶにあたって、本来はエジプト文明やメソポタミア文明などの紀元前の芸術から学ぶことが多いですが、20世紀に生まれた「シュルレアリスム」の作品は初心者の方でも入り込みやすいため味わって見ていただきたいです。 

絵の知識がなくとも面白く、「シュルレアリスム」を切っ掛けに美術を楽しみ始める方も多いようです。実は筆者もその中の1人です。中学生の頃に出会ってから、好きになり、大人になった今でも「シュルレアリスムの作品にはこのような深い意味があったのか!」と驚いた経験があります。 

シュルレアリスムはどのようなものなのか、どのような意味があるのかについて詳しくみていきましょう。 

1.どんな方でも楽しめるシュルレアリスム 

筆者がシュルレアリスムの作品で最初に目にした作品はこちらです。 

サルヴァドール・ダリ《記憶の固執》(1931年) 出展 ニューヨーク近代美術館 http://www.moma.org

サルヴァドール・ダリ《記憶の固執》は非常に有名な作品です。筆者が中学生の頃にこの絵を見て、「何を意味しているか分からないけど、惹かれてしまうな」「時計が描かれているけど、題名の《記憶の固執》と関係してるのかな?」などと考えていました。 

この作品は、20世紀の芸術運動「シュルレアリスム」の代表的な作品といわれています。 

シュルレアリスムに参加した作家は多くいますが、《記憶の固執》のように初見で驚きを与える作品が多くあり、楽しみやすいです。実はその楽しみやすい理由として、シュルレアリスムの手法の1つ「デペイズマン」が用いられているからです。意外な組み合わせで驚きを与える手法です。フランス語で「人を異なった生活環境に置くこと」、転じて「居心地の悪さ、違和感や生活環境の変化、気分転換」などを意味します。例えば《記憶の固執》の自然風景の中に、「大きなぐねぐねした時計」がありますが、この異質な時計と自然の組み合わせこそが「デペイズマン」手法です。どんな方でも「あれ?不思議だな」と感じられることが面白さでもあります。 

2.そもそも「シュルレアリスム」とは? 

では、シュルレアリスムとは何なのか、さらに詳しくお話していきます。実は、画家ではなくフランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱したものです。 

2-1.「シュルレアリスム」ってなに? 

「シュルレアリスム」は1924年にアンドレ・ブルトンが『シュルレアリスム宣言』を出版したことが始まりといわれています。 

アンドレ・ブルトン(1896~1966) 出展 パブリック・ドメイン https://commons.wikimedia.org/wiki/File:AndreBreton.jpg

 ブルトンが目指したものは「夢と現実の矛盾した状態」を表現していくことでした。 

「夢と現実の矛盾した状態」とは、現実にあるもの、目に見えるものだけを描くのでもなく、夢の中の世界だけを描くのではなく、夢と現実が混じった状態を表現することです。 

例えば、こちらの作品を見てみましょう。 

ルネ・マグリット《ピレネーの城》(1959年) 出展 WikiArt https://www.wikiart.org/en/rene-magritte/the-castle-of-the-pyrenees-1959/

空や岩の質感などがとてもリアルで、見たままに表現されていますが(現実)、岩が地上から浮き、その上には城がある(夢)という状態となっています。 

ちなみに詩人であるブルトンは、「自動記述(オートマティスム)」という手法で詩を書きました。これは書く内容を始めから決めず、先入観も捨てて文章を思うままに書き続けていく手法です。物語集『溶ける魚』が作品としては有名です。 

2-2.なぜ「シュルレアリスム」が生まれた? 

「シュルレアリスム」は第一次世界大戦前に起きていた「ダダ」という芸術運動から発展して生まれました。「ダダ」とはフランスの詩人トリスタン・ツァラが起こした芸術運動のことです。 

トリスタン・ツァラ(1896年~1963) 出展 No restrictions https://commons.wikimedia.org/wiki/File:TRISTAN_TZARA_1896_ESCRITOR_FRANCES_(13451237653).jpg

1910年代、第一次世界大戦中に中立国だったスイスに戦火から逃れて集まった芸術家たちが起こした運動です。テーマは「秩序の破壊」でした。 

スイスの「キャバレー・ヴォルテール」という酒場に言語や文化の違うさまざまな国の芸術家たちが集まったことで、言語の壁を壊す中で芸術運動が生まれました。例えば新聞記事を寸断して袋の中に入れ、無作為に取り出した言葉を並べて詩を作ったり、色紙を紙の上に滑らせて偶然にできた位置に貼り付けたりなど秩序のない意味を求めない作品が生まれていきました。 

次第に世界に広がった「ダダ」運動ですが、特にアメリカのマルセル・デュシャンが発表した《泉》は20世紀美術の中で特に有名な作品です。

マルセル・デュシャン《泉》(1917年) 出展 パブリックドメイン https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Marcel_Duchamp,_1917,_Fountain,_photograph_by_Alfred_Stieglitz.jpg

驚くことに便器にサインをいれただけの作品です。これまでの美術の概念を完全に壊していくものでした。 

このように「ダダ」は秩序ゼロの「夢」を表現したものといえます。 

一方でアンドレ・ブルトンが提唱した「ダダ」から発展した「シュルレアリスム」は、「夢と現実の混ざった状態」になります。 

アンドレ・ブルトンもダダに参加し、同じ年齢で同じフランス国のトリスタン・ツァラと交流していました。しかし、意味の無さや、秩序の破壊をテーマにしていたトリスタン・ツァラの「ダダ」に対し、アンドレ・ブルトンは秩序と無秩序の混ざった状態や、人の無意識な心の動きを大事にすることにしました。2人は、1920年代に目指す芸術の方向性の食い違いから決別しています。 

アンドレ・ブルトンはその後「シュルレアリスム」のリーダーとして、他の芸術家たちを率いていきましたが、その中でも「シュルレアリスム」の理念を巡って対立してしまう芸術家たちもいました。逆にいうと、アンドレ・ブルトンは夢と現実の混ざった「シュルレアリスム」にそれほどまで拘ったといえるでしょう。 

次節で話しますが、アンドレ・ブルトンの拘りには実は第一次世界大戦の影響があります。 

2-3.精神医学のフロイトの影響もあり 

やや難しい話になっていくのですが、「シュルレアリスム」には精神医学者のジークムント・フロイトも大きく影響しています。 

ジークムント・フロイト(1856年~1939年)出展 パブリックドメイン https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sigmund_Freud_LIFE.jpg

精神医学者ジークムント・フロイトは、人には自身でも分からない「無意識」があることを提唱しました。 

例えば、精神病で悩む人が、自身が苦しい理由は「仕事でうまくいかなかったこと」と思い込んでいても、深く探っていくと実は「子どもの頃の家族のトラウマだった」ということがあります。 

自身でも気付かず抑圧している「無意識」。無意識を引き出すことが精神病の治療の中で重要だと考えました。(この「無意識」が本当に正しいかは現代の心理学としては、色々な見解があるようです) 

第一次世界大戦時にブルトンは、精神病院に勤め、戦争のトラウマで苦しむ兵士にフロイトによる精神分析で治療を施していた経験があります。これが無意識の世界を意識したシュルレアリスムの考えに結び付きます。戦争で失われるのは命だけでもなく、心も失われることを知ったのです。 

「シュルレアリスム」は日本語では「超現実主義」と訳されますが、「意識と無意識の混ざった状態」つまり「夢と現実の混ざった状態」こそが本当の現実と考えたということです。 

「シュルレアリスム」は文学や絵画だけでなく、音楽や映画などの多くの芸術へと広がりました。 

ルイス・ブニュエル, サルバドール・ダリ 映画『アンダルシアの犬』(1929年) 出展 WikiArt https://www.wikiart.org/en/salvador-dali/un-chien-andalou-film-still-1928

「シュルレアリスム」の芸術家たちの中には、政治に参加し始める方もいました。「シュルレアリスム」は目に見えるものや合理性だけを求めたり、他国への侵略や植民地政策を取る国や指導者への反対などの革命の要素もあったといえるでしょう。 

革命という視点で詳しく知りたい際は『シュルレアリスム 終わりなき革命 (中公新書)』(酒井健 著)がおすすめです。 

2-4.シュルレアリスムの手法 

シュルレアリスムには大きく2つの技法があります。 

無意識を描く 

無意識に描く 

の2つです。 

分かりづらい言い方ですが、①「無意識を描く」は夢で見た景色を描く、そこに存在しないものを描くなどのやり方です。記事の頭でも紹介した、矛盾したものを並べて驚きを与える「デペイズマン」がその手法です。ダリの作品はまさにデペイズマンです。 

一方で②の「無意識に描く」は、いろんな素材を組み合わせる「コラージュ」や絵具を垂らす「ドリッピング」の手法など、作者の意図を消して描く手法です。 

マックス・エルンスト 《都市の全景》(1936年)出展 ArtWiki https://www.wikiart.org/en/max-ernst/the-entire-city-1935

こちらの作品も実はキャンバスに絵具を塗り重ねてから削り取る「グラッタージュ」を行ってから、加筆して描かれたものです。(絵具で景色を描いたように見えますが、実は塗った絵具を削って描いています) 

「シュルレアリスム」はアンドレ・ブルトンがリーダーとなって活動していきましたが、ブルトンと思想や政治、個人的な軋轢などによりグループから脱退していく人が多くいました。 

しかし、「シュルレアリスム」の影響を受けた芸術家は数知れず、ピカソや日本の岡本太郎も影響を受けています。また彫刻家の成田亨さんは、「シュルレアリスム」の影響を受けつつ、『初期ウルトラ怪獣シリーズ』を作っており、「シュルレアリスム」が戦後マンガ文化にも大きく影響を与えたことも分かります。よく会話でも「シュール」という言葉が日本で使われています(不思議な、奇怪な、失笑を誘う、謎な、非現実的な等幅広い意味で使用されています)が、実はこれも「シュルレアリスム」を語源としています。 

「シュルレアリスム」の代表的な人物としては既に紹介したアンドレ・ブルトン、サルバドール・ダリ、マックスエルンストやジョルジュ・デ・キリコが挙げられます。少しでも興味を持っていただければ幸いです。 

おわりに 

歴史的には政治、社会メッセージの強い「シュルレアリスム」ではありますが、趣味で真似して描くのも楽しいものです。せひ「シュルレアリスム」の絵を描いてみましょう。夢でみたことを思い出して描いたり、新聞や雑誌を切り抜いて貼りつつ、ご自身でも色を付けたりして楽しみましょう。 

また「シュルレアリスム」の作品は数多く残っており、地域の美術館でも視ることは多くあるため、鑑賞も楽しんでいただければ幸いです。 

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