インターネット全盛の今、情報収集の大切さを改めて耳にする機会が増えました。情報を集める際には、できれば偏りなく、正確に、より多くのニュース等に触れたいもの。しかし、それは意外にも困難です。特に、人は知らず知らずのうちに偏った情報だけに触れようとし、偏った見方を強化するように「できています」。脳がそのような「癖」を持っているからです。ここでは「バイアス」というキーワードをもとに、その「癖」の傾向を探りつつ「偏りのない情報集め」に役立つテクニックを紹介します。
1.バイアスとは何か。バイアスはなぜ起こるか
人は、合理的に物事を判断している一方で、しばしば不合理で誤った選択をしてしまいがちです。なぜなら、自分の思い込みや周囲の環境、他人からの影響、これまでの経験などをもとに、ものごとを歪んだ形で認識してしまう傾向があるからです。この「偏り」のことを「バイアス」と呼びます。また、バイアスによって不合理な判断や選択をしてしまうことを「認知バイアス」といいます。
私たちの脳は、何かしらの「判断」をする際に、必ずしも時間をかけて情報を処理するわけではありません。一つひとつの出来事すべてに膨大な情報処理をかけてしまえば、脳は疲れてしまいます。その際に「省エネ」的に行われるのが、これまでの経験などに照らして「もっともらしい結論」を出そうとする作業です。これはいわば「脳の癖」ですが、この癖によって認知バイアスが引き起こされます。認知バイアスは脳の特性上、生じるものであるため、簡単に修正することはできません。
2.フィルターバブルに陥る危険
実は、インターネットで情報収集をする際に、偏った情報が集まりやすくなることがあります。ネットの仕組みがそうなっているためです。多くのネット環境は、ネット利用者の検索履歴やクリック履歴を分析して学習し、その利用者が「見たいと思うであろう情報」を優先的に表示するように「できています」。すると利用者は、ネットがすすめてくれる情報にばかりアクセスするようになり、ともするとその情報に偏りが出てしまうのです。
こうして人が「見たい情報だけを見るようになる」現象を「フィルターバブル」と呼びます。フィルターバブルに陥った人は、たとえば自分の意見を正当化してくれる情報にばかり多く接するようになります。すると、知らず知らずのうちに「その反対の見方」ができなくなっていきます。こうなれば、仮に情報収集をしたとしても、偏りが出てしまう。そして、このフィルターバブルに拍車をかけるのが、先に述べた「認知バイアス」です。
3.認知バイアスの種類
認知バイアスには膨大な種類がありますが、ここでは代表的なものだけ例示します。「私はバイアスに囚われていないだろうか」と自己点検しながら読んでいただければ幸いです。
3-1.確証バイアス
自分の信念に合う情報ばかりを選択的に見て、確信を深める状態を指す言葉です。人は、反対意見に遭うと不快な気持ちを抱き、逆に賛成意見に触れると快を感じる傾向にあります。この快・不快に従うようにして、自らの考えを正当化し、裏づけてくれる情報ばかりに目が行き、それらを集めて「やっぱりね」と確信したがる癖があるのです。
3-2.内集団バイアス
自分が所属している集団(内集団)を、他の集団より高く評価するバイアスをいいます。内集団は自身のアイデンティティを支えてくれる存在です。人は、その集団について「他より優れている」と思う傾向にあります。たとえば「日本人は他国の人に比べて優れている」といった「日本論」が今も昔も盛んに世に出ていますが、そうした論理を強く好む人は、内集団バイアスに囚われている可能性があります。
3-3.後知恵バイアス
後から知った情報や知識をもとに物事を判断することを「後知恵バイアス」といいます。分かりやすくいえば、何かがあった時に「そうなると分かっていた」と言う人が陥っている状況です。本当に分かっていたのなら話は別ですが、しばしば人は、出来事が起きてから事後的に、その結末から遡って、あたかも「過去からそうなることを予見していたかのように」思う傾向にあります。そうして過去の自分の知識や判断を過大評価するのです。
3-4.バンドワゴン効果
多数派の選択に無意識に同調するのが「バンドワゴン効果」です。大勢の人が「これはいい」「おもしろい」と思っているのを見聞きすると「自分もやってみたい」「買って使ってみたい」と思うことがあります。いわば「勝ち馬に乗りたい」という心理がバイアスに影響しているのです。ちなみに、インフルエンサーや有名タレントに影響されて商品を買ってしまう傾向(=「ハロー効果」とも呼ぶ)も、これに似たものがあります。
3-5.正常性バイアス
予想もしなかった事態に人が遭遇した時に、「こんなこと、ありえない」というバイアスが働いて、物事を「これは、正常の範囲内だ」と認識する状態を指します。災害や事故に触れた際に、人は「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」と思いたがる傾向は、まさに「正常性バイアス」の表れです。
3-6.自己奉仕バイアス
物事が成功した時は自身の能力等によるものだと思い、失敗した時は自分ではどうしようもない外的な要因によるものだと思いこむ状態のことです。たとえば、事業が成功した際には「私の実力があっての成功だ」と思い、失敗した際には「あいつがあの時、きちんと働かなかったからだ」と「他人のせい」にする例は、その最たるものでしょう。
3-7.コンコルド効果
「高いお金を払ったんだから、ムダにしたくない」と思って、その対象にお金を払い続け、ひいては「やめること」ができなくなる状態のことをいいます。たとえ投資を続けることが損失にしかならないと分かっていても、ここから抜け出すのは容易ではありません。実際、この効果の名にもなった超音速旅客機「コンコルド」は、先の見とおしが立たなくなってもプロジェクトの中止ができず、30年近くもかけて数兆円の損失を生みました。
3-8.アンカリング効果
最初に提示された数値に影響されて、のちのちの判断が変わってくる状態を指します。たとえば、初めて買う商品がA店で1万円だったとします。それが次のB店で7,000円で売っていたとすると、人は7,000円という価格を「安い」と感じるでしょう。また別の視点では、ホテル探しをしている時に最初に一泊4~5万円の高級ホテルの情報ばかりに触れると、一泊2万円でも「お得だ」と感じることがあります。これがアンカリング効果です。
4.バイアスの落とし穴にはまらないための対策
以上、代表的なバイアスを見てきました。上記までをお読みいただいた読者のみなさまは、このコラムを客観的に読むことで「自分はこうならないようにしよう」と思うでしょう。ですが、先にも述べたとおり、情報のバイアスを生まない情報収集はかなり困難です。バイアスには、「他人のバイアスはおもしろく見える→自分はそんなことにはならない)」という認知バイアスが働くことがあります。だから、バイアスは厄介なのです。
最後に、そのようなバイアスに抗う具体的な手法を紹介します。
4-1.因果関係を考慮し、直感や前提を疑う
直感は、しばしば誤った認識を人にもたらすことがあります。目の錯覚などが良い例です。直感は決して「いつも正しい」ものではありません。認知バイアスを防ぎたい方は、直感や前提知識を疑い、「なぜ、この結論に至るのか?」「なぜそう言えるのか?」「本当にそうか?」と自分自身に問いながら因果関係を追ってみてください。
4-2.できるだけ一次情報にアクセスする
世間に出ているニュースなどの多くは、すでに誰かが解釈をほどこしたものです。その大元となる情報のことを「一次情報」と呼びますが、正確な判断をしたい場合は、可能な限り一次情報に触れて、そこから筋道を立てて自分で情報を解釈してみてください。たとえば、政治家の失言がニュースになった際に、一部の発言が切り取られたニュースで満足するのではなく、その発言の一次情報、全容を調べるようにしましょう。ネット上には失言があったた政治家の発言全体がニュースで出るので、それを読み、全体像を把握することで、ニュースの受け止め方から偏りを減らすことができます。
4-3.賛成・反対両方の意見に触れてみる
ある主張について、あなたが賛成の立場だったとします。その場合、あなたはついついネットでも賛成派の情報を得てしまいがちです。しかし、そこであえて反対派の意見にも触れてみるようにしましょう。するとあなたは、事前に思ってもみなかった情報に触れ、あなたの考え方が変わるかもしれません。もしくは、反対意見を踏まえた上で、あなたの主張がより客観的に正当だと感じられる根拠を得るかもしれません。いずれにしても、この営みでバイアスによる負の影響を減らすことができます。
4-4.多様な価値観に触れ、検索ワードの語彙などを増やす
自分の価値観や信念とは異なる人や書籍などと日常的に接し、多様な考え方が世の中にあることを腹の底から理解しておくと、認知バイアスの罠に陥りにくくなります。特に、日常生活では接することがなかったような言葉、ワードを知ると、それをネットで検索した時に、情報の幅が格段に増します。検索ワードが豊かになると、触れられる情報の偏りが弱まる可能性が出てくるのです。
これらは認知バイアスとうまくつき合うテクニックの一端ですが、ぜひ、明日からの情報集めに活かしてみてください。