退職金を前払いで受け取りたいと考える方も多いのではないでしょうか。退職金は退職後の生活を支える資金になるため、受け取り方を検討しておくことが大切です。
そこでこのコラムでは、前払い退職金制度の詳細とメリット・デメリットや、よく混同される確定拠出年金との違いを詳しく解説します。
最後まで読んでいただければ前払い退職金制度の内容が分かり、ご自身に合った退職金の受け取り方を選べるでしょう。
この記事を読んでわかること
- 前払い退職金制度は、本来退職時に受け取る退職金を在職中から受け取れる制度で、近年導入する企業が増えています。給与や賞与の支給額が増える点や、企業の業績悪化などで将来の退職金が減額するリスクを回避できる点がメリットです。
- 一方で、従業員自身で資産管理の工夫を求められることや、税制優遇を受けられず所得税や住民税がかかるといったデメリットもあります。税制面では、確定拠出年金制度を利用して資産形成する方が有利でしょう。
- ただし、確定拠出年金は原則60歳まで引き出せない側面もあるため、ライフスタイルや将来設計などを考慮し、ご自身に合った退職金の受け取り方を選ぶ必要があります。
前払い退職金制度とは
前払い退職金制度とは、企業が従業員に対して在職期間中に前払いで退職金を支払う制度です。
本来退職金は退職時もしくは退職後に受け取るものですが、前払い退職金制度を導入している企業の場合、毎月の給与や賞与に上乗せした金額が受け取れます。
そもそも退職金を受け取る方法は3つ
退職金を受け取る方法は、大きく分けて以下の3つがあります。
- 退職時に一括でもらう
- 退職後に年金として分割でもらう
- 在職中に前払いでもらう
前払い退職金制度を理解するためにも、それぞれの違いを確認しておきましょう。
退職時に一括でもらう
退職時に一括で退職金を受け取る方法を、退職一時金制度と呼びます。企業により異なりますが、およそ退職して1〜2カ月後に支給されるのが一般的です。
まとまった金額を受け取れるため、住宅ローンの繰上げ返済や退職後の生活資金、娯楽費など多様な用途に使えます。
また、退職一時金には退職所得控除が適用され、控除額分が非課税となる点がメリットです。控除額は勤続年数により変動し、長く勤めるほど税制上のメリットが大きくなります。退職金にかかる税金の詳細については後述します。
日本経済団体連合会・東京経営者協会「2021年月度退職金・年金に関する実態調査」によると、約8割の企業が退職一時金の形で支給しているため、多くの方が思い浮かべる退職金のイメージでしょう。
参照元:日本経済団体連合会・東京経営者協会|2021年月度退職金・年金に関する実態調査
退職後に年金として分割でもらう
退職後、一定の年齢(一般的に65歳)に達した段階から退職金を分割して受け取る方法で、退職年金制度もしくは企業年金制度と呼びます。
高齢期において公的年金とは別に安定した収入を得られるうえ、退職年金には公的年金等控除が適用されます。
受給時の就労状況などにもよりますが、65歳以上の場合は公的年金と退職年金などを合わせて110万円までには所得税や住民税がかかりません。退職金受け取り時の税金について詳細は後述しましょう。
なお、日本経済団体連合会・東京経営者協会「2021年月度退職金・年金に関する実態調査」では、退職年金制度のみを採用する企業は約1割と少なく、主に退職一時金制度と併用されています。
在職中に前払いでもらう
在職中に前払いで退職金を受け取る方法で、冒頭で紹介した前払い退職金制度のことを指します。将来受け取るはずの退職金が先払いされるイメージを持つと分かりやすいでしょう。
退職してから退職金を受け取る退職一時金、退職年金とは異なり、前払い退職金制度だけは在職中から受け取れる点が特徴です。
なお、企業によっては前払い退職金として受け取るか、後述する確定拠出年金の掛け金として運用するかを選択できる場合があります。
前払い退職金制度を導入する企業が増えつつある
厚生労働省の「労働組合活動等に関する実態調査」によると、新たに前払い退職金制度を導入した企業の割合は2013年で9.5%、2018年で10.9%、2021年で11.6%と増加傾向です。
企業が前払い退職金制度を取り入れる背景には、従来の終身雇用や年功序列を前提とした企業のあり方が変わりつつあることが挙げられます。転職や副業など多様な働き方が生まれ、定年まで同じ企業に勤めることが当たり前ではなくなりました。
そのため、従来の退職金制度が実態に合わなくなり、前払い退職金制度へと移行する企業が増えています。
参照元:厚生労働省|労働組合活動等に関する実態調査|2013年|第6表、厚生労働省|労働組合活動等に関する実態調査|2018年|第17表、厚生労働省|労働組合活動等に関する実態調査|2021年|第18表
前払い退職金制度のメリット
前払い退職金制度を採用する企業が増えているのは、企業(退職金を支払う側)と従業員(退職金を受け取る側)の双方にメリットがあるためです。
【企業側のメリット】
- 退職給付引当金に関する準備がいらない
- 好待遇をアピールした求人が出せる
【従業員側のメリット】
- 給与や賞与の手取りが増える
- 将来退職金が減額されるリスクを回避できる
それぞれ詳しく見ていきましょう。
企業側:退職給付引当金に関する準備がいらない
前払い退職金制度を導入すると、企業側には退職給付引当金の準備が不要になるメリットがあります。
退職給付引当金とは、将来の退職金の支払いに備えて企業が積み立てるお金です。従業員に支給する義務のあるお金であるため、経理上は資産ではなく負債として蓄積されます。
多額の負債を抱えた企業は経営上問題があると評価され、融資などの際に不利になる可能性があります。
一方、前払いで退職金を支給すれば、退職給付引当金を積み立てる必要がありません。支給する退職金相当額は負債ではなく経費として処理されます。
また、前払い退職金制度では予想外に退職者が多くなった年度でも急激に支出が増えることがないため、予算計画を立てやすい点もメリットです。
企業側:好待遇をアピールした求人が出せる
前払い退職金制度の企業側のメリットには、求人募集の際に有利になる点も挙げられます。毎月の支給額として退職金を上乗せした金額を提示でき、好待遇をアピールして競合他社に差をつけられるためです。
好待遇の募集には優秀な人材が集まる傾向があり、結果として企業の発展につながる可能性が高くなります。
従業員側:給与や賞与の手取りが増える
従業員にとっては、前払い退職金制度により給与や賞与の支給額が増える点がメリットです。支給されたお金は生活費や娯楽費、将来の備えとして自由に使い道を決められます。
また、退職金相当分のお金を元手に長期的に資産運用に取り組めば、退職時に受け取る場合よりも資産を増やせる可能性があります。
資産運用に慣れていない方は、まず税制優遇のある制度を活用してみましょう。2024年からはさらに税制優遇措置が拡大した新NISA制度がスタートしたため、これから投資を始める方には絶好の機会です。
積立投資をする方は、クレカ積立が可能な証券会社又は投信会社を選ぶことをおすすめします。クレカ積立は、クレジットカード決済により毎月自動で積立投資ができるサービスです。
従業員側:将来退職金が減額されるリスクを回避できる
将来に不安を抱え、退職金を確実に受け取りたい方には前払い退職金制度は魅力的です。退職まで待つことなく、給与や賞与と同じように退職金を受け取れます。
退職金は企業の経営状況や社会情勢に大きく影響を受けるため、退職するまでに減額されたり、退職金制度そのものが廃止されたりするリスクがあります。
前払いとして受け取る場合も、在職期間中に退職金制度が見直される可能性はありますが、すでに支給された分には影響しません。他の受け取り方法に比べて退職金の変動リスクを回避できるでしょう。
前払い退職金制度のデメリット
前払い退職金制度にはメリットがある一方で、以下のデメリットもあります。
【企業側のデメリット】
- 社会保険の会社負担額が増す
- 退職金の返還や不支給を要求できない
【従業員側のデメリット】
- 税金の負担は退職金よりかかる
- 退職金という認識が薄れる
本章で詳しく解説します。
企業側:社会保険の会社負担額が増す
前払い退職金制度は、企業側にとって社会保険料の負担が大きくなる点がデメリットです。社会保険とは、以下5つの保険の総称です。
- 健康保険
- 厚生年金保険
- 介護保険
- 労災保険
- 雇用保険
社会保険料は企業と従業員で半分ずつ負担(労使折半)します。
社会保険料を算出する基準となるのは、従業員へ支払う賃金です。給与や賞与の金額が増えると社会保険料も増額するため、退職金が上乗せされる前払い制度では企業側の負担が大きくなります。
企業側:退職金の返還や不支給を要求できない
前払い退職金制度に関する企業側のもうひとつのデメリットには、退職金の支払い拒否や、一度支払った退職金の返還を求められないことが挙げられます。
退職してから退職金を支払う場合は、在職中に不祥事を起こしたり、懲戒解雇になったりした従業員に対し、退職金の減額や不支給のペナルティ措置が可能です。
しかし、前払い退職金制度では給与や賞与の一部として退職金を支給しています。支給された退職金は労働に対する対価とみなされ、原則返還の義務がありません。
ペナルティを課せられず、不祥事の抑止力として機能しにくいでしょう。
また、前払い退職金制度では勤続年数などに関係なく退職金を受け取れるため、従業員の転職への心理的ハードルが低くなる点もデメリットです。
従業員側:税金の負担は退職金よりかかる
従業員側のデメリットは、退職金を前払いで受け取ると税金の負担が大きくなる点です。
退職一時金や退職年金として受け取る場合にも税金はかかりますが、優遇措置が用意されています。
退職一時金の場合は退職所得控除、退職年金の場合は公的年金等控除を受けられ、退職金の総額のうち控除額分には税金がかかりません。
【退職所得控除額の計算方法】
勤続年数 | 退職所得控除額 |
勤続20年以下 | 40万円×勤続年数 ※80万円未満の場合は80万円とする |
勤続20年を超える | 800万円+70万円×(勤続年数-20年) |
しかし、前払いで退職金を受け取ると給与扱いになるため税制優遇を受けられず、退職金相当額の全額に所得税と住民税が課されます。また、企業側と同様に社会保険料も高くなる点に注意が必要です。
退職金の計算方法は企業により異なりますが、同じ金額を支給される場合は前払いで退職金を受け取った方が手元に残る金額は少ないでしょう。
参照元:国税庁|No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)
従業員側:退職金という認識が薄れる
前払い退職金制度では、退職金を受け取っている実感がない点もデメリットです。給与や賞与と合算して入金されるため、生活費や娯楽費など目先の支出に使いやすくなります。
本来は退職後の生活などに備えておくべき資金のため、先取りで別口座に分けるなど資産管理方法を工夫する必要があるでしょう。
また、先払いで受け取っているため退職時にまとまった金額を受け取れず、長く企業に勤めた方は心理的に物足りなく感じる場合があります。
確定拠出年金とは何が違うのか?
ここまで前払い退職金制度について解説しましたが、確定拠出年金との関係を疑問に思う方も多いでしょう。
企業によっては前払い退職金と確定拠出年金のどちらを利用するか、選択が必要になる場面があります。本章では、前払い退職金制度と確定拠出年金の違いを詳しく解説します。
確定拠出年金についておさらい
前払い退職金制度と比較する前に、確定拠出年金の概要を確認しておきましょう。
確定拠出年金とは、企業もしくは個人が掛け金を支払い、株式や投資信託、保険などの金融商品を運用して退職年金を準備する制度です。
公的年金の上乗せとなる私的年金制度のひとつで、掛け金と運用益の両方が非課税となる税制優遇を受けられます。
確定拠出年金には、企業型DCとiDeCoの2種類があります。
種類 | 企業型確定拠出年金 (企業型DC) | 個人型確定拠出年金 (個人型DC・iDeCo) |
実施団体 | 導入先の企業 | 国民年金基金連合会 |
掛金拠出者 | 勤務先(加入者本人) | 加入者本人 |
運用可能な商品 | 勤務先が選定した商品 | 金融機関で取り扱っている商品 |
運用益の課税 | 非課税 | 非課税 |
それぞれの違いを見ていきましょう。
企業型DC
企業型DC(企業型確定拠出年金:Defined Contribution Plan)は、企業が掛け金を負担する確定拠出年金です。
従業員は金融商品を選んで掛け金を投資し、その運用結果に応じて将来受け取る退職年金の金額が決まります。なお、運用商品は企業が指定した複数の商品から選択可能です。
企業型DCのなかでも、掛け金の拠出方法により選択制とマッチング拠出の2種類に分けられます。
選択制 | 企業から一定額が支給され、確定拠出年金の掛け金とするか、そのまま前払い退職金として受け取るかを従業員が選択して配分する。 掛け金にする分は給与額から差し引かれる。 |
マッチング拠出 | 企業が負担する掛け金に加え、従業員が自己負担で掛け金を上乗せする。 従業員負担分の掛け金は給与から天引きされる。 |
上限額は定められていますが、どちらの場合も毎月拠出する掛け金は従業員が自由に選択できます。
iDeCo
iDeCo(個人型確定拠出年金)は、個人で掛け金を負担する確定拠出年金です。企業型DC同様に金融商品を選択して運用し、一定の年齢(原則60歳)以降に運用益とともに受け取ります。
企業型DCが企業の福利厚生としての制度であるのに対し、iDeCoは個人で資産形成するための制度です。企業に属さない自営業者や学生、また配偶者に扶養されている方でも利用できます。
【iDeCoの加入条件】
- 国民年金第1号被保険者:自営業者、フリーランス、学生など
- 国民年金第2号被保険者:会社員、公務員など
- 国民年金第3号被保険者:厚生年金被保険者(会社員、公務員)などに扶養される配偶者
※原則20歳以上60歳未満に限る(一部60歳以上65歳未満の方も加入可能)
なお、iDeCoは企業型DCとの併用も可能です。
前払い退職金制度と比較してみよう
前払い退職金制度と確定拠出年金の違いは、以下のとおりです。
前払い退職金 | 確定拠出年金 | |
受け取り時期 | 在職期間中 | 原則60歳以上 |
受け取り金額 | 企業の規定により決められた金額が支給される | 運用結果により変動する |
運用方法 | 完全に自由 (例:不動産投資、仮想通貨投資、生活費として消費など) | 運用機関の取り扱い金融商品のなかから選択して運用 |
税金 | 課税 | 掛け金・運用益ともに非課税 |
前払い退職金と確定拠出年金の大きな違いは、受け取り時期と受け取り金額です。確定拠出年金は原則60歳以上まで引き出せませんが、前払い退職金は給与や賞与のようにすぐに使える状態で支給されます。
また、確定拠出年金は運用結果次第で将来の受け取り金額が変わります。利益が出れば退職金が増える可能性もありますが、損失の可能性があることも知っておきましょう。
一方、前払い退職金は決められた金額を受け取れますが、所得税と住民税が課せられます。また、独自に資産運用する場合は、運用益にも課税されます。税制面では確定拠出年金の方がメリットは大きいでしょう。
前払い退職金か確定拠出年金はどちらを選択すべき?
選択制DCを採用している企業などでは、企業から支給される一定額を前払い退職金として受け取るか、確定拠出年金の掛け金として運用するかを選択できる場合があります。
一般的には、確定拠出年金として運用する方が有利な場合が多いです。掛け金と運用益の両方に税制優遇が適用され、効率的に将来の資産として積み立てられます。
ただし、確定拠出年金は原則60歳まで引き出せません。運用リスクもあり、実際に受け取る際に損失が出て目減りする可能性もあります。
在職中から自由に使えるお金がほしい方や、不動産投資などを含めたより広い選択肢のなかで資産運用をしたい方は、前払い退職金を検討する価値があるでしょう。
現在のライフスタイルや将来設計など多角的に検討し、ご自身に合った受け取り方を選ぶことが大切です。
おわりに
前払い退職金制度は、本来退職時に受け取る退職金を在職中から受け取れる制度です。給与や賞与の支給額が増え、生活費に充当したり独自で資産運用したりと多様な使い方ができます。
しかし、税制優遇を受けられず、所得税や住民税がかかるデメリットもあります。税制面では確定拠出年金制度を利用して資産形成する方が有利です。
ただし、確定拠出年金は原則60歳まで引き出せない側面もあるため、ライフスタイルや将来設計などを考慮し、ご自身に合った退職金の受け取り方を選びましょう。