世帯年収600万円の30代夫婦。「夫の給与だけでは将来が不安」と、パートをしながら家計を支えていた妻は毎月3万円の積み立て投資を開始しました。10年後、含み益はいくらになったのでしょうか。ファイナンシャルプランナー(FP)の山中伸枝氏が事例をもとに、来年スタートする新NISAに向けた投資のポイントについて解説します。
夫に内緒の「投資信託」が、10年後まさかの金額に
坂田知子さん(仮名・45歳女性)には、「続けて本当に良かった」と思っていることがあります。それは、10年前に夫に内緒でこっそり始めた投資です。月々3万円積み立てていた投資信託は、10年間で約420万円まで増えました。含み益は約60万円です。
この3万円は、夫から毎月「お小遣い」として渡されているお金から捻出したものです。とはいえ、さすがにお小遣いだけだと足りないときもあったので、家計に入れるパートの収入からも融通しながら、10年間コツコツ続けてきました。
きっかけはFPによるセミナー
知子さんが投資信託を始めたきっかけは、10年前に受けたセミナーでした。テーマは「NISAと資産運用」。パート先の友人加藤さんに誘われ、何の気なしに参加したものでしたが、講師を務めていたファイナンシャルプランナーの話がわかりやすく、知子さんは興味が湧いてきました。また、加藤さんからも「一緒にやってみようよ」と声をかけてもらったことから、最初は恐る恐るでしたが始めることにしました。
このタイミングで、知子さんは初めて証券会社の口座を開設。手続きの際には知らない言葉も多く苦労しましたが、友人と励まし合いながらなんとかNISAをスタートさせました。
セミナーに通い、本を読み…努力のかいあり“投資通”になった知子さん
「投資で重要なことは長期・積立・分散投資、そして低コスト」という講師の言葉に忠実に、途中でマーケットの上下もありましたが、意識して気にしないように心がけ、毎月同じ金額をコツコツ積み立てました。
銘柄については、「地球にまるごと投資ができる」という点に魅力を感じ、世界の株式に投資できるインデックスファンドを選びました。
ここからの知子さんの行動は立派でした。投資に関するセミナーがあれば積極的に足を運び、書籍も数冊読破。積み立てを行っている投資信託のマンスリーレポートにも目を通しました。今ではなかなかの“投資通”です。
しかし、“夫に内緒で”投資を始めた知子さん。ここに来て、ちょっとしたトラブルがありました。
“給与もボーナスもオープンに”…定期的に家族会議が行われていた坂田家
それは、1ヵ月ほど前に行われた家族会議でのことです。
「大切なことは、家族みんなで話し合って決めよう」というのが、3歳年上の夫・隆さんの口癖。真面目な隆さんは、「子どもにも家計をオープンにして、責任ある大人に成長して欲しい」というのを子育ての方針としていました。
会議のたびに、隆さんは自身の給与やボーナスの額を開示し、貯蓄計画と収支報告を行います。一方の知子さんも、「夫の決めた予算内でやりくりができた」とか、「朝食のパンの値段が最近上がっているので、少し予算を上げて欲しい」などといった報告や要望を話しました。
家族旅行の行き先から、長女が部活で使うクラリネットの種類、夏休みにホームステイに行った場合のメリット・デメリットの比較検討にいたるまで、折に触れ3人で会議が行われてきました。
そのかいあってか、高校2年生になったのぞみさんもすでに堅実で、自分の意思をしっかりもった子に育っています。
このように、真剣とはいえいつも明るい雰囲気で行われていた家族会議。しかし、この日の会議はそれまでとは異なり、ひどく重苦しい空気が漂っていました。
その日の議題は、のぞみさんの大学受験を来年に控えていたことから、「娘の進路について」。
国公立大学を狙っていたのぞみさんでしたが、勉強を続けるなかで考えが変わり、「やっぱり私立に行きたい」と言い出したのです。
その大学であっても通学は自宅からできそうですが、やはり私立となると授業料がかさみます。また、私立のなかでもハイレベルな大学を目指すのぞみさんのためには、塾の費用もこれまで以上にかかる見込みとなりました。
愛娘の希望は叶えてあげたい。しかし、予想以上にかかる教育費……。隆さんは、「ちょっとお父さんに考えさせてくれ」と結論を保留に。
知子さんは、「今こそ家族のために、あのお金を使う時だ」と思ったそうですが、「なんでもオープンに」という隆さんの考えに反し内緒で投資をしていた後ろめたさから、その日はとうとう切り出すことができませんでした。
“実は、10年前から投資をしているの”勇気を出した妻だったが…
翌日、知子さんは勇気を出しました。
ちょうど娘が塾で不在だったことから、会社から帰った隆さんは開口一番、知子さんに言いました。「のぞみには、奨学金を借りてもらうしかないと思っているんだけど」。知子さんは意を決してこう返します。「私、400万円くらいはなんとかできるから、私のお金を使って」。
いつも穏やかな隆さんの表情が変わりました。「どういうことだ?」。普段と違う夫に冷静さを失った知子さんでしたが、これまでのいきさつをしどろもどろになりつつも一生懸命伝えました。しかし……。
「家計のためにと働いたお金を渡しているのに、投資なんて訳のわからないものにあてていたなんて、どういう了見だ!それも、僕に一切相談なしとは!そんなお金をのぞみのために使えるか!!!」
隆さんはそれきり、口をきいてくれなくなってしまいました。
翌朝も険悪な雰囲気のまま、知子さんは隆さんを会社に送り出します。のぞみさんは、珍しく喧嘩をしているらしい両親に不安を抱えながら、気まずそうに登校していきました。
知子さんは、今でも仲良くしている加藤さんに連絡をとり、愚痴を聞いてもらうことにしました。
カフェで久しぶりに会った加藤さんは、知子さんから一連の話を聞き、笑い出しました。「へそくりなんだから、言わなくてもよかったのに!」。「知子ちゃんは、本当にまじめね。それにせっかく儲けが出ているんだから、いま売るなんてもったいない。私だったらもうちょっと上がるのを待って、家族に内緒で豪華な旅行にでも行っちゃうかもしれないな」。
加藤さんは、隆さんとの喧嘩のことはあまり真剣に取り合ってくれませんでした。
なんとなくモヤモヤしながらお茶を濁した知子さんは、帰り道夕飯の買い物をしながら考え直しました。
「たしかに、私のお小遣いなんだから、どう使おうと勝手よね……。だけど、私はそもそも家族が喜ぶためのお金を作れたらいいなと思って投資を始めたんだわ。
隆さんになにも相談せずに始めたのは、彼にしてみれば面白くないかも知れないけど、この10年私もたくさん勉強して利益を出した。ここはもう1度私の気持ちをしっかり話して、やっぱりあのお金はのぞみの学費に使おう」。
夫の考えを変えた「同僚の助言」
その日は、娘の塾と夫の残業があり、夕飯がいつもより少し遅くなることに。せっかくなので、2人の帰りを待ってちゃんと話をしようと知子さんは心に決めました。
すると、のぞみさんが帰宅後数分経って、隆さんが帰ってきました。手には、ケーキの箱を下げています。
「昨日はちゃんと話も聞かず、勝手に不機嫌になって悪かった」
知子さんにケーキを手渡しながら、隆さんは言いました。
そして、娘さんに向かって、「昨日の保留の件だけど、お母さんがこれまで頑張ってパートで働いたお金を、のぞみの大学のためにって貯めてくれていたそうなんだ。だからお金のことは心配せず、のぞみの行きたいところに行きなさい」と言ったのです。
知子さんは、隆さんにどんな心変わりがあったのか不思議に思いました。しかし、実は隆さん、お昼休みに同僚に聞いてみたそうです。
「投資って普通の人が手を出して大丈夫なものなのか?」
すると、投資に明るい同僚は隆さんに説明してくれました。
投資は長期に構えて経済成長の恩恵を受ける、まっとうな行為であること。知子さんが行っている、どんな値動きであっても一定の金額を毎月積み立てる「ドルコスト平均法」と「分散投資」は、リスクを抑えた堅実なやり方だということ。さらにNISAでの運用は、そこで得た利益に対して通常かかる20.315%の税金がかからないので、とても賢い資産形成の方法だということ……。
「昨日は、まさか知子が投資とかNISAとか言い出すとは思わず本当にびっくりしたよ。でも考えてみたら、勉強不足は僕のほうだった。知子は先見の明があったってことだね。家族のことを思い頑張ってくれて、ありがとう」。
のぞみさんも、「お母さん、知らない間にそんなことしてくれていたの?すごいね。ちょっと尊敬しちゃうかも」と笑顔で言いました。
知子さんは、「10年前に思い切ってNISAを始めてよかった。家族のためにお金を使えてよかった」と心から思いました。そして、これからは隆さんも一緒に、老後資金のために積立投資を始めることにしたそうです。
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