遺産放棄と相続放棄、言葉は似ていますが、ケースによってメリットやデメリットが異なります。遺産相続の際に起こる相続人同士でのトラブルは非常に多いため、適切な選択が必要です。この記事では、遺産相続と相続放棄のメリット・デメリットを踏まえて、選択をする際の注意点や手順等について説明します。
(本記事は2024年5月21日時点の情報です)
- 遺産放棄は法的な制度ではなく、相続人同士の協議により自分の相続分を放棄すること
- 相続放棄は家庭裁判所への申請が必要であり、申し立てが認められれば、初めから相続人ではなかった扱いになる
- 遺産放棄と相続放棄をケースによって慎重に選択する必要がある
- 遺産放棄,相続放棄を行うにあたっての手順と必要書類
遺産放棄と相続放棄の違いを知ろう
ここでは、遺産放棄と相続放棄の違いについて解説します。
遺産放棄とは
遺産放棄とは、相続人同士の協議により、自分の相続分を放棄すること(財産放棄)を意味します。遺産放棄は法的な制度ではなく、あくまでも相続人同士での取り決めになるため、家庭裁判所での手続きは不要です。
また、法的な手続きを踏んでいないため、遺産放棄をしても相続人としての権利を放棄したことにはなっていません。したがって、遺産分割協議が終わる前であれば、遺産放棄をした後に「やっぱり遺産を受け取りたい。」と希望することも可能です。
メリット
- 手続きの手間がない
- 遺産分割協議書を締結するまでは撤回が可能
- 特定の遺産のみを選択的に放棄することが可能
- 後順位の相続人に相続権が移動することがない
デメリット
- 可分債務(金銭債権など相続人の間で分けられる債権)を相続することがある
- 遺産分割協議への参加が必要
- 相続人としての責任や責務が継続する
相続放棄とは
相続放棄とは、相続人としての権利全体を完全に放棄することを意味します。相続放棄は法的な制度であり、家庭裁判所に書類などを提出して、申し立てが認められれば成立となります。
遺産放棄とは異なり、相続放棄が成立すると「初めから相続人ではなかった」という扱いになります。したがって、相続放棄をした後に「やっぱり遺産を受け取りたい。」と希望することは不可能であり、可分債務も相続しません。
メリット
- 可分債務を相続する必要がない
- 相続トラブルに巻き込まれることがない
- 相続に関する義務が完全になくなる
- 遺産分割協議への参加が不要
デメリット
- 家庭裁判所への申述が必要
- 一度相続放棄をすると撤回することができない
- 被相続人のすべての財産を受け取ることができなくなる
- 相続開始を知ってから3ヵ月以内に手続きをする必要がある
遺産放棄と相続放棄の違い【一覧】
遺産放棄 | 相続放棄 | |
---|---|---|
相続の権利 | ○ | ✕ |
家庭裁判所への申し立て | 不要 | 必要 |
期限 | なし | 相続を知ってから3ヵ月以内 |
債務 | ○ | ✕ |
遺産分割協議への参加 | ○ | ✕ |
後順位の相続人への影響 | ✕ | ○ |
【遺産放棄or相続放棄】どんなケースに向いている?
ここまでは、遺産放棄と相続放棄の違いについて解説してきました。次に、遺産放棄が向いているケース、相続放棄が向いているケースについてそれぞれ説明していきます。
遺産放棄が向いているケース
遺産放棄が向いているケースとして、以下が挙げられます。
- 一部の遺産だけ受け取りたい場合
- 面倒な手続きを避けたい場合
- 相続権を移動させたくない場合
- 可分債務がない場合
- 相続放棄によって相続トラブルが発生する可能性がある場合
遺産放棄を選ぶ際の注意点
遺産放棄を検討する場合、他の相続人との十分な協議が必要です。遺産放棄による相続分の放棄について、相続人全員の了解を得ることが重要です。また、可分債務を相続した場合には、その支払い義務が生じます。
さらに、遺産分割協議において、債務を相続することになっていた方が、相続後に返済に行き詰まった場合、債権者は他の相続人に返済を求めることになります。遺産分割協議で債務を引き継いでいなくても、後から返済義務が生じるリスクがあります。
相続放棄が向いているケース
相続放棄が向いているケースとしては、以下があります。
- 分割される可分債務がある場合
- 面倒な遺産を押しつけられそうな場合
- プラスの財産とマイナスの財産の詳細が分からない場合
- 相続トラブルに巻き込まれたくない場合
相続放棄を選ぶ際の注意点
一度相続放棄を選択すると、その相続権を取り戻すことはできなくなります。そのため、今後の生活や将来の事情を見据えて、慎重に選択する必要があります。また、相続を知って3ヵ月以内に遺産の一部を処分したり消費したりすると相続したとみなされ、相続を放棄できなくなってしまいます。(※法定単純承認)
※法定単純承認とは
亡くなった方が残した財産や権利、義務をそのまますべて受け継ぐことです。財産のプラス・マイナスの隔てなくすべてを受け継ぐため、相続財産にマイナスが多かった際には、相続人本人の財産によって不足分を弁済する必要があります。
相続を知ってから3ヵ月以内に相続財産の全部または一部を処分するなどした場合、法的単純承認とみなされ、その相続人が相続放棄を行わないであろうと推測することになります。このような理由から、処分行為を行った後に、相続放棄を許可することはできません。
遺産放棄・相続放棄を行う手順と必要書類
ここでは、遺産放棄・相続放棄を行う手順と必要書類について解説していきます。
遺産放棄するまでのステップ
遺産放棄するまでのステップは次のとおりです。
- 相続人・相続財産を調べる
- 遺産分割協議を実施する
- 遺産分割協議書に遺産放棄の旨を記載する
- 遺産分割協議書を締結する
遺産放棄に必要な書類
家庭裁判所への申請は不要ですが、証明力のある遺産分割協議書にするためには、戸籍謄本や印鑑登録証明書の添付が必要です。
相続放棄するまでのステップ
- 相続人・相続財産を調べる
- 他の相続人に相続放棄したい旨を伝える
- 家庭裁判所に申述する
- 家庭裁判所から送られてくる「照会書」を確認し、回答書を返送する
- 家庭裁判所にて相続放棄の審理が行われる
- 相続放棄が決定すると「相続放棄申述受理通知書」が届く
相続放棄に必要な書類
【共通する必要書類】
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続を放棄する方の戸籍謄本
- 被相続人の死亡の記載がある戸籍謄本
- 収入印紙(800円)
- 切手(裁判所によって異なるため、管轄裁判所に確認する必要がある)
相続放棄をする相続人が配偶者または子である場合には、上記の共通する必要書類のみで十分です。
それ以外の方の場合には、上記の共通する必要書類に加えて、別途書類が必要になるので家庭裁判所などで確認しましょう。
相続放棄すると誰に相続権が移るのか
相続放棄して代襲相続が発生しなかった場合、次の順位の法定相続人に相続権が移動します。
例えば、父が亡くなり借金が多額であったため、妻と第一順位である子供が相続放棄したとします。すると相続権は第二順位である祖父母になります。祖父母も相続放棄すると第三順位である兄弟姉妹に相続権が移ります。また兄弟姉妹が亡くなっていた場合には、その子である甥姪に相続権が移ります。相続放棄をした場合、誰に相続権が移るのかをしっかり把握しておきましょう。
ご自分が相続放棄をすると、次順位の相続人に相続権が移動します。相続放棄の期限は「相続の開始を知ってから3カ月以内」です。相続放棄をしたら次順位の方に早めにお知らせすることが大切です。
遺産放棄・相続放棄で抱きがちな疑問を解決
遺産放棄・相続放棄をするにあたっての疑問点について説明していきます。
【遺産放棄】遺産分割協議後に新たな遺産が判明したら?
遺産分割協議後に新たな遺産が判明した場合には、その都度遺産分割協議を行う必要があります。しかしながら、毎回遺産分割協議を行うのは大変です。そのため、最初の協議の段階で「新たな遺産が判明した場合に誰が相続するか」まで決めておくのがベターです。
【相続放棄】被相続人が生存している時点で相続放棄できる?
被相続人が生きている間に「遺産は受け取らない」と伝えていたとしても、その発言に効力はありません。したがって、被相続人が生存している時点で相続放棄をすることはできません。
【相続放棄】相続放棄すると本当に何も受け取れない?
相続放棄をすると受け取れないものと、受け取れるものがあります。受け取れるかどうかは「固有財産」か「相続財産」かによります。亡くなった本人が受取人となっている入院保険・傷病保険の保険金や過払い金・年金・保険料の還付金を受け取ることができません。しかし、死亡保険金や国民健康保険、健康保険組合等からの葬祭費・埋葬料、遺族年金、死亡一時金、未支給年金は受け取ることができます。
※未支給年金の受け取りについて
年金を受けていた方が亡くなった当時、その方と「生計を同じくしていた」
- 配偶者
- 子
- 父母
- 孫
- 祖父母
- 兄弟姉妹
- その他
(1)~(6)以外の3親等内の親族の順位で受け取ることができます。
※高額医療費の還付金について
亡くなった方が世帯主だった場合は相続放棄をすると受け取ることができません。亡くなった方が世帯主ではない場合は受け取ることができます。
※死亡退職金について
「本人が亡くなった場合は遺族が受け取る」旨の社内規程があれば、相続放棄をしても受け取ることができます。
「相続財産」を使ってしまうと相続することを認めたことになり「法定単純承認」とみなされ相続放棄が無効になる可能性もあるので注意しましょう。
遺産放棄・相続放棄を考えるならセゾンの相続にご相談を
相続問題は複雑で、時には法的な手続きが必要となる場合があります。不慣れな相続に不安を感じるのは当然です。その際には専門家に相談することが大切です。弁護士や税理士、相続アドバイザーなどの専門家は、法的な知識と経験を持ち、個別のケースに応じたアドバイスを提供します。相続におけるトラブルを未然に防ぎ、不利益を被らないよう、スムーズな手続きをサポートしてくれるでしょう。
また、専門家は税金の最適化や財産の有効な管理方法など、総合的なアプローチでサポートしてくれます。不安を感じたら、まずは相続専門家に相談してください。専門家による助言は、大切な相続の問題を適切に解決してくれるでしょう。
おわりに
この記事では、遺産放棄と相続放棄の違いについて比較し、メリット・デメリットを挙げながら適切な選択をするためのポイントを解説しました。不利な相続にならないよう、自身の置かれている状況を把握し、慎重に選択をしていきましょう。不慣れな相続に悩みや不安を抱えている方は、ぜひ専門家に相談してみてはいかがでしょうか。