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「宇宙に行きたい!」矢野顕子さんの夢―年齢を理由にやりたいことを狭めない

「宇宙に行きたい!」矢野顕子さんの夢―年齢を理由にやりたいことを狭めない
セゾンのくらし大研究 編集部

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宇宙に行くのが夢で、宇宙に関する楽曲を次々と発表しているシンガーソングライターの矢野顕子さん。XではNASAなどによる宇宙情報をポストし、「宇宙飛行士になるためには泳げることが必須」と知るや水泳を習い始めるなど、夢を引き寄せようとするその行動力には見習うところが多いです。

今回は、そんな矢野さんに「夢を持ち続けられる理由」をインタビュー。挑戦することの素晴らしさを、肩肘張らずナチュラルに教えてくれました。

《インタビュー》

矢野顕子さんの画像

矢野顕子さん

1955年、東京都生まれ。青山学院高等部在学中よりジャズクラブ等で演奏、1972年ごろよりティンパン・アレイ系のセッションメンバーとして活動を始め、ニューミュージック黎明期の欠かせない顔となる。ソロデビュー以来、YMOとの共演など活動は多岐にわたる。 無類の宇宙好きを公言。2020年に宇宙飛行士・野口聡一氏との対談による書籍『宇宙に行くことは地球を知ること』(光文社新書)を発売。その制作時の会話がきっかけとなり、野口氏が国際宇宙ステーションでの長期滞在中に書いた詞に曲をつけた、全14曲のピアノ弾き語りアルバム『君に会いたいんだ、とても』を両氏名義で2023年にリリースした。

私たちの「普通」は宇宙の統制がとれているから存在する

宇宙に憧れを抱いたきっかけを教えてください。

生まれつき目が悪いので、星をちゃんと見たことがなくて。だから「直接、星を見てみたい」と思うことはそれまでなかったんですね。でも、あるとき白内障の手術を受けたら、視界の明度がすごく上がったんです。

以前、ニューヨークの郊外に古い納屋を改造した自分のスタジオを持っていて、それはかなり高度が高い山の中にあったんです。そこでピアノの練習をして、合間に外に出てふっと空を見上げたら…もう、見たことがないような満点の星空!「他の人はこんなものを見ていたのか」と、本当にド肝を抜かれました(笑)。それから星空を見るようになり、宇宙に興味が湧いてきたんです。

矢野さんが考える宇宙の魅力とは、具体的にどんなところでしょうか?

まず、わからないことが多すぎるというのがいいですよね。人間はただ宇宙に行かせてもらっているだけ、宇宙のことを調べさせてもらっているだけ。つまり、宇宙のほうが圧倒的に情報量が多くて、絶対に勝てない相手なわけです。

だから今、ある実業家が「宇宙をも支配してやる」ととれるような発言をしているけども、うしろから頭をはたきたくなりますね(笑)。人間はそのくらい、宇宙に関しては謙虚にならざるを得ないんです。

宇宙に対する感謝の気持ちもあるのでしょうか?

「謙虚にならざるを得ない」という思いは、そこからなんでしょうね。宇宙という無重力空間に地球が“ポコン”と浮かんでいて、真ん中に太陽があって…。この状況や法則が少しでもずれていたら、私たちはこうやってお話できていないわけです。息をして、ごはんを食べて、私たちが「普通」と言っている今の生活は、実は宇宙の統制がちゃんと取れているから存在している。そのなかに私たちは居させてもらっているんだな…ということからの、感謝です。

月や火星に行くという偉業に興味はない

宇宙に興味を持つ人は多いですが、「宇宙に行きたい」と真剣に考える人はなかなかいない気がします。矢野さんが「宇宙に行く」という行為に憧れを抱くようになった理由を教えてください。

たとえば、電車ですごく素敵な人を見かけたら「なんて名前なんだろう」「どこに住んでいるんだろう」と思うじゃないですか? そういうことがわかってきたら、今度は「次はどうやったら会えるだろうか」「どうやったら付き合えるだろう」…って、好意を持つとそこに近づきたいと思うのは当たり前ですよね。

ナチュラルな感情として「宇宙に行きたい」という憧れにつながったわけですね。

なかでも、私が1番最初に興味が湧いたのは国際宇宙ステーション(ISS ※)の存在です。ただし、国際宇宙ステーションからだと近すぎて、地球の丸い全体像は見られません。でも、地球の縁が水平線で弧を描いていて、「地球って丸いんだな」ということは窓からわかるみたいなので、それを見たいんです。

※国際宇宙ステーション(ISS):地上から約400km上空に建設された有人実験施設。宇宙空間でしかできない研究や実験を行う拠点になっている。

飼い猫のタイタスと、ISSの映像を鑑賞
飼い猫のタイタスと、ISSの映像を鑑賞

先ほど、宇宙に感謝の気持ちがあるとうかがいましたが、地球に対しても感謝の思いがあるのでしょうか?

そうですね。本当に薄いブルーの大気だけで宇宙から近づいてくる有害なものをすべて防いでくれるし、それで私たちは普通に生活できている。その事実を自分の目で見て、どんな感情になるのか味わってみたいですよね。

その憧れをすっ飛ばして「月に行きたい」「火星に行きたい」とまでは、あんまり思ってないんです。火星への興味はあるけど、人間がそこにたどり着いて偉業だと思う、といった興味とは違います。

なんとか宇宙飛行士になるために数々の準備を

そこから、矢野さんは宇宙飛行士を目指すようになったんですよね。

はい、宇宙飛行士になんとかなりたいと。NASAでは随時募集をしていて、そこにある条件を見てみたんです。すると、まず年齢制限はありませんでした。「おっ、行けるじゃないか」と。

次に「修士号もしくは博士号を持っていること」という条件があり、「自分のような中卒はだめか…」とガッカリ。でも、どうすれば中卒でも博士号をとれるか調べてみたら、通信教育で高校卒業資格が取得できるらしい。「これは5年ぐらいかけるとできそうかな?」みたいな。あと、ものすごくがんばれば大学に入らなくても博士号を取得できる道があるということもわかりました。

ただ、洋服を着たまま泳げなくちゃいけないという条件があり、「それはまずい」と。私、まったくのカナヅチだったんです。それで、今すぐできることは何だろう?と考え「よし、泳げるようになろう」と思い立って。そして、プールがあるジムに入会して、コーチに付いた結果、着衣ではないですけど今は普通に泳げるようになりました。

どのくらい泳げるようになりましたか?

途中で10秒くらい休憩を入れながらでしたら、400メートルくらいです。もう、素晴らしいコーチに恵まれまして。最初、彼から「なぜ、泳ぎたいと思ったの?」と聞かれ、「絶対、笑わない?宇宙飛行士になるの」と言ったら、本当に笑わないで「OK」って(笑)。

私があと少しでタッチできる寸前のところで「もう、ダメ」とへたりそうになったときは、「あと2メートルでハッチ(宇宙船の入口)までたどり着くぞ!たどり着かないと死ぬぞ!」と声をかけてくれるんです。私も「本当だ!」と思って、ゴールできました(笑)。

プールの外にあるテラスはハドソン川に面している
プールの外にあるテラスはハドソン川に面している

では、「泳げなければいけない」という条件はクリアされたわけですね!ちなみに、水泳以外で宇宙へ行くために準備していることはありますか?

実際に宇宙飛行士に聞くと、大変な重力がかかるので網膜剥離になるような人はダメらしいんです。だから、破れるかもしれなかった網膜の弱かったところをレーザーで補強しました。「これなら5Gの重力がかかっても大丈夫だよ」と、手術した先生は言ってくれています。あと、歯も昨日治りました。全部、インプラントが完成しまして。

歯も宇宙に行くためには重要な要素なんですか?

そうなんですよ。虫歯治療中の人はダメで、治療が完治していないといけない。だって、宇宙で歯が痛くなったらどうしますか?

でも、宇宙飛行士ってお互いの歯を抜く訓練までするんです。歯痛で「もう、どうしよう」というときは抜くしかないので。だから、宇宙飛行士の野口聡一さんは人の歯が抜けるの!あと、負傷して皮膚が裂けたら縫わなくちゃいけないでしょ?その縫合の訓練まであるんです。

宇宙で起こり得るあらゆる事態を想定し、訓練を受けて行くのが宇宙飛行士なんです。だから宇宙飛行士という職業に就く人を、私は“人生のエリート”だと思っています。そんな宇宙飛行士になるための条件を今からすべてクリアする頃には、自分は100歳ぐらいになってるかもしれない(笑)。

歯磨きセット。普段から歯のケアも怠らない
歯磨きセット。普段から歯のケアも怠らない

宇宙へ実際に行った野口さんは、「宇宙は死の世界だ」という表現をされていました。矢野さんは「宇宙に行くのは怖い」という気持ちにはならないですか?

もちろん、あります。宇宙飛行士が経験する閉鎖環境実験(外界と隔絶された閉鎖空間で、一定の期間に同じ仲間と共同生活する実験)だって、私がクリアできるかどうかもわからないです。「打ち上げのとき、自分の体重の5倍もの重力がかかる状況を耐えられるだろうか?」という不安もあります。でも、それをクリアした人たちがいるという事実ですよね。だから、「自分も訓練すればもしかしたらできるかもしれない」と思うようにしていました。

宇宙飛行士の野口聡一さんと書籍『宇宙に行くことは地球を知ること」で対談を果たし、その後両氏の名義でアルバムもリリースしている
宇宙飛行士の野口聡一さんと書籍『宇宙に行くことは地球を知ること」で対談を果たし、その後両氏の名義でアルバムもリリースしている

誰しも加齢は訪れる。それを理由にやりたいことを狭めたくない

「宇宙飛行士になるには100歳までかかるかしれない」とうかがいましたが、もうちょっと早い段階で目指していれば良かったと思うことはないですか?

はい。もうちょっと、音楽以外のこともやっておけば…なんて思いました(笑)。でも、もう亡くなりましたが、ジョン・グレンという宇宙飛行士は77歳で宇宙に行ったんです。まあ、彼は1962年にも1度宇宙へ行っているのですが(米国人として初めて地球周回軌道を飛行)。

あと、現在はAmazon創業者のジェフ・ベイゾスさんや、ヴァージン航空を持っていたリチャード・ブランソンさんが随分ハードルを下げて宇宙観光のようなビジネスを行っていて、自分でも宇宙に行っています。だから、今はお金さえ出せば宇宙に行くことができる。事実、ある80代の女性は観光という形で宇宙へ行きました。そういう人たちの存在は励みになりますよね。

今は、宇宙飛行士にならなくても宇宙へ行く方法がある。ただ、宇宙飛行士を目指しながら水泳をトレーニングしたり、もしかしたら博士号を目指していたかもしれなかったりしたわけですよね。それらの目標にチャレンジする際、「もう若くないから」と自分でストッパーをかけてしまうことはなかったですか?

まったく、ありませんでした。

年齢でものを考えることはない?

とあるイギリスの女優さんが「Age is just a number(年齢はただの数字にすぎないわよ)」と言ったそうですが、私はそうは思わないんですね。40代までは若さの延長だし、50代も大したことはないです。でも、60代ともなると100メートル泳ぎきるのは大変。たしかに加齢や老齢は訪れるもので、それを免れた人は今のところ1人もいないわけですよね。

だからといって、「60代になったからこれはできない」と思うことはないです。年齢のせいにして、自分のやりたいことを狭めたくはない。やりたいことはやればいいし、結果的に成し遂げられなくても、それはそれでいいんじゃないでしょうか?

いろいろなことにチャレンジした結果、新たにわかったことはありますか?

世のなかには自分が知らないことがたくさんあるということ。そして、知っていくのは楽しいということ。ましてや、それらを体験するうえでマイナスなことなんて1つもないと思います。

自分の到達したい目標をどこに置くかは、人によって違います。「今から自分は絶対にオリンピックの金メダルを目指す」という人がいてもおかしくないですよね?でも、それが叶えられる目標なのかどうかは、その人自身が決めればいいことなので。

「宇宙に行く」という夢を持つ矢野さんの姿に励まされる人は多いと思います。なぜ夢を持ち続けられるのか、その原動力を教えてください。

だって、私にとって好きなことですから。宇宙に関心を持つのも、宇宙に行きたいと思うことも、宇宙が好きだから。

人間、好きなことには時間や体力やお金をいくらでも費やせますよね。だから、それをほかの人がとやかく言うべきじゃないし、挑戦できる状況にあるならばやってみればいいと思います。

取材・執筆=寺西ジャジューカ、編集=桒田萌(ノオト)

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