高齢者の歩行をサポートする、心強い相棒となってくれるのが杖です。高齢者の多くは骨の密度が弱くなり、転倒から骨折という事故につながりやすくなります。特に太ももの長い骨である大腿骨の骨折が増えており、要介護や寝たきりのきっかけになってしまうこともあります。具体的には骨密度が1標準偏差(SD)低値であると、大腿骨の骨折リスクが2.37倍高くなるというデータもあります。
杖は、高齢になり、足腰が悪くなってから使うというイメージがあるでしょう。しかし、転ばぬ先の杖という言葉がある通り、大ケガをしてから、杖を用意しても意味がありません。今回は、杖を持つタイミングや種類・選び方について紹介します。
参照元:骨折リスクの評価とその対策 鳥取大学医学部保健学科 萩野 浩
杖の役割・必要性・使い方について
杖の役割・必要性・使い方についてどのくらい知っていますか?ご周知のとおり身体的な老化については、個人差があります。年齢的にまだ若かったり、周りの同世代の方が健康だったりしても、足腰が弱っている可能性もあります。自身の身体の状態をきちんと把握し、転倒によるケガを防止することが大切です。ここからは、杖の役割や必要性、使い方について紹介します。
シニアが杖を持つ必要性
シニアの中には、「まだ自分には必要ない」「杖には頼りたくない」「杖は年寄りの象徴でカッコ悪い」と考える方もいるでしょう。高齢になると、運動機能が低下していき筋力が衰えると日常生活の中でも転びやすくなってしまいます。杖は第3の足ともいうべき存在で、こうした失われた身体機能を補い、安全な歩行をサポートしてくれる頼りになる存在なのです。「若さを保つため」「いつまでも元気に生活するため」など、杖はその方の身体だけでなく人生を支えてくれます。
杖の役割について
杖の役割のひとつは、歩行を安定させることです。杖を活用することで、体重を支える面積が増え、歩行を助けることができます。
他には、足腰への負担を軽減するという役割もあるでしょう。杖を持った側に重荷が掛かります。マヒや痛みがあるとき、杖に体重を乗せて歩くことで、足腰に掛かる負担を軽減し、歩行が楽になります。また、杖には心に安心感を与えてくれるという効果もあります。転倒を経験したり、筋力が衰えたりすると、歩くことに不安を感じ外出を控えがちになってしまうこともあります。杖があれば精神的不安や恐怖心を軽減でき、歩行への意欲を高めることができます。
杖を安全に使うためのポイント
杖には正しい使い方というのもあります。杖の基本的な歩き方ですが、まず杖を前に出して、次に不自由な足、最後に自由な足という順番で行います。これを3動作歩行といい、このやり方ならば常に杖か自由な足の2点で身体を支えることができます。また、杖は利き手ではなく、自由が利かない足とは逆の手で持つのが基本です。間違った使い方をした場合は、逆に転倒のリスクを高めてしまうこともあります。それぞれの杖の特徴を理解し、正しい歩き方や使い方をすることが安全で快適な歩行のために必要です。
杖を持つタイミングについて
杖を持つタイミングは、転倒の危険性やリスクが高まった時です。例えば、何もない所でつまずいたり、以前と比べて歩くスピードが遅くなったりしている場合は、足の筋力が落ちている可能性があります。年を取ると腰が丸くなっていきますが、猫背などの悪い姿勢は、バランスを取りづらく転倒のリスクが高くなります。他にも、病気や服薬によって、転倒するリスクが高くなる方もいます。さまざまな角度から考えて、自分にとって杖が必要かどうかを考えることが大切です。
歩行を補助してくれる多種多様な杖!杖の種類や特徴について
一言に杖といっても、さまざまなタイプのものがあります。最適な杖を選ぶためには、どのようなものがあるのか、しっかりと特徴を理解することが大切です。ここからは杖の種類や特徴について紹介します。
T字杖
T字杖は杖の中で最も普及しており、文字通りアルファベットのTの形をしています。デザインの種類も豊富で、日常的に使用しやすいのが特徴です。長さが固定されているものの他に、不要な時にバッグにしまうことができる折りたたみタイプや、伸縮性のあるタイプのものもあります。T字杖は歩行をサポートするためのものなので、杖がなくても歩ける状態の人が、外出のときのスムーズな歩行をサポートするために活用するのが良いでしょう。
多脚杖
多脚杖とは、地面と接する杖の先が3〜4点に分かれている杖のことです。支えるポイントが多いため、体重が分散されやすく、安定感があります。ただ、杖の先が分かれているので、坂道や段差のある場所ではバランスを崩しやすいというデメリットもあります。一般の家、病院や施設など、平面な場所を移動する時に適しています。T字杖よりも安定感があるので、筋力低下で足腰が弱くなった方や、姿勢が悪くて転倒リスクが高まっている方、リハビリに活用したい方に向いているでしょう。
ロフストランドクラッチ
通常のグリップ(握る部分)に加え、上部に腕を通す「輪(カフ)」があるのが、ロフストランドクラッチです。グリップだけでなくカフでも体重を支えられるため、安定性が高く、歩行の際のサポート力が高いのが特徴です。カフがついていることにより、握力が弱った方でも使いやすく、握りそこなったり、手が滑ったりしても、カフが支えになってくれます。ロフストランドクラッチは腕の力が弱い方、身体にマヒがある方が使いやすい杖です。
松葉杖
脇あてとグリップがついているのが特徴の杖です。脇あてがついていることにより、体重の多くを上半身で支えることができ、足への負担が少ないです。骨折や捻挫、下半身マヒなど、足を自由に動かせなかったり、ケガをしていたりするときに使われることが多いです。松葉杖は基本的に2本1組で使い、両手を使うことにより、上半身だけで体重の大半を支えることができます。
楽しく安全に歩くために!ご自身に合った杖の選び方
杖はその方の足の代わりになってくれるもので、用途を確認せずに適当に選んでいいものではありません。もし、ご自身に合わない杖を使ってバランスを崩したり、折れてしまったりしたら大事故につながってしまいます。最適な杖を選ぶことができれば、持ち歩いたり散歩したりするのが楽しくなりますし、生活の質向上や、身体機能の維持もしやすくなるはずです。ここからは、ご自身に合った杖の選び方を紹介します。
身体の状態に合わせる
杖はご自身の身体機能や歩行バランス、握力の強さなど、身体の状態を考慮して選ぶことが大切です。例えば、握力が衰えておらず、少しふらつきが気になる程度ならば、T字杖が普段使いしやすいでしょう。ふらつきが大きかったり、姿勢が悪かったりする場合は安定感が高い多脚杖、腕の力や握力が弱くなっているならばロフストランドクラッチ、ケガをして足が動かしづらいなら松葉杖など、それぞれの杖の長所を把握し、身体の状態に合ったものを選んでいきましょう。
適切なサイズの杖を選ぶ
使いやすさで大切になってくるのが、杖の長さです。長さが合っていない場合は、身体への負担が大きくなったり、転倒する危険性が高まったりしてしまいます。杖の理想的な長さは「身長÷2+3cm」といわれています。しかし、人によって足の長さや手の長さは違うので、実際に使ってみて、違和感のないものを選んでいくことが大切です。伸縮タイプの杖などを使って、どれくらいの長さがちょうど良いか、歩きやすいか試してみましょう。
参照元:HOSPIA
使うシーンや場所に合わせて選ぶ
ご自身の身体に合わせるだけでなく、杖を使ってどこを歩くかなど使うシーンを意識しながら選ぶことも大切です。T字杖やロフストランドクラッチは室内、外出先、どちらでも使いやすいです。また、T字杖は持ち運びに便利なので、外出先で疲れた時や、足場が悪い所を歩く時など必要な時だけ使うことができます。
多脚杖や松葉杖は段差がある場所では使いづらいので、自宅や病院、介護施設など、平坦な場所で主に使用します。実際に使用するシーンを頭に思い浮かべながら、選んでいきましょう。
グリップの握りやすさにも注目する
安全に杖を使用するためには、グリップの握りやすさで選ぶことも大切です。グリップの形によっては、長時間握っていると疲れてしまったり、持ちにくくて滑りやすかったりすることもあります。手の大きさや、握力、形などによって握りやすくフィットするグリップは変わってきます。しっかりと試してみて、ご自身に合ったグリップを探してみましょう。
おわりに
歳を重ねると足腰が衰え、転倒やケガのリスクが高まって不安に感じ、恐怖心から外出を控えてさらに体力が落ちる。そのような悪いスパイラルにはまりやすくなります。後悔先に立たずという言葉もありますし、転んで骨折してしまった場合、「転ばぬ先の杖」を思いっきり実感することになってしまいます。杖を活用する理由はさまざまですが、ある程度若いうちから転倒事故やケガを防ぐために活用を検討するのも、必要なのではないでしょうか。杖を持つこと、使うことは、恥ずかしいことではありません。人生100年時代を健康にいきいきと生きるために、歩く自信や楽しみを与えてくれる、人生のパートナーとなってくれるような杖を探してみてはいかがでしょうか。