むかしから、手先を使うことは認知症予防になる、といわれてきました。しかし、手先を使うことやモノづくりがなぜ認知症の予防にいいのかを聞かれると、よくわからない方が多いのではないでしょうか?
このコラムでは、これまでの資料や新しく公開された研究論文から、モノづくりが認知症にいい理由や、どのように取り組めばいいのかをご紹介させていただきます。
65歳以上は5人に1人が認知症に
日本における65歳以上の認知症の方の数は推計で約600万人(2020年現在)、2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)が認知症になると予測されており、高齢社会の日本では認知症に向けた取組が今後ますます重要になります。
また、認知症は誰でもなりうることから、認知症への理解を深め、認知症になっても希望を持って日常生活を過ごせる「共生」(認知症の方が、尊厳と希望を持って認知症とともに生きる、また認知症があってもなくても同じ社会でともに生きるという意味)の社会を創っていくことが重要となります。
出典:厚生労働省 知ることから始めようみんなのメンタルヘルス
日常生活で取り入れたい、認知症予防3つのポイント
認知症の予防につながる取り組みとして生活習慣病の予防や治療、運動については世界的に実証研究が進んでいます。ここでは、認知症予防につながる生活行動として取り入れたい3つのポイントをご紹介します。
ポイント① 社会とのかかわり・他者との交流
2017年に発表された国立長寿医療研究センターの発表では、65歳以上13,984名を対象に約10年間の追跡データを解析した結果、「配偶者がいる」「同居家族と支援のやりとりがある」「友人との交流がある」「地域のグループ活動に参加している」「何らかの就労をしている」の5つのつながりがある方では、認知症発症リスクが低下することがわかりました。
さらに、これら5つのつながりがある方は、ひとつもないかひとつだけの方と比べて認知症発症リスクが46%低いことがわかりました。独居や家族だけの特定のつながりのなかで日常生活を送るよりも、コミュニティや友人・知人などさまざまな方との接点をもつことで、新しい刺激や発想、会話が生まれます。他者との交流が認知症発症リスクを低下させる可能性があるといえます。*1
ポイント② 達成感
加齢とともに身体機能や認知機能は誰でも低下します。これまでできたことができなくなった、うまくできないといった経験が増えてくると、失敗したくない、誰かに迷惑をかけたくないという心理が働き、日常生活もできることだけにとどまり、単調になりがちです。外出や人と話したりすることが減って運動機能の低下や、認知機能の低下が加速します。
小さなことでも新しいことに取り組んで、達成感を感じることは、失敗不安や自己効力感の改善につながります。継続的に取り組める生活習慣で目標を設けてみたり、モノづくりなど、完成したときに達成感の感じられる趣味があると良いですね。
ポイント③ 趣味
趣味は、少し難しいことへのチャレンジや、探求のきっかけとなります。トレーニングとなるとチャレンジは時に苦痛があって回避したくなりますが、自分が楽しいと感じる趣味であれば積極的に取り組めます。受動的にレクリエーションに参加するのではなく、自らやりたいことを選択して取り組める、自然な認知症予防の取り組みが「趣味」なのです。
国立がん研究センターなどの「JPHC研究」の研究グループが1993年~1994年に実施したアンケート調査での、「趣味はありますか?」という質問の回答から、対象者を、趣味が「ない・ある・たくさんある」の3つのグループに分け、「ない」と回答したグループと比べた場合の、他のグループのその後の認知症の罹患リスクを調べました。
その結果、認知症の罹患リスクは、趣味がない方に比べて、趣味がある方では18%、趣味がたくさんある方では22%、それぞれ低いことが明らかになりました。*2
栄養や運動、生活習慣病の予防や治療に加えて、これら3つのポイントをうまく日常生活に取り入れておくと認知症予防につながるほか、認知症になった後でも、症状の進行がゆるやかになり、生活の質を保ちやすくなります。
また、急に特別なことを行うよりも、普段の生活に認知症予防を意識した生活習慣を取り入れることで、無理なく続けられそうです。
2021年モノづくりの認知症予防効果に関する研究結果が発表されました
これまでに、手先を動かすことは認知症の予防になるという話を皆さんも耳にしたことがあるかと思います。なんとなくそうだろうと想像はつきますが、それを実証する研究は世界的に見ても多くはありませんでした。
そのようななか、第80回日本公衆衛生学会総会にて「モノづくり活動による認知機能への介入効果」の研究成果が発表されました。
参考:【Press Release】オールアバウト×東京都健康長寿医療センター
この研究は、神奈川県川崎市の地域在住高齢者を対象とし、2020年10月から2021年6月までの8ヵ月の間に、講師をたてて10名程度の集合型でモノづくり教室を全12回継続実施したものです。モノづくり教室の前半は紐を結んでつくるマクラメアクセサリーづくり、後半は断面に図柄を描くデコ巻き寿司づくりを行いました。
結果は、ワーキングメモリ等を評価する指標(*TMT-B)において、モノづくりプログラムの介入効果が見られ、高齢者における生活機能と関与する認知機能の低下抑制に寄与することが示唆されました。
また、2021年の日本応用老年学会にて、認知機能低下者に対する“モノづくり介入プログラム”による心理・認知機能への介入効果が発表されました。
こちらの研究では認知機能が軽度に低下した方を対象とし、プログラムの開始前と終了後に精神的健康度に関する調査を行いました。結果は趣味講座の実施後に 自己効力感の程度を測定(*GSES)したところ失敗不安の得点が向上しており、比較的認知機能の変化に敏感な検査である*MoCA-Jにおいても得点向上の傾向が見られました。
前述したとおり、高齢化による身体的・認知機能的な衰えは誰にでも起こります。これまでできていたことができなくなったり、難しいと感じることで、趣味をあきらめたり、暮らし方や行動が消極的になる傾向があります。
ものづくり活動に参加し、講師のサポートを受けて完成する体験を継続することで、失敗不安が緩和され、うまくできた、自分でもできるんだ、という自己効力感が形成され、ひいては自尊感情、精神的健康を得ることができると考えられます。
*TMT-B:認知的柔軟性やワーキングメモリなどの実行機能を反映する指標。
*GSES (General Self-Efficacy Scale):自己効力感の程度を測定するための16項目からなる尺度です。
* MoCA-J:MCI(軽度認知障害)をスクリーニングする検査です。
これらの実証結果から、モノづくり活動が、認知機能の低下抑制や、認知機能が低下した方の自己効力感の改善につながることが示唆されます。これは認知症の共生と予防の両面を満たす介入方法となる可能性があるといえるでしょう。
また講師がいる安心感、講師が生徒の力量に応じて完成できるよう導くこと、多人数での交流が生まれるといった要素も重要であることが推察されます。これは、前述の認知症予防3つのポイント【他人との交流】【達成感を味わう】【趣味】にも合致しており、継続的なモノづくり活動が認知症予防にとって有効であることを示す研究結果だと考えられます。
モノづくり体験を提供している場所は?
手芸、陶芸、木工、DIYなど、さまざまなモノづくり分野があります。長く続けていくためには通いやすい場所であることも大事です。身近なところででは、自治体が運営する地域包括センターや生涯学習センターが提供するもの、市民が中心となって公民館などで開催されるものを探してみましょう。
また、今回のモノづくり活動による認知機能への介入効果実証にて講座運営・講師派遣を行った楽習フォーラムでは、全国で手芸、アクセサリー、お花、クッキング分野のモノづくり教室を展開しています。教室情報を公開していますのでどんなモノづくり活動があるか、近くに教室があるか、探してみてください。
*1;Saito, T., Murata, C., Saito, M., Takeda, T., & Kondo, K. (2018). Influence of social relationship domains and their combinations on incident dementia: a prospective cohort study. J Epidemiol Community Health, 72(1), 7-12. doi:10.1136/jech-2017-209811
*2;Hobby Engagement and Risk of Disabling Dementia Takumi Matsumura, Isao Muraki, Ai Ikeda, Kazumasa Yamagishi, Kokoro Shirai, Nobufumi Yasuda, Norie Sawada, Manami Inoue, Hiroyasu Iso, Eric J Brunner, Shoichiro Tsugane