昨今、認知症などで判断能力が低下した場合の財産管理の方法として、「家族信託」が注目されています。家族信託は専門性が高く、注意すべきことも少なくありません。そのひとつが、財産を管理する「受託者」の選定です。このコラムでは、家族信託において大きな権限が与えられる受託者を選定する際に注意すべきポイントや、予備的受託者の必要性について解説します。
この記事を読んでわかること
- 家族信託は不動産や現金などの財産を管理・運用する受託者に大きな権限がある
- 高齢化や不足の事態などにより受託者が1年不在になると、信託契約は終了する
- 受託者不在リスクには、複数の受託者を設定したり予備的受託者を設定したりすることで備えられる
家族信託における予備的受託者とは?
家族信託の手続きを検討する前に、家族信託とはどういうものかを理解しておきましょう。家族信託と遺言の違い、家族信託における予備的受託者についても併せて解説します。
- そもそも家族信託とは?
- 家族信託と遺言の違い
- 家族信託における予備的受託者とは?
そもそも家族信託とは?
家族信託は、財産管理のひとつの方法です。認知症などで判断能力が低下し、財産管理が困難になった場合に備え、信頼できる方に財産を管理する権限を与えておくことを指します。
「委託者」「受託者」「受益者」という聞きなれないワードが出てきますので、把握しておきましょう。
「委託者」は財産管理を任せる方(親など)のことです。財産管理者は「受託者」となり、不動産や現金などの管理・運用を担います(子など)。
管理している財産に利益があった場合、「受益者」が利益を得ます(親など)。実際には、委託者と受益者は同じであるケースが多いです。
家族信託と遺言の違い
家族信託も遺言も、生前の判断能力のあるうちに財産を「誰に」託すのか決めておく点では共通しています。
しかし、家族信託と遺言には、財産を託す「時期」が違います。家族信託の場合、委託者(親)は受託者(子)に生前から財産管理の方法を指示し、管理を任せることが可能です。
一方、遺言では、遺言者(親)の死亡後に財産を承継させる方(子)を指定しておきます。
家族信託における予備的受託者とは?
家族信託の受託者は、財産管理を担っていくために非常に大きな権限が与えられています。
受託者を誰に指定するかは慎重に判断する必要があります。また、委託者は「予備的受託者」をあらかじめ選定しておくと良いでしょう。
予備的受託者とは、受託者が委託者より先に死亡した場合や何らかの理由で解任・辞職した場合など、その任務を遂行できなくなったときの次の受託者として、信託契約内に定められる者のことです。
なぜ予備的受託者を決めておく必要があるのか?
では、家族信託設定にあたって、なぜ予備的受託者を事前に決めておく必要があるのでしょうか。ここでは、3つの理由について解説します。
- 子の高齢化が考えられるため
- 受託者不在が1年続くと強制終了になるため
- 家族信託契約が終了すると成年後見制度の利用が必要になるため
子の高齢化が考えられるため
家族信託は、開始から終了まで長期間にわたることも珍しくありません。また、委託者同様に受託者も高齢になり、心身が衰える、あるいは委託者より先に死亡するリスクがあります。
受託者が不在となった時点で新たな受託者を選定するという選択肢もありますが、その時点で委託者の判断能力が低下していれば、新たな受託者を指定できない可能性もあります。
このような事態に備え、予備的受託者を選定しておくことは家族信託を継続させるために有効です。
受託者不在が1年続くと強制終了になるため
受託者が先に死亡しても、原則として信託契約は終了しません。予備的受託者が選定されていない場合、新たな受託者を委託者と受益者の合意で選任することになります。
受託者の死亡後に、受託者不在の状況のまま1年が経過すると強制的に信託契約は終了します(信託法第163条第3号)。予期せぬタイミングで信託契約が終了する事態に陥らないためにも、予備的受託者の選定は非常に重要です。
家族信託契約が終了すると成年後見制度の利用が必要になるため
受託者不在により家族信託が終了した場合、財産管理のために成年後見制度を利用する方法があります。
すでに判断能力を失っている方が利用する法定後見制度は、家庭裁判所に審判を申立て、本人との面接や医師の診断を経て、利用可否の審判がくだされます。そして、定期的に家庭裁判所へ財産管理についての報告を行わなければなりません。
ただし、成年後見制度は堅実な財産管理を目的とします。そのため、必ずしも本人の希望に合った管理ができるとは限りません。
一方、家族信託の場合、家庭裁判所への報告は必要ありません。面倒な手続きを避けるために家族信託を選択される方も多いでしょう。受託者不在が理由で信託契約が終了し、成年後見制度を利用せざるを得ない状況にならないように備えておくのが賢明です。
老老信託で考えておきたい受託者の設定方法
契約が長期化すると、老老介護ならぬ老老信託という事態になる可能性もあります。受託者不在のリスクに備えるため、受託者の設定はどのように決定すればいいのでしょうか。
ここでは、次の4つの方法をご紹介します。
- 複数人が受託者になる
- 予備的受託者を信託契約設計時に設定する
- 受託者と受益者代理人を設定する
- 子それぞれと信託契約を行う
複数人が受託者になる
家族信託の受託者は複数人設定することが可能です。受託者を複数設定することにより、信託事務の負担を分散できます。また、お互いに適切な財産管理をしているか監督し合うことが可能です。判断に迷ったときに受託者同士で相談することもできます。
しかし、信託契約の中でそれぞれの権限が定められていない場合、信託財産の事務処理は受託者全員の過半数の一致が必要です。例えば、兄弟2名が受託者に指定されていれば、2名の意見が一致しなければなりません。意見が食い違ってしまった場合、柔軟な財産管理ができなくなる可能性があります。
予備的受託者を信託契約設計時に設定する
上述のとおり、予備的受託者をあらかじめ設定しておく方法もあります。将来的に受託者が財産管理の任務を遂行できなくなった時の次の担い手として、予備的受託者を指名しておきましょう。
予備的受託者が実際に受託者に就任する際には、予備的受託者の承認が必要です。予備的受託者から受託者就任を拒否されないよう、家族信託の設計段階で話し合いに参加してもらうなど、制度の仕組みや委託者の思いを理解してもらうことが大切です
信託契約の設計段階では、予備的受託者を設定できない場合もあるかもしれません。その場合は、予備的受託者が必要になったタイミングで契約を一部変更することも可能です。ただし、委託者の健康状態によっては信託契約の変更ができない場合もあります。そこで、「後任の受託者を指定する方法」を規定しておくことも可能です。
受託者と受益者代理人を設定する
「受益者代理人」を設定する方法もあります。受益者代理人は、受益者に代わって権利を代理する立場の者です。受益者代理人は信託法第百三十九条にて「受益者に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する」と規定されており、受益者と同等の強い権限を有します。
受益者には、信託契約の内容の変更、受託者の辞任・解任、合意によって信託を終了させる場合など、家族信託の信託期間中に判断が求められる場面が多々あります。受益者が判断能力の低い高齢者や障害者、幼い子の場合は、受益者代理人を設定することにより、受益者の権限を行使することが可能です。
例えば、受託者を長男、受益者代理人を次男とし、兄弟で協力して信託財産を管理・運用することもできます。
受益者代理人があるときは、当該受益者代理人に代理される受益者本人は受託者を監督する権利(信託法第九十二条各号に掲げる権利)及び信託契約において定めた権利を除き、受益者としての権利を行使することができなくなります(信託法第百三十九条四項)。
また、受託者と受益者代理人という強い権限を持つ者の資産管理方針が違うと、トラブルに発展する可能性もあります。そのため、受益者代理人の設定は慎重に判断しなければなりません。
受益者代理人を専任する目的は、あくまでも受益者保護と信託事務の円滑化です。受益者代理人の設定には注意点もありますが、うまく活用すれば受益者・委託者の両方にとって有益な制度といえるでしょう。
子それぞれと信託契約を行う
委託者たる親に複数の子がいた場合、それぞれと信託契約を結ぶ方法があります。各受託者と個別に契約を結ぶことで、ひとつの信託契約の受託者は1名となり、シンプルな仕組みで財産管理ができます。この方法は、複数の財産がある場合に有効です。
各受託者は他の受託者が管理する信託契約の監督者や受益者代理人になれるため、相互に監督し、誤った財産管理を防ぐことができます。
しかし、複数の信託契約を結ぶ場合には、各信託契約が独立した枠組みとなるため、損益通算ができなくなる点には注意してください。
家族信託の受託者に対する疑問点
家族信託の受託者は、家族以外の他人もなれるのでしょうか。また、特別な資格がないとなれないのでしょうか。ここでは、受託者になれる方・なれない方、また受託者就任には職業の制限があるのか解説します。
- 未成年者の受託者は可能か?
- 家族以外の受託者は可能か?
未成年者の受託者は可能か?
未成年者を家族信託の受託者にすることはできません。信託法で未成年者を受託者とすることはできないと定められているからです(信託法第七条)。
民法で、未成年者は親などの法定代理人の同意がなければ、原則として契約などの法律行為ができないと定められています。
受託者には、信託財産の管理・処分などを行う能力が必要ですので、制限能力者である未成年者は、受託者として相応しくないと判断されるのです。
家族以外の受託者は可能か?
家族以外の他人でも家族信託の受託者になれます。未成年者以外であれば、条件や資格は必要ありません。信託法には未成年者以外の受託者就任を制限する規定がないからです(信託法第七条)。
ただし、安易に受託者を決めるのではなく、できれば委託者よりも年齢が若く、信託契約の義務や責任を理解している信頼できる方を選びましょう。
家族信託を失敗しないために大切なこと
最後に、家族信託を失敗しないためのポイントを4つご紹介します。
- 受託者の選任と役割分担
- 信託期間と終了条件の検討
- 信託終了時の権利者を定める
- 専門家に相談する
受託者の選任と役割分担
家族信託の期間は長期に及びます。委託者や受益者同様に受託者も年齢を重ねることで、判断能力が低下することや委託者や受益者よりも先に亡くなることも想定されます。そのような事態に備え、複数人の受託者設定や予備的受託者を決めておくことが大切です。
そして、受託者が誤った財産管理をしないように、必要に応じて受益者代理人や信託監督人(受託者を監督する方)を設定し役割分担を決めておきましょう。
信託期間と終了条件の検討
信託期間が長期となる家族信託は、家族の状況や法的要素が変更するリスクが伴います。そのため、信託期間や終了条件をあらかじめ決めておくことは非常に重要です。
例えば、信託の目的が父の財産管理とする場合は、父の死亡時を終了時期にすれば良いでしょう。しかし、信託した財産を父と母のために使う場合には、父及び母の死亡時が終了時期となります。このように、家族信託の期間や終了条件は、家族の状況や信託の目的によって変わってくるため、十分な検討が必要です。
信託終了時の権利者を定める
家族信託が終了した場合、信託財産は信託契約で事前に定めた帰属権利者に帰属します。信託終了時に信託財産をどのように帰属させるのか明確に決めておくことで、資産承継における家族間の紛争やトラブルを回避できるでしょう。
すべての財産が特定の帰属管理者に帰属しますが、不動産は長男、金銭は次男というように財産ごとに帰属先を指定することもできるため、柔軟な対応が可能となります。
専門家に相談する
厚生労働省が発表している「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」の推計によると、65歳以上の認知症患者数は、2025年には約675万人と5人にひとりが認知症になると予想されています。認知症などで判断能力が低下した場合の財産管理方法として注目を集めているのが、家族信託です。
しかし、家族信託の設定は高い専門性が求められる上に、信託終了を迎えた案件がまだ多くはありません。家族信託の設計に失敗しないためにも、経験豊富な専門家と相談しながら手続きを進めていくことが大切です。
「セゾンの相続 家族信託サポート」では、家族信託に強い司法書士と提携しているため、信頼できる専門家との無料相談や最適なプランの提案を受けることが可能です。
おわりに
認知症などが理由で判断能力が低下し、自分の財産管理ができなくなった場合、家族信託は有効な財産管理方法です。特に、財産管理を担う受託者の選定は、家族信託を設定する上で非常に重要だといえるでしょう。
受託者不在により意図せず信託契約が終了する事態を回避するためにも、予備的受託者を設定するなど、長期的な契約に耐えうる契約内容を設定しなくてはなりません。家族の大切な財産を守るために、家族信託に詳しい専門家に相談しながら家族信託を設計することをおすすめします。