更新日
公開日

引っ越しや施設入居の落とし穴!知っておくべきリロケーションダメージのメカニズム

引っ越しや施設入居の落とし穴!知っておくべきリロケーションダメージのメカニズム
高野 龍昭

監修者

東洋大学教授

高野 龍昭

東洋大学教授。1986年から医療ソーシャルワーカーやケアマネジャーの実務を経験し、2005年から東洋大学で介護福祉士などの福祉専門職養成と高齢者福祉・介護保険制度・ケアマネジメントの研究を行う。社会福祉士・介護支援専門員。

引っ越しや施設入居など、住み慣れた場所を離れての大きな環境の変化は誰にとってもストレスを伴うものですが、とくに高齢者や認知症の方にとっては、体や心にさまざまな不調を引き起こすことがあります。このような状態を「リロケーションダメージ」と呼びます。

この記事では、リロケーションダメージの原因や具体的な症状、そして予防や対処法について東洋大学教授・高野先生の解説のもと、詳しくご紹介します。環境の変化に対するリスクを理解し、大切な人が安心して新しい生活を始められるようにサポートするためのヒントをお伝えします。

リロケーションダメージとは?

リロケーションダメージとは?

リロケーションダメージとは、英語の「relocation」(場所の移動)と「damage」(ダメージ)を組み合わせた言葉で、住み慣れた場所や環境から、新しい場所へ移動することで、心身にさまざまな悪影響が出ることを指します。

年齢に関係なく、心身が弱っている方は、新しい情報を取り入れたり、状況の変化に対応するのが難しいため、影響を受けやすいといわれており、特に認知機能が低下している高齢者や、環境の変化に敏感で、ストレスを感じやすい子どもに多く発生します。

リロケーションダメージは病気ではなく、文字通り「環境変化による一時的な混乱状態」を表します。適切な対応を取れば必ず症状は改善します。

リロケーションダメージが起こる原因

リロケーションダメージは、環境の大きな変化によって生じる心身の不調です。

この章では、高齢者において、リロケーションダメージがなぜ起こりやすいのか、その原因について詳しく解説します。

慣れ親しんだ住環境からの離脱

長年住み慣れた家は、単なる建物ではなく、そこにはたくさんの思い出や、大切な人とのつながり、そして自分自身の生活リズムが刻まれています。まるで自分の一部のように感じられる「居場所」を突然失うことは、大きな喪失感や不安をもたらします。新しい環境への適応は、高齢者にとっては特に大きな負担となり、心身に大きなストレスを与えます。

新しい環境への適応の難しさ

新しい環境では、知らないことや覚えなければならないことがたくさんあります。高齢者にとっては、これらの情報を一度に処理することが難しく、認知機能への負担が大きくなります。また、周囲の人とのコミュニケーションがうまくいかず、孤独感を感じることも。特に施設に入所した場合、プライバシーが制限されたり、集団生活に馴染めなかったりすることで、精神的な負担を感じ、孤独感はさらに深まる可能性があります。

さらに、新しい環境に対する不安や、将来や健康に対する不安など、さまざまな不安が心身に大きなストレスを与え、リロケーションダメージを悪化させる可能性があります。

体力低下と健康状態の変化

高齢者は、若年層に比べて体力や抵抗力が低下しているため、環境の変化に適応するのが難しく、心身が脆弱な状態に陥りやすくなります。持病を持っている場合は、環境の変化が引き金となり、症状が悪化することもあります。

また、新しい環境では、寝つきが悪くなったり、夜中に何度も目が覚めたりするなど、睡眠の質が低下しやすく、睡眠不足は心身に悪影響を与え、リロケーションダメージを悪化させる可能性があります。

リロケーションダメージになりやすい人の特徴

リロケーションダメージになりやすい人の特徴

リロケーションダメージは、環境の変化にともなう心身の不調ですが、誰もが平等に影響を受けるわけではありません。人によってその受け止め方は異なり、特に以下のような特徴を持つ方は、リロケーションダメージを受けやすい傾向にあります。

✓転居経験が少ない方

若い頃に転居の経験が少ない方は、新しい環境への適応が苦手で、変化を恐れる傾向があります。

✓人間関係構築が苦手な方

新しい場所で人とのつながりを築くことが苦手で、内向的な方は、環境の変化に強いストレスを感じやすいようです。

✓こだわりが強い方

特定のことに強いこだわりを持つ方は、環境の変化を受け入れにくく、新しい環境に馴染みにくい傾向があります。

インドア派の方

外出や人と交流することを好まない方は、新しい場所での生活に戸惑いを感じることがあります。

✓変化の少ない生活を好む方

これまで大きな環境変化を経験していない方や、いつもと変わらない生活を好む方は、環境の変化に適応するのが難しく、ストレスを感じやすいです。

これらの特徴は、あくまで一般的な傾向であり、全ての方に当てはまるわけではありません。しかし、これらの特徴を持つ方は、リロケーションダメージを受ける可能性が高いといえるでしょう。

私のこれまでの経験から、リロケーションダメージは、若い頃の転居経験が少ない方、新しい人間関係を作るのが苦手な方、一つのことにこだわりを持つ方、インドア派の方に起きやすい傾向があると感じています。趣味についても、人と一緒に楽しむ活動をしてきた方は環境変化に強い傾向があります。一方、ひとりで完結する趣味を持つ方は急激な環境の変化に適応するのが難しいことが多いようです。

リロケーションダメージによる症状:心と体への影響

リロケーションダメージによる症状:心と体への影響

引っ越し後、夜中に何度も目が覚めたり、熟睡できなくなった…。これもリロケーションダメージのひとつです。引っ越しや環境の大きな変化は、私たちの心身に予想以上のストレスを与えます。

ここからは、リロケーションダメージによって現れる具体的な症状について、身体的なものと精神的なものに分け、詳しく解説していきます。

身体的症状:からだが発するSOSサイン

リロケーションダメージによる影響は、目に見えない心の状態だけでなく、私たちの体にも明確なサインを送ってきます。これらの症状を見逃さないことが大切です。

✓食欲不振

新しい環境への適応には多くのエネルギーが必要で、その影響で食欲が低下することがあります。普段は好きだった食べ物に興味を持てなくなり、食事そのものが苦痛に感じられることもあります。

✓体重減少

食欲不振や精神的なストレスによる代謝の変化が原因で、体重が急激に減少する場合があります。このような体重減少は、筋肉量の低下や抵抗力の低下を伴い、日常生活や健康に悪影響を及ぼす可能性があります。

✓慢性的な疲労感

疲労感が常に付きまとい、どんな些細な行動でも体力を消耗してしまいます。軽い運動や日常の家事でさえ億劫に感じることが増え、活動的な生活を送ることが難しくなります。

✓慢性的な便秘

環境が変わると便秘になりやすいということをよく耳にしますが、それに加えて水分不足や活動性の低下は、便秘を引き起こしやすく、これがさらなる体調不良につながることがあります。

実は、リロケーションダメージを判断する上で最も気付きやすい症状は「便秘」です。便秘は腸内環境の悪化だけでなく、全身の倦怠感や精神的な落ち込みを引き起こす可能性があります。

精神的症状:見えない心の傷

リロケーションダメージは体だけでなく、心にも深刻な影響を与えます。リロケーションダメージで起こる主な精神的症状は次のとおりです。

✓強い不安感

新しい環境に適応できるかどうかという不安が大きく、将来に対する漠然とした恐れを感じることがあります。小さな出来事にも過剰に反応し、気持ちが落ち着かない日々を過ごすことが増えるかもしれません。

✓抑うつ症状の兆候

持続的な憂うつな気分や無気力感が現れ、日常の楽しみが失われていきます。以前は楽しく感じていた趣味や活動にも興味を示さなくなり、孤独感や無力感が強まり、睡眠がしっかりとれなくなることがあります。

✓ 集中力の低下

掃除や料理など、日々の生活の中で作業に集中できなくなることがあります。ミスが増えたり、作業を完了させるのが困難になるほか、考えがまとまらなくなるなど、判断力の低下も見られる場合があります。

これらの症状が長引く場合には、適切なサポートを受けることが重要です。

遅延型のリロケーションダメージ、つまり引っ越しから1ヵ月後に発生するようなケースは多くないと思います。それよりも、1ヵ月後や3ヵ月後にうつ状態のような形で現れることはあります。これは、環境変化による不安が蓄積して起こるものと考えられます。一方で、リロケーションダメージは主に住環境や人間関係の変化が原因となり、移動直後、遅くても2~3日以内には症状が現れるのが一般的です。場所の移動後数日から2週間以内が見極めのポイントであり、この時期に周囲がしっかりと様子を見て支えることが重要です。

行動的症状:日常生活に表れる変化

リロケーションダメージは行動にも影響を与え、生活の質を大きく変える可能性があります。

✓睡眠の障害

寝つきが悪くなる、夜中に何度も目が覚める、朝早く目が覚めるなど、睡眠の質が著しく低下します。睡眠不足が続くと、心身の不調がさらに悪化し、ストレスを増大させる悪循環に陥ることがあります。

✓普段と異なる言動

普段と異なる衝動的な行動や、周囲とのコミュニケーションがうまく取れなくなることがあります。たとえば、急に人付き合いを避けるようになったり、感情が不安定になることで、社会的なつながりが希薄になり、孤立感を強く感じることもあります。

よく誤解されるのが、急に認知症になったとされるケースです。しかし、認知症は急に発症するものではありません。住んでいる環境や身近な人間関係が急に変わると、たとえ本人がその変化を理解していたとしても、環境の変化そのものが医学的に非常に強いストレスを与えるといわれています。このストレスが心身に影響を及ぼし、認知機能が一時的にうまく働かなくなることがあります。これは「せん妄」という一時的な混乱状態で、認知症の発症とは違います。自宅では問題なくトイレに行けていた方が、施設に入ると急にトイレに行けなくなる。また、身近な人が急に別人に変わることで、その方が誰かよくわからなくなり、よそ者が来たと思って怒る、というようなケースもあります。環境の変化が原因で、周囲の人間関係にも影響が出るのです。

リロケーションダメージの予防と対処法

リロケーションダメージの予防と対処法

引っ越しは、人生の大きな出来事です。特に高齢者の方にとっては、慣れ親しんだ場所を離れることは、大きなストレスとなることがあります。しかし、少し工夫することで、新しい環境でも安心して暮らすことができます。元の場所に戻ることが現実的でない場合、新しい環境にどう適応するかがとても重要です。

ここからはリロケーションダメージの予防と対処方法について詳しく解説していきます。

慣れ親しんだ持ち物を持ち込む

たとえば、毎朝必ず使う歯ブラシや、いつも身につけている時計、そして、食事のときに使うお気に入りの食器など、普段から使っているものを新しい家にも持ち込んでみましょう。これまでいつも使っていた身近な存在がそばにあると、安心感を抱くことができます。いつものように歯磨きをする、いつもの時計で時間を確認する、といった日常の行為を通して、心身のリズムを整えることができます。

また、若い頃の写真や、大切な人からの手紙、手作りの装飾品など、永年大事にしている思い出が詰まった品を新しい家に持ち込んでみるのもおすすめです。思い出の品をそばに置くことで、孤独感や不安感が和らぎ、心の安定につながります。

引っ越し前と同じレイアウトに配置する

新しい部屋を、以前の部屋と同じようなレイアウトで家具を配置したり、同じような色の壁紙を選んだりするのもおすすめです。まるで自分の部屋に居るような感覚になり、安心感が得られ、新しい環境に早く馴染むことができます。

家族や介護者とのコミュニケーションを強化する

新しい環境に移り住んだ高齢者の方にとって、家族や介護者とのコミュニケーションは、心の支えとなる大切なものです。まず大切なのは、高齢者の方の話をじっくりと聞くことです。「今日はどうだった?」「何か困ったことはあった?」など、声をかけて、日々の出来事や心の内を分かち合いましょう。聞いている途中で意見を言ったり、急かしたりせず、最後まで話を聞いてあげることが大切です。家族や介護者とのコミュニケーションは、高齢者の方の心の安定に大きな影響を与えます。

また、規則正しい生活を送るように促し、睡眠や食事の時間を決めるなど、無理のない範囲で徐々に新しい生活に慣れていくサポートを行います。

症状が出始めたら、専門家へ相談を

新しい環境への移り住みは、誰でも不安を感じるものです。もし、心身に不調を感じたり、日常生活に支障が出ている場合は、ひとりで悩まずに、専門家へ相談することが大切です。リロケーションダメージは、早めに適切なケアを受けることで、改善が見込めます。大切な人がリロケーションダメージかもしれないと感じたら、早めに専門家に相談しましょう。

✓地域包括支援センター

住んでいる地域の身近な相談窓口で、介護や福祉に関するさまざまな相談できます。

✓ケアマネージャー

介護保険サービスを利用している場合は、ケアマネージャーに相談してみましょう。

✓医師

体調の変化や心の不調を感じたら、かかりつけ医や精神科医、心療内科、老年科の医師に相談しましょう。

日常的に使う物だけでなく、衣食住や人間関係、生活習慣など、環境変化によるストレスを軽減するためには、できるだけ元の生活環境に近い状態を再現することが大切です。たとえば、慣れ親しんだ食べ物を食べるなど、食の面で自分が心地よいと感じることを取り入れるのは、非常に良いことです。これが、新しい環境に適応するための一番のポイントだと思います。
衣食住や人間関係、生活習慣など、広範な分野にわたる適応が必要ですが、それがうまくできれば、リロケーションダメージを最小限に抑えることができます。
また、高齢者の行動や心理的な症状が悪化した場合、地域包括支援センターに相談することも一つの方法です。地域包括支援センターでは保健師や社会福祉士、ケアマネジャーがいて、リロケーションダメージの対応に関する基本的な知識を持っています。ひとりで悩まずに、まずは相談してみましょう。

まとめ:リロケーションダメージを防ぎ、安心できる新生活をサポートしよう

リロケーションダメージを防ぎ、安心できる新生活をサポートしよう

環境の変化は、誰にとっても大きなストレスです。特に高齢者の方にとっては、新しい住まいへの移転は、心身に大きな影響を与える可能性があります。リロケーションダメージを防ぐためには、事前の準備と丁寧なサポートが大切です。誰しも新しい生活に慣れるには時間がかかります。焦らずに、周囲の方のサポートを受けながら、少しずつ新しい環境に慣れていきましょう。

※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。

よく読まれている記事

みんなに記事をシェアする