会社員時代は会社の経理が担ってくれていた税金の計算や支払いも、定年後は「自己責任」で処理する必要があります。そこで大切なのが、定年後の自分が対処しなければならない項目を、前もって把握しておくことです。
今回の記事では、多賀谷会計事務所の宮路幸人税理士が、定年退職までに知っておきたい必要な税金の計算方法や注意点について解説します。
会社員は恵まれている?
日本では、税金についての教育機会はないに等しく、また会社員でいる限り、税金の知識がまったくなくても、正直生きていくのに困ることはありません。
しかし、それは会社があなたの代わりに諸々の処理を“代行”しているからであり、定年退職後にはすべて自分で対応しなければいけません。
そこで今回は、「定年退職後に自分で税金の手続きが必要なお金」について、ひとつずつ確認していきたいと思います。
退職金にも「税金」がかかる
実は、「退職金」にも所得税と住民税がかかります。ただし、退職金は「分離課税」となっており、通常の所得と分けて計算されます。
また、退職金には「長年コツコツと勤務したことの恩恵」の意味合いがあるため、あまり税負担が重くならないように、「退職金所得控除」と「2分の1課税」という方法がとられています。
退職所得金額は、下記の式で求めることができます。
※退職所得控除
……勤続年数20年以下:40万円×勤続年数
……勤続年数20年超:800万円+70万円×(勤続年数-20年)
「退職所得控除」は上記のように、勤続年数の長さにより計算方法が異なります。
仮に、30年勤務したサラリーマンが3,000万円の退職金を受け取った場合、税金はいくらになるのでしょうか。
まず、退職所得控除については、勤続年数が「20年超」であることから、800万円+70万円×(30年-20年)=1,500万円となります。
したがって退職所得金額は、(3,000万円-1,500万円)×2分の1=750万円です。所得税と住民税は、下記のようにそれぞれ
住民税:750万円×10%=75万円(市町村民税6%+都道府県民税4%=10%)
であることから、所得税と住民税をあわせて、退職金にかかる税金は183万9,000円となります。
ただし、ここで気をつけなければいけないポイントがあります。
退職金の税金において「退職所得の受給に関する申告書」が提出されていない場合、退職所得控除が受けられず、税金が多額となるのです。
会社からあらかじめ説明があるとは思いますが、もしもない場合には必ず確認をとって、「退職所得の受給に関する申告書」を提出するようにしてください。
えっ、こんなにかかるの!?「退職翌年の住民税」に要注意
サラリーマンが退職後の税金で困りがちなのが、「所得税と住民税の支払いタイミングの違い」です。
所得税というのは、その年1年間にかかる税金を予測して毎月仮払いをしておき、年末に本当に納めるべき税金を計算し直し調整する仕組みとなっています。つまり、その年の所得税はその年のうちに支払うことになっています。
一方、住民税はその年の収入によって翌年の住民税が決定します。したがって、退職した翌年は住民税の負担が重くなることが多いため注意が必要です。
メリットの大きい「年金繰下げ受給」の注意点
では、定年後年金受給が始まったあと、税金は具体的にいくらかかるのでしょうか。
65歳以上で合計所得が1,000万円以下の場合、公的年金控除は110万円となります。基礎控除額が48万円ですので、年金収入が年158万円以下であれば所得税はかからないこととなります。
1ヵ月繰下げるごとに0.7%増額…年金の「繰下げ受給」のしくみ
平均寿命が延び続けている昨今、「年金繰下げ受給」を検討している方も多いでしょう。
年金の受給時期を繰り下げるメリットは、なんといっても年金受給額が「増額」されることでしょう。繰下げ受給では、本来の受給年齢である65歳から、1ヵ月繰り下げるごとに0.7%ずつ増額されます。70歳まで5年繰り下げると42%の増加、75歳まで10年繰り下げた場合は84%も増加されます。
夫婦2人の標準的な年金受給月額約23万円をもとに考えると、繰下げ受給を行った場合の年金額は下記のようになります。
年金受給開始:70歳(5年繰り下げ)……約32万円/月
年金受給開始:75歳(10年繰り下げ)……約42万円/月
5年繰り下げた場合は月あたり約9万円、10年繰り下げた場合は月あたり約19万円と、本来の受給額から大幅に増額することが可能です。
もし、老後のための蓄えがある程度貯まっている、65歳以降も収入の見込みがある場合は、繰下げ受給を選択することで「長生きによる老後資金の枯渇リスク」を気にすることなく安心して過ごすことができるでしょう。
ただし、繰下げ受給を選択した場合、「税金の負担が増える」ことには注意が必要です。
厚生労働省の令和4年度の資料によると、国民年金の平均受給額は5万6,428円となっています。この場合10年繰り下げて75歳から受給しても、受給額は10万3,827円で年間158万円以下となるため、所得税はかかりません。
一方、厚生年金(国民年金を含む)の平均受給額は月額14万4,982円となっています。基礎控除以外の控除がないと仮定した場合、所得税は8,100円、住民税は2万3,400円で合計3万1,500円かかります。
もしも受給開始を5年繰り下げ70歳から年金を受給した場合、月額は20万5,874円となり所得税は4万5,400円、住民税は9万6,500円の合計14万1,900円となります。
10年繰り下げ75歳から受給した場合、月額は26万6,766円で所得税は8万2,700円、住民税は16万9,600円の合計25万2,300円となります。
このように、年金の受給開始時期を繰り下げれば繰り下げるほど年金が増えるとあって、一見メリットの大きい税金の「繰下げ受給」ですが、繰下げるごとに税負担が増えることに注意が必要です。
定年後に慌てないように
会社員の場合、会社が年末調整で税金を計算してくれていたことから、税金について深く考えたことがない方も少なくないでしょう。しかし、定年退職後は、基本的には自分の税金は自分で申告を行う必要があります。
また今回見てきたように、年金をいつから受給するかによってかかる税金額も大きく変わるため、年金受給の「ベストなタイミング」についてもよく検討されると良いでしょう。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。