なぜ、仲の良かった兄弟姉妹が、親の遺産である不動産を巡って争いが生じてしまうのか?2025年現在、不動産相続トラブルの根底には、過去の価値観と現代の価値観との間にある大きなギャップが存在します。さらに、介護問題や経済格差といった現実的な要因も複雑に絡み合い、相続トラブルは深刻化の一途を辿っています。本記事では、不動産相続に精通する山村暢彦弁護士が、数々の相続紛争の現場で見てきたリアルな実情をもとに、その根本原因と、争いを避けるための事前準備、トラブルが起きてしまった際の対応策について解説します。
「家制度」と「法定相続」の乖離

2025年現在、「なぜ、不動産の相続が揉めるのか?」と聞かれれば、「家制度」と「個人主義・法定相続制度」とのギャップが大きな原因だと回答しています。筆者自身、歴史に詳しいわけではないのですが、かつては「家父長制度」のもと、相続財産を「長男」が相続するという慣習がありました。現在は、平等主義の原則のもと、「法定相続制度」となっています。過去であれば、長男がすべて相続していたものが、現在では相続人が法定相続割合に応じて相続します。
筆者は実務家として、制度の是非を論評しようとは思わないのですが、少なくとも現在の「法定相続制度」では、不動産を従前と同様に相続人に相続していくのは困難だと考えています。理由を簡略化したケースで説明していきます。
相続が発生した際に、単純に2人子どもがいる場合、子どもの代になれば不動産は2分の1になってしまいます。仮に1人がすべて相続するとなれば、その分代償金を支払う必要がありますので、実質的には2分の1になるのと同じです。すなわち、ある「家」の資産は、世代を経るごとに、細分化されてしまいます。
これはこれで一つの帰結だとも思うのですが、これが昔の価値観と乖離しているように思います。「先祖代々の土地」を引き継いでほしい、という昔の価値観と、同じ我が子だから、平等に相続してほしいという現代の価値観の対立です。
2025年時点では、終戦の1945年生まれの方が80歳を迎えます。終戦前後の価値観で生まれ育った方と、昭和後期・平成生まれの方の価値観がずれているというのは、むしろずれているほうが自然と感じられるのではないでしょうか。
介護問題…地元に残る子 vs. 地元を離れた子

価値観が異なるという話の上に、もっと現実的な話として、介護の問題があります。相続紛争の原因になっていることも多いです。
親の介護は、育ててくれた恩返しという気持ちを持ち続け、聖人君子のようにやり遂げられるのが一番よいのでしょう。もっとも、兄弟姉妹で差があると「なんで私だけ」と思いたくなるのも人情です。実際問題、大切に育ててくれた親だからこそ、ドライに割り切れず、見捨てることもできず、大きな時間と労力を割きながら、自分の命を削ってでも介護を行う方も沢山いらっしゃいます。
そのようななか、地元から離れ、正月やお盆にも戻らない。親の日常の介護も無関心。それでいて自分の人生を楽しそうにまっとうしている……。このような兄弟姉妹がいたら、どのように感じてしまうでしょうか。
他方、視点を変えてみましょう。自分の生活のため、地元と離れて暮らしている。親のことはもちろん気になる。でも遠方だし、地元に帰ることができる時間はわずかで、たまに顔を見に帰るのが精いっぱい。兄弟姉妹が親の面倒を看てくれているようだが、どうやら親は不安がっているようだ。面倒を看るといっても、兄弟姉妹は親の財産欲しさに、すり寄っているだけではないか。久々に親に電話してみたら、出てくるのは兄弟姉妹の愚痴ばかり。本当なら自分がしっかり面倒を看たいのに、財産目当ての兄弟姉妹に親が虐げられながら、財産を搾取されている……。
弁護士としていろいろな相続紛争をみてきたなかで、どちらの視点でのトラブルも多いように思います。あくまで筆者も、代理人としてクライアントの気持ちを代弁するだけで、どちらに正義があるかはわかりません。それでも相続トラブルでは、このような「地元・親の近くに住む介護・手伝いをする子ども」と、「都市部・地元から離れて、親の面倒を看たくても看られない子ども」の心情的なずれが、相続紛争の原因になっている場面を幾度もみてきました。
法的な側面で整理すると、親の面倒を看ている地元の兄弟姉妹は、「寄与分」が認められづらいハードルに忸怩たる思いを述べます。介護等で親の財産の増加に寄与した相続人には寄与分という、本来の相続財産よりも多くの財産がもらえる制度があります。しかし実際の相続の現場ではハードルが高すぎて、ほとんど機能していません。
他方、地元から離れ、親の財産を不当に搾取している兄弟姉妹を正したいと思う相続人からすると、「相続財産を使い込んだ」とする不当利得返還請求訴訟のハードルの高さに、悔しさをにじませる方も多くいます。
実際問題、「介護や親の手伝い」に使われた金銭と、身近な相続人による不当な金銭取得との区別はつきづらいです。そのため、裁判所としても慎重な姿勢で介入するため、「親の財産を使い込まれた」と主張する相続人の意向も、法的手続きで解決することは、ほとんどできないのが現実です。
このように、地元に残る子と、地元を離れた子の想いは、親を想う気持ちが似通っているにもかかわらず、乖離していくような現実があります。さらに、どちらかといえば地方のほうが、家制度・親の介護を行うという価値観が強いのに対して、都市部のほうが個人主義的な感覚が色濃いように思います。
不動産相続の現実

今回は、相続トラブルに発展する原因について述べてきましたが、最後に、特に目を逸らしたくなるような現実を2点お伝えします。
まず、相続トラブルが特に多く発生するのは、兄弟姉妹間に経済格差があるケースです。端的にいうと相続トラブルは、「お金が欲しい事情」を持つほうを発端に起きている印象が強いです。
もう1点は、一つ屋根の下で育った兄弟姉妹とはいえ、結婚して新しい家庭をもった際には、昔「一つ屋根の下で育った兄弟姉妹」よりも「新しい家庭」を優先せざるを得ないということ。
どちらも統計をとったわけでもないですし、あくまで筆者の経験と体感による、現実で起きている事象の一部にしかすぎません。しかし残念ながら、このような事情による相続紛争を多数みてきました。
相続トラブルを防ぐポイント
筆者としても、法的な観点を通した、技術的な対策自体は個別事案に応じていくらでも回答が出せます。しかし心情的な心の底からの解決方法というのは、どうすればよいのかわからないのが、正直なところです。非常に抽象的な回答になってしまうのかもしれませんが、第一に重要なのはコミュニケーションでしょう。
親との会話、兄弟姉妹との会話、配偶者・パートナーとの会話などなど、親、兄弟姉妹、配偶者・パートナーのそれぞれの立場や気持ちを踏まえて、自分がどうしたいのか。当然、全員が円満になれれば一番よいでしょう。しかし冒頭でご紹介したように、価値観のずれというのも現実的に生じており、なにを、誰を優先するのかという選択を強いられることも少なくはありません。
このように、士業や専門家は法的な解決策は提案できますが、各相続人が抱えている心の葛藤まで解決する術を持ち合わせているわけではありません。完全な回答はないでしょうが、自分が後悔しない選択を親族とコミュニケーションを取りながら考えてみてください。
また、そのような悩み・葛藤を抱えるなかで、法技術的になにができてなにができないのか、その点で悩まれた際には、専門家を頼って方向性を見定めるとよいでしょう。それでも最後は、選択するのは「自分」だと、心情的にも辛いものですが、相続問題と向き合える方が増えるとよいなと思います。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。