「でんじろう先生」の愛称で親しまれているサイエンスプロデューサーの米村でんじろうさん。長年、TVやサイエンスショーで活躍し、最近はYouTubeでもワクワクする実験を見せてくれています。「空気砲」を見たことがない方は少ないのではないでしょうか。
そんなでんじろう先生は、今年70歳を迎えられました。今も欠かさず生み出されていく新しい科学実験のアイデアはどこから湧いてくるのでしょうか?今回はでんじろう先生のラボにうかがって、でんじろう先生が感じる科学の魅力、そして年齢にとらわれずに毎日をワクワク過ごすヒントをお聞きします。
《インタビュー》

サイエンスプロデューサー
サイエンスプロデューサー
米村でんじろう
1955年千葉県生まれ。東京学芸大学大学院理科教育専攻科修了。学校法人自由学園講師、都立高校教諭を務めたのち、科学の楽しさを広く伝える仕事を目指し、1996年サイエンスプロデューサーとして独立。同年、NHK『おれは日本のガリレオだ!!』に出演し話題となる。1998年米村でんじろうサイエンスプロダクションを設立。科学実験の企画・開発、サイエンスショー、実験教室、研修会の企画・監修・出演、テレビ番組、雑誌の企画・監修・出演など、幅広いフィールドで活躍を続けている。
30年でつくった実験の数は1,000種類以上!
さまざまな場所で実験の魅力を伝えているでんじろう先生ですが、これまでどれくらいの実験を行ってきたのか教えてください。
数えたことがないのですが、この仕事は30年ほど続けているので、サイエンスショーからテレビ、細かいものを含めたら、ざっと1,000種類は超えていますね。
1,000種類はすごいですね!たくさんの実験はどのようにつくられてきたのでしょうか?
昔は、「実験につなげられないかな?」といろんなジャンルの本を読んで、情報や知識を組み合わせながら実験を作っていました。今は、インターネットで情報収集することも多くなりましたね。世界中で行われている実験から、面白い実験を作るヒントを探しています。
大学卒業後、学校の先生を経て40歳で独立したんですが、独立したての頃は食べていくために必死な日々でした。その頃、東京・北の丸にあった科学技術館で実験演示をするのが大きな仕事のひとつでした。
広い館内を行き交う親子や子どもたちは、面白くなければ途中でもあっという間にいなくなってしまう。「どうしたら興味をもってもらえるのか?」「どんな実験なら立ち止まってもらえるか?」と考えて、実験の見せ方や面白がってもらえる方法を追求していきました。
1,000個の実験の中には、空気砲や静電気実験のように定番になったものから、やってみたもののあまりうまくいかないものもたくさんあって。それでも、いろんな経験が全て今につながっています。

30年以上続けてくる中で、たくさんの苦労もあったと思います。アイデアが浮かばなかったり、失敗したりといった、ネガティブな感情はどうやって克服したのでしょうか?
当時は、「仕事だからなんとかしよう」という意識で、もう必死でしたね。ステージでのサイエンスショーも、テレビなどメディアのお仕事も穴を空けちゃいけないという一心で取り組んでいました。その積み重ねで、気づいたら30年続いていたという感覚かもしれません。
一方で、遊びながら実験することも大切にしていましたね。アトリエにひとりでこもって考え込むのではなくて、仲間とワクワクドキドキしながら「どうしたら面白くなるのか?」を問い続ける。すると、一見するとムダに思えることをしている時にこそ、アイデアが浮かんだり、面白くなってきて好奇心が湧いたりするんです。
「ムダ」ですか?
具体的には、試行錯誤しながら手を動かしている時間ですね。余白って言ってもいいかな?実験づくりって本当にムダなところが多いんですよ。氷山は一角しか見えていないと例えられるように、テレビなどで紹介している実験もいろんなムダや失敗を経た結果なんです。
テレビ番組で実験する時には、時間が限られているので、どうしてもムダな部分が切り捨てられてしまいます。でも、実は成功までにはたくさんの失敗が裏側にあるんですよ。

取り掛かりはじめたら、物事はどんどん動き出す
ポンポンと実験が生まれていくわけではないですからね。でんじろう先生の活動を拝見していると、いつも楽しそうです。やっぱり実験を考えるのは楽しい時間なのでしょうか?
実験を作っていく工程、みなさんの前で出来あがった実験を披露するのは楽しい時間です。ただ取り組むまでは本当に腰が重くて…。
でんじろう先生でも、そんな風に感じることがあるんですか?
そりゃ、ありますよ!たとえば、打ち合わせってあるでしょう?みんなで「う〜ん」って考えるだけで、何時間も経ってしまうんです。そうすると、どんどん気ばかりが重くなりますし、話し合いだけでは実験は生み出せません。
でも、「とりあえずやってみようか」と気楽な感じで手を動かし始めると、大抵のことは進んでいきます。とりあえずやってみる、腰が重くなる前に「始めること」が大切です。スタートさえ切れば、ムダなことがあってもそこから前に進んでいきます。
これは私たちの生活の中でもいえるかもしれませんね。仕事だけではなくて、趣味や個人的にやってみたいものも、実際にやりはじめるまでが憂鬱ということも多くて…。
なんでも気楽にスタートしてみましょう。お子さんの勉強なんかもそうだと思います。大人って、わからせようとするでしょ?誰だって理解できなければ嫌いになっちゃうので、まずは楽しもうよ!と。理屈がわからなくたっていい、実験が「楽しい」とか「おもしろい」と興味を持ってもらえたら、勝手に進めていきますから。
楽器を演奏している人も、入り口は「音楽を学ぶ」のではなく、「楽しい」だったと思うんです。だって「音学」ではなく、「音楽」と書きますからね。科学も「学ぶのではなく楽しむ『科楽』にしたらいいのに」っていつも思っているんですよね。
「科楽」っていい表現ですね。
あんまりバズらなかったんだけどね(笑)。実は、「江戸時代頃まで『科楽』だったんじゃないかな?」と思うことがあるんです。
まだ家電どころか電気もない時代に、静電気をためてビリビリを楽しむ「百人おどし」という遊びがあったんです。大の大人がみんなで手をつないで、一斉に静電気を感じるんです。当時の人にとっては不思議な現象だから、「なんだこれー!」と言って喜んでいたはずですよ(笑)。
70歳を迎えた今は「仕事」がマイブーム?
楽しむことって本当に大事なんですね。今までのお話を聞いていると、でんじろう先生は年齢を感じさせません。
いやいや。昔はもっとバイタリティに溢れていたから、仕事の後にちょっとでも時間があると週に2〜3回は釣りに出かけていたんですよ。休みの日なら早朝に起きて、車を飛ばして多摩の奥の方まで行ったり。アウトドア全般が好きなので、よく川釣りもしてました。そのうちに、どんどん上流に向かって行って…。楽しかったですね。
あと、ガラス工芸やグリーンクラフトにもハマりました。何本も木彫りのスプーンを作って。結局、やりすぎてバネ指になってしまい、やめることになったのですが…(笑)。
それは大変…!本当に趣味にも熱中するタイプなのですね!今、ハマっていることはありますか?
正直なところ70歳を迎えた今は、何をするのもちょっと億劫になっていますよ(笑)。でも、今はやっぱり仕事かな。中京テレビでの実験番組『はぴエネ!』は、2009年から毎週放送されているんです。3分間という短い尺の中で、どれだけ興味をもってもらえるか、本当に毎日「次はどんな実験が喜ばれるか?」と考えてばっかりです。
『はぴエネ!』はYouTubeでも公開されるので、みなさんの反応はコメントや再生数を含めて、参考にさせていただいています。ちなみに、これまでで一番多く再生されているのはガソリンスタンドの『セルフ給油機』の仕組みを解説した動画なんです。
動画のサムネイルや実験の見せ方を派手にして、「でんじろう先生、なにやってるんだ!」と思わずコメントしたくなるような、バズを意識した実験の再生回数はそこそこ伸びるんです。
でも、実はこのセルフ給油機のように身近なものの不思議に注目するのも、科学を楽しむためにはすごく大事な要素だったりするんですよね。

人生の終幕を実感。科学を楽しむ「科楽」を次の世代へ
奇を衒わなくてもいいのかもしれませんね。身近な科学の楽しさが素直に伝われば、自然と広がっていくと。
そうそう。落語を聞いていると、時代背景が違うのに笑っちゃうでしょ? 人間が面白いって感じる根幹はすごくシンプルだと思うんです。科学も、素直に楽しさを伝えていくことが大事だと感じています。
これからでんじろう先生がチャレンジしてみたいことはありますか?
ガムシャラだった40〜50代を経て、60代の前半くらいの頃に「いつか死ぬ」ってことが理屈でわかるようになってきたんです。
正直な話をすると、70歳になって「終わり方」を意識するようになりました。人生を1日に例えるなら、「今はもう夕方頃なんだな」って実感しています。だからこそなのかもしれないけれど、この「科楽」という考え方を残していきたい。僕がいなくなったとしても伝統芸能のように、次の世代へ引き継ぎたいと真剣に考えるようになりました。
もしかしたら「二代目でんじろう先生」のように、お名前を継ぐ方が出てくるのかもしれませんね。ちなみに、お弟子さんは募集されているのですか?
はい。今も、募集しています。伝統芸能のように、これまで行ってきたサイエンスショーを残していきたいんです。科学を楽しむ場所を続けて行った先に、科学が面白いという子どもたちが生まれ、その子が大人になり、新しい世界を築き、また次の世代に「楽しさ」を伝えてくれることを願っています。
まずは、これからも僕自身が楽しく好奇心を持って取り組んでいきます。大人から子どもまで「科学って楽しいんだ」そう思っていただけるようなショーを作っているので、僕たちのサイエンスショーをぜひ見にいらしてください。科学の楽しさを実感いただけるはずです。

(取材・執筆=つるたちかこ 撮影=小野奈那子 編集=鬼頭佳代/ノオト)