複雑でわかりにくい相続税。特に不動産の相続においては、さまざまな特例や控除を理解しているか否かで、納税額が大きく変わります。本記事では、小規模宅地等の特例、基礎控除、配偶者控除といった主要な特例に加え、不動産の評価方法が税額に与える影響、そして具体的な活用事例まで、不動産投資と不動産専門の税理士・MK Real Estate 税理士事務所の川口誠氏がわかりやすく解説します。
現金よりも不動産を相続するほうが相続税が軽くなる理由

現金よりも不動産を相続するほうが、相続税の負担が軽くなる場合が多いです。
土地の相続税評価額は、国税庁が定める課税用の価格基準である「路線価」に基づいて算出されます。路線価は、一般的に実際の取引価格の目安となる「公示地価」の約80%程度に設定されています。
なお、公示地価は国が土地取引の参考として公表する標準価格です。実際の取引価格は公示地価よりも高くなります。また、建物の相続税評価額は固定資産税評価額で、新築時は建築価格の50~70%といわれています。
相続税は、相続財産の評価額に基づいて課税され、不動産の相続税評価額(路線価・固定資産税評価額)は、市場での実際の売買価格よりも低く評価されることが多く、これが「現金より不動産のほうが有利」といわれる理由の一つです。つまり、不動産には相続税の負担を軽減する効果があるとわかるでしょう。
不動産の相続税を軽減する主要な特例

相続税にはいろいろな特例が用意されています。相続税評価額から特例による控除を受けることによって、その効果が増すことになるのです。それでは、主要な特例をみていきましょう。
小規模宅地等の特例:適用要件と最大限に活用するコツ
小規模宅地等の特例は、要件を満たせば最大80%評価減となる強力な節税策であり、大きく分けて3種類に分類されます。

出所:筆者作成
それぞれの面積を限度として土地の相続税評価額の80%または50%が減額されます。限度面積を超えてしまうと、その土地が対象にならないというわけではありません。限度面積の範囲内で適用されます。
小規模宅地等の特例は、相続税を負担することによって自宅や事業の土地を手放さないといけなくなることを避けるために設けられています。
①の居住用については、配偶者が相続した場合の要件はありません。同居していた親族が相続した場合には、申告期限まで家に住み、申告期限まで物件を所有していることが要件になります。同居していなかった親族、いわゆる「家なき子」が相続した場合でも、一定の要件で適用が認められます。
②の特定事業用や③の貸付事業用については、申告期限まで事業を営み、申告期限まで物件を所有していることが要件です。被相続人と生計を一にする親族が営む事業も対象になります。事業を始めたのが相続開始前3年以内である場合、一定の条件がありますので注意してください。
この3種類の特例は併用して適用することが可能ですが、どれを優先して併用するかによって、限度面積の計算方法が異なります。
①の居住用と②の特定事業用の2つの特例を併用して適用する場合には、それぞれの限度面積の合計である730㎡まで完全に併用することができます。しかし、③の貸付事業用の特例を含めて適用すると、以下の算式で面積の調整が必要になってきます。
①特定居住用×200/330 + ②特定事業用×200/400 + ③貸付事業用 ≦ 200㎡
たとえば、土地の面積が①の居住用300㎡、②の特定事業用500㎡、③の貸付事業用80㎡の物件があったとします。①の居住用と②の特定事業用の2つの特例を併用して適用する場合には、限度面積は700㎡(=300㎡+400㎡)です。③の貸付事業用の特例を優先して適用すると、80㎡を使ってしまうことになるため、残りの120㎡を①の居住用と②の特定事業用の特例で利用します。
小規模宅地等の特例を最大限に活用するコツとしては、可能な限り、①の居住用と②の特定事業用の2つの特例を優先して適用することによって、土地の評価額の80%減額という恩恵を受けることです。
ただし、後述のケーススタディで確認しますが、㎡単価によっても異なりますので、事前にシミュレーションをすべきでしょう。
配偶者の税額軽減:夫婦間の相続における大きなメリット
配偶者の相続した財産は1億6,000万円、もしくは法定相続分まで相続税がかかりません。「配偶者の税額軽減」と呼ばれる制度です。配偶者は相続財産の形成に大きな寄与があったと考え、その後の生活を保障するために設けられています。
ただし、同一世代間での財産移転になるため、次世代への財産移転のタイミングが早まることが多いです。配偶者に非課税で相続した場合であっても、次の相続、いわゆる二次相続まで含めると税負担が重くなることがあります。
したがって、最初の相続のタイミングで二次相続まで含めて相続税をシミュレーションし、一次相続でどの程度を配偶者に相続するかを検討することが大切です。こちらも後述のケーススタディで確認していきましょう。
その他、知っておきたい不動産関連の特例
相続税ではありませんが、相続により居住用財産を取得して譲渡した場合には、譲渡所得から3,000万円を限度として控除することができます。いわゆる「空き家特例」と呼ばれる控除です。
空き家特例は細かい要件があり適用が難しいといわれています。その理由の一つとして、売却する際に取り壊したり、耐震改修工事を実施したりすることが挙げられます。
また、贈与税において2,500万円の控除が受けられる相続時精算課税制度によって、不動産を先行して贈与していくことも検討したいところです。相続財産の対象になりますので、相続税を含めてシミュレーションをする必要はありますが、相続税がかからない、あるいは、かかってもそれほどの負担にならない場合は有効です。
ケーススタディで学ぶ!不動産の特例活用術

ここからは、先ほど紹介した特例をケーススタディで確認していきましょう。
【事例1】自宅の土地を相続、小規模宅地等の特例を適用すると…
Aさんが自宅の土地(500㎡)を1億円(相続税評価額)で相続したとします。自宅であるため、①の居住用として330㎡までの面積について80%で減額することが可能です。
たとえば、相続税評価額1億円・500㎡の土地のうち、330㎡分を80%減額できる場合、控除額は1億円×(330㎡/500㎡)×80%=5,280万円となります。最終的な評価額は4,720万円です。
それでは、併用のケースを考えてみましょう。少し複雑になってきますが、併用の場合は、特例を優先する順序によって控除額が異なるということを覚えておいてください。
Aさんは、5,000万円(相続税評価額)の自宅の土地(300㎡)だけでなく、賃貸アパートの土地(100㎡)も5,000万円(相続税評価額)で相続したとします。賃貸用ですので、③の貸付事業用として200㎡までの面積について50%で減額することができます。しかし、上述の計算式により面積調整が必要になってきます。
①の居住用を優先した場合には、③の貸付事業用の限度面積は18㎡。控除額は4,225万円になります。一方、③の貸付事業用を優先した場合には、①の居住用の限度面積は165㎡。控除額は4,500万円となり、①の居住用を優先するよりも有利になります。減額割合は①の居住用のほうが80%と高いですが、賃貸アパートの㎡単価が50万円と、自宅のそれに比べて高いことが起因しています。
【事例2】賃貸アパートを相続…事業承継税制の特例を検討
Bさんは親から不動産賃貸事業を引き継ぐことを計画しています。Bさんは、個人事業主が事業を後継者に引き継ぐ場合に一定の資産(土地400㎡、建物800㎡)については相続税の納付が猶予・免除される、いわゆる個人版事業承継税制の適用があると聞いていました。
しかし、不動産賃貸事業は個人版事業承継税制の対象外になりますので、適用されません。Bさんが相続税の負担を軽減するためには、他の特例を検討する必要があります。
先ほど確認しましたが、小規模宅地の特例では貸付事業用として200㎡までは50%の減額が適用されます。
また、法人化によって資産管理会社として不動産賃貸事業を後継者に引き継ぐと、法人版事業承継税制が適用され、株式について相続税の納付が猶予・免除される可能性はあります。ただし、以下の条件を満たす必要がありますので、不動産賃貸事業以外の事業を行う必要性が生じてきます。
- 親族以外の従業員が5名以上
- 従業員が勤務している事務所等を所有または賃貸
- 3年以上事業を継続
もっとも、賃貸アパートとして貸し付けると、借地権や借家権の割合を加味しますので、最初に説明した不動産の相続税評価額はさらに下がることになります。個人的には、不動産賃貸事業を行っている時点で、ある程度相続税の負担は軽減されるため、無理に事業承継税制の適用をすることはないと考えています。
【事例3】配偶者の税額軽減と二次相続への備え
Cさんには妻と子ども2人がおり、相続財産として不動産5,000万円(相続税評価額)、現金5,000万円を保有しています。さまざまなパターンで相続税をシミュレーションしていきます。
(1)一次相続で妻がすべての財産を相続した場合
妻が全ての財産を相続した場合には、「配偶者の税額軽減」により一次相続では相続税がかかりませんが、二次相続では770万円が課税されます。
二次相続
課税遺産総額:1億円−(3,000万円+600万円×2人)=5,800万円
法定相続分に応じた取得金額:5,800万円×1/2=2,900万円
相続税:2,900万円×15%-50万円=385万円
相続税の総額:385万円×2人=770万円
(2)一次相続で妻が不動産、子どもが現金を相続した場合
妻が不動産、子ども2人が現金を相続した場合には、先ほどと同様、妻には「配偶者の税額軽減」により相続税がかかりません。
一方で、子どもには一次相続で290万円が課税されます。それでも、二次相続では80万円の課税にとどまり、一次相続、二次相続を通じた相続税の総額は370万円です。
一次相続
課税遺産総額:1億円−(3,000万円+600万円×3人)=5,200万円
法定相続分に応ずる取得金額:5,200万円×1/4=1,300万円
相続税:1,300万円×15%-50万円=145万円
相続税の総額:145万円×2人=290万円
二次相続
課税遺産総額:5,000万円−(3,000万円+600万円×2人)=800万円
法定相続分に応じた取得金額:800万円×1/2=400万円
相続税:400万円×10%=40万円
相続税の総額:40万円×2人=80万円
一次相続で、(1)のすべての財産を妻が相続した場合よりも、(2)の一部の財産を子どもが相続した場合のほうが相続税を抑えることができることがわかると思います。これは、一次相続で妻の分の基礎控除や法定相続割合の恩恵を受けることができるためです。
また、不動産は現金と異なり簡単に分けることができません。(2)の二次相続では不動産が子どもの共有状態になるため、現金等の財産による相続も考慮する必要があるでしょう。
特例を賢く使うために…税理士からの助言

特例の適用はもちろんですが、誰がなにをどのくらい相続するのかによって相続税は変わってきます。時間に余裕を持って、生前から準備しておくことが重要です。本記事の事例を通して、シミュレーションを行うことの重要性を少しでも理解いただけたら幸いです。
特に小規模宅地等の特例は適用するかどうかによって相続税への影響が大きく変わってきます。不動産の相続では必ず小規模宅地等の特例の利用を検討しましょう。記事内でも触れましたが、特例制度改正や要件変更も多いため、必ず最新情報を確認し、税理士など専門家にご相談ください。
※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。