前回のコラムでは、「認知症に備える : 40〜60代に向けて【アルツハイマー型認知症を理解してケアを考える】」について書きました。しかし、万能の対応法があるわけではありません。一方で、介護は変わらず続きます。また、認知症の本人も、ご自身の変化に不安を感じており、介護者は本人の視点を推測すると良いでしょうといったことも書いてきましたが、介護者の心理にもさまざまな不安や葛藤がつきまといます。自身の抱いた気持ちに落ち込み、悩む日もあります。そこで今回は、介護者の心理について考えたいと思います。
家族のたどる4つの心理ステップ
私もアルツハイマー型認知症の祖父母を家族で在宅介護をしていた経験があります。その経験を経て、介護者支援の活動を今もしているわけですが、さまざまな方の話を聞いてきました。ついつい、認知症の母に怒ってしまい自身を責めてしまう方、責任感が強く介護保険サービス利用に踏み出せない方、一方で、どんなことにも仕方ないと笑顔で語る方、改めて人生を振り返ってみる方…。介護と向き合っていると、さまざまな感情を経験します。しかし、改めて抱くご自身の感情に…「自分は何て悪い人間なんだと」思ってしまうこともあります。この感情は普通なのか…?そのもやもやに対して、「家族のたどる4つの心理的ステップ(下図)」が役に立ちます。見通しが立つと安心することもありますし、これは皆が抱く感情なんだと思えば少し気持ちが楽になるかもしれません。また、周囲に介護者がいる場合は、その気持ちの理解に少しでも役に立てばと思います。これは、公益社団法人認知症の人と家族の会 副代表理事である杉山孝博医師が提唱されたものです。
図 家族のたどる4つの心理ステップ
とまどい・否定
認知症の方の今までと異なる言動に戸惑い、否定しようとします。今までしっかりしていた肉親が、同じことを繰り返し質問する、今までできていたことができなくなる。まさか認知症ではないか?とは思う一方で、「今日はたまたま何か調子が悪いのだろう。」「もともとそんな性格でもあったし。」などと戸惑い、認知症であることを否定しようとします。また、本人、周囲の方、はたまた相談先の方へも遠慮してしまうなど、悩みを他の肉親にすら打ち明けられないでひとりで悩む時期です。
混乱・怒り・拒絶
「とまどい・否定」しているだけではことが落ち着かず、それが症状なのか元々の性格などの影響なのかわからず、認知症の理解が不充分なため、どう対応して良いかわからずに混乱します。また、良かれと思って丁寧に説明などを試みるが、うまくいかない。頑張っているのに空回り。このような状態が続くと、いかに普段優しい介護者でも、「何回同じこと言わせるの!」などと怒りの気持ちがこみ上げます。そして、精神的・身体的に疲労こんぱいして認知症の方を拒絶しようとします。「この人さえいなければ、どんなに気持ちが楽だろう。」などと認知症の方を拒絶してしまうことすらあります。一番つらい時期です。今では熟練の見事な介護を続けている方でも、この時を思い出すと極限的な心理状態に陥っていたといいます。家族介護者の会に参加しているとそのような場面を多く見ます。そのような時に、医療・福祉サービスなどを積極的に利用することで乗り切ります。また、周囲の方のねぎらいや励ましの言葉を経て、徐々に心理的に安定していきます。当事者団体である公益社団法人認知症の人と家族の会は、この心理的安定に多大なる貢献をしています。
割り切り、またはあきらめ
怒ったりイライラするのはご自身にとって損になると思い始め、割り切るようになります。いくら言っても、こちらが消耗してしまう。丁寧に説明しても、その方がかえって混乱させてしまう…。などと介護のコツをつかめてきて、同じ症状でも介護の混乱が軽くなります。介護者と本人は鏡写しです。ご自身が楽でいると、相手もおだやかになります。また、さまざまな情報媒体を通して、介護の知恵やテクニックを身に付けていきます。一方で、認知症の進行により多彩な症状を示してくるため、再び「混乱・怒り・拒絶」のステップに戻ることもあります。このように、「混乱・怒り・拒絶」と「割り切り、またはあきらめ」をらせん状にたどりながら介護を続けていくのが普通です。
受容
認知症に対する理解が深まって、認知症の方の心理を自分自身に投影できるようになり、あるがままのその方を家族の一員として受け入れることができるようになります。介護というきびしい経験を通して、人間的に成長を遂げた態度といっても良いでしょう。介護者のみる目が、「とまどい・否定 」「混乱・怒り・拒絶」では、できなくなった点や異常な言動にばかり向いていたのが、「受容」では、残された能力や優しい表情などの良い点に向くようになります。
このようにさまざまな気持ちを抱きながら、介護者もこの病気と向き合っていきます。そして、周囲の方の助けや医療・福祉サービスなどを活用して、介護者と認知症の方が納得のいく形をなんとか模索しながら進んでいきます。
参照元:杉山孝博:改訂認知症の理解と介護―認知症の人の世界を理解し良い介護をするために―改訂第2版.pp6-11(2011).
介護と暮らしの実態
2020年に公表された公益社団法人認知症の人と家族の会の報告書では、認知症の方と家族の介護と暮らしの実態として、介護は日常生活の支援が主であり、介護家族が一日の多くの時間を介護に費やしています。不安やイライラの気持ちがある方が3〜4割、気が休まらない方は約半数。介護家族の身体的自覚症状は、睡眠不足と腰背部痛、肩こり、関節痛などが依然として多いです。介護と仕事の両立に悩んだ経験がある介護家族は4割、年齢別でみると成人期では6割近く。介護休暇の取得経験は現在・過去合わせて4%、などの調査結果を示しています。
アルツハイマー型認知症の特徴として、初期では記憶障害や見当識障害がある一方で身体機能は良好です。そのために、ひとりで出歩き迷ってしまうことなども多くあります。初期では、身体的な介護は必要ないが、目が離せずに気が休まらないことが多いです。先に紹介した調査結果でも、気が休まらない方は約半数とのことでした。心理的ステップの紹介でもありましたが、医療・福祉サービスや周囲の助けなどを積極的に利用することが必要となります。
参照元:公益社団法人認知症の人と家族の会.認知症の人と家族の思いと介護状況および市民の認知症に関する意識の実態調査.(2022年2月3日アクセス)
あなたは、あなたに優しくあってほしい
認知症介護と物理的に距離を置くことは重要です。自分自身の趣味や友人との交流を保つことも必要です。介護が生活のすべてではありません。何かの拍子にプツンと緊張の糸が切れてしまうかもしれませんし、何とか看取りまで終えたとしても、その後もご自身の生活は続いていきます。ただ、非常にまじめな方も多く、そのまじめさが作用し、「できるうちは自分で介護をする」といって介護保険サービス導入を先延ばしにされている方もいます。最終的には、認知症の本人と介護者の選択であるので何が正解ということもありませんが、私が大切にしている言葉を紹介します。
きっと今介護を受けているその方も、あなたが大変になることは望んでいないのではないでしょうか。専門家が関わり、少しでも変わるのであれば、サービスを利用したり、施設入所を考えることも良いのではないでしょうか。家族介護者は、介護に関わっているだけで100点であり、減点はないのです。家族なのだからたまには喧嘩もします。なるべく笑顔でいたいけど、怒鳴ることもあります。家族なんですから、そんなにご自身を責めないでください。私はそう思います。今日もあなたは素敵です。そんなあなたに、少しでも笑顔の日が増えることを願います。
参照元:藤生大我研究室.気分転換・ポジティブ日記.(2022年2月3日アクセス)
身近に介護者がいる方へ
私の経験上ですが、介護者はとてもすごいことを日々されているにもかかわらず、ほめられることや感謝されることが少ないように感じています。そのような文化なのか、努力が目に見えづらいからなのか理由はわかりません。本人たちもほめられたりするために行っているわけではありませんが、支える側にも支えは必要です。一方で、心無い言葉をもらうことはあります。例えば、たまたま調子の良い場面の認知症の家族に会った知人などに、「全然大丈夫そうじゃない。」と言われ、日頃の色々な場面を知っているが家族を悪くいうわけにもいかないので、反論もできない…。時には「もっと頑張りなさいよ。」と言われたりすることも。誰も悪気はないのですが、このような発言は介護者を孤独にするかもしれません。基本的に介護者は頑張っています。もし、周囲にそのような方がいるのであれば、まずは「最近どう?」などと話を聞いてみてください。ただ、聞く。それだけでも少しは気持ちが楽になるかもしれません。
おわりに
40〜60代というと、介護が身近ですね。私も偉そうに色々と書いてきましたが、実際にご自身の両親や家族の介護をすることになったら、どのような感情を抱くのか想像もつきません。祖父母の介護とは抱く感情が全く異なると思います。ただ、いつ何が起きても良いように日頃から家族への感謝や気持ちを伝え、支え、支えてもらえる関係性を築いておくことが一番の備えかもしれません。今回は、介護の負担的な部分を中心に書きましたが、得られることもあります。次回は私の経験や研究も踏まえて、「認知症に備える : 40〜60代に向けて【介護から得られたこと】」を紹介していきたいと思いますので、ご期待くださいませ。