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ミニマルアートの哲学とミニマリストな生活【現代美術史③】

ミニマルアートの哲学とミニマリストな生活【現代美術史③】
石田 高大 現代美術家

執筆者

現代美術家

石田 高大

作家・ライター。パフォーマンス・ハプニング作品を中心に現代美術の制作をしている。制作の中でリサーチした知識を発信していきたいと思い、2021年よりライターとして活動を開始。現在、美術や美術史を中心に執筆。著書に『自分らしい生き方が見つかる現代アートの始め方』がある。

モノを減らし、必要最低限の質素な暮らしをする人や、そんな暮らしを目指す「ミニマリスト」。2000年代後半から世界で注目されるようになり、日本でもブームになりました。2015年には、「ミニマリスト」が流行語にノミネートされています。

そんなミニマリストですが、もともとは1960年代にアメリカで起こった芸術の傾向「ミニマリズム」から生まれています。

今回は現代美術の紹介として、「ミニマリズム」を取り上げます。作品が非常にシンプルであるため、何を伝えたいのか、分かりにくい作品もありますが、現代美術史や現代の生活の中でも大きな意味を持つので、その哲学にぜひ触れてみて下さい。

1.ミニマリストはもともとミニマルアートから

「ミニマリスト」は、「持ち物を最小限まで減らして生活する人」です。

その始まりは、アメリカ・オハイオ州のジョシュア・フィールズ・シルバーンとライアン・ニコデマスの2人です。2人は「思い出はモノの中ではなく、思い出す人々の内面にある」(The Minimalists | TEDxFargo)と話しています。また、『あるミニマリストの物語―僕が余分なものを捨て人生を取り戻すまで』などの著作も有名です。

こちらのモノを最低限にして、思考や心の動きを大事にする考え方は、もともと1960年代のアメリカ絵画や彫刻の形式「ミニマリズム」からきています。ミニマリズムの作品は、抽象を限りなく追求し、無駄な装飾のないことが大きな特徴です。

ドナルド・ジャッド《Untitled》(1967年) 出展:Wikiart
ドナルド・ジャッド《Untitled》(1967年) 出展:Wikiart

一見、何を表しているのかまるで分からない作品だからこそ、鑑賞者が作品を見て「これは何?」「どういうことだ?」と考えることができる作品です。見る人の内面の動きが重要になる部分は、ミニマリストの生活と共通した所がありますね。

ドナルド・ジャッド《Untitled》(1994年)  出展:Wikiart
ドナルド・ジャッド《Untitled》(1994年)  出展:Wikiart

2.素材や連続性に拘るミニマリズムの作家たち

ミニマリズムは、アメリカの抽象表現主義のさらなる追究、そして以下で紹介する彫刻家コンスタンティン・ブランクーシの影響を受けて生まれた美術の動きです。

ミニマリズムの作家たちは、作品の素材や、その連続性に拘っている特徴があります。代表的な作家を紹介していきますね。

コンスタンティン・ブランクーシ

コンスタンティン・ブランクーシ 出展:Wikimedia
コンスタンティン・ブランクーシ 出展:Wikimedia

まず1960年代以前に、ミニマリズムの元を作った人物として、ルーマニアの彫刻家コンスタンティン・ブランクーシ(1876~1957年)です。コンスタンティン・ブランクーシは、ルーマニアの民間信仰をモチーフに、木やブロンズ、大理石で作品を作りました。

代表作《無限柱》(1937年)は、ひし形のブロックを積み上げて作られています。どこを切っても同じことが「無限」を表しています。

《無限柱》1937年 出展:Wikiart
《無限柱》1937年 出展:Wikiart

カール・アンドレ

カール・アンドレ(1935年〜)はアメリカ・マサチューセッツ州出身のアーティストで、1950年代末から、木やアルミのブロックを使った作品を制作しています。

1966年の《ブリックス(Equivalent VIII )》のシリーズは大きく評価されています。120個のレンガが均等に並んでいます。展示されている床と自然に溶け込んでいますね。

《ブリックス(Equivalent Ⅶ)》1966年  出展:Wikiart
《ブリックス(Equivalent Ⅶ)》1966年  出展:Wikiart

ドナルド・ジャッド

ドナルド・ジャッド 出典:Wikimedia
ドナルド・ジャッド 出典:Wikimedia

アメリカ・ミシガン州出身のドナルド・ジャッド(1928~1994年)は、ミニマリズムの作家の中でも、特に人気の高い作家です。

ドナルド・ジャッド自身は、自分の作品を絵画でも彫刻でもない「サイトスペシフィック・オブジェクト」と呼んでいました。長方形の形状が等間隔で並ぶ作品が特徴的です。

《Untitled》1994年  出展:Wikiart
《Untitled》1994年  出展:Wikiart

ロバート・モリス

アメリカ・ミズーリ州の出身のロバート・モリス(1931~2018年)は、ミニマルアートの立体を小道具に、パフォーマンスを行っていたことで知られています。

また、美術評論家としても活躍し、その後のアメリカ美術運動を推進した人物でもあります。

《Untitled (Ring with Light)》1966年 出展:Wikiart
《Untitled (Ring with Light)》1966年 出展:Wikiart

3.ミニマリズムの哲学と批判

ミニマリズムの作品は、見る人が何を考え、どう捉えるかに、強く重点を置いた作品です。また、ものがどんな場所にどのように置かれるかに徹底的な拘りがあるといえます。最小限のものをどう選び、どう置いていくかという面で、現在のミニマリストの生活と共通した哲学がありますね。

場所や社会と作品の関係、鑑賞者との関係は、その後の美術の中で大きなテーマとなっていきます。現代美術史の中でも大きな意味のあった運動でした。

一方で、このミニマリズムを批判した評論家もいます。

評論家マイケル・フリード(1939年~)は、作品自体から得られるものがほとんどなく、見る人が考えていく作品の在り方は「演劇的」と非難します。演劇は、本来何もないはずの舞台スペースにお客さんを一定の時間閉じ込め、観賞させます。ミニマリズムの作品で、作品自体の内容がないまま、お客さんを立ち止まらせることを「演劇的」だと非難しました。

しかし、作家の1人であるロバート・モリスはアートが「演劇的」になることを肯定的に捉えていました。その後の作家たちの中でも、意見は分かれていきます。

4.ミニマリズムは日本美術にも影響

一方で、ミニマリズムは日本の美術界にも影響しています。

日本では、1968年頃〜70年代中期までにわたって「モノ派」という動向が見られました。

ミニマリズムと同じく、モノを最小限にして表現する作風でしたが、石や土といった自然物を用いている特徴もあります。

関根伸夫《位相-大地》1968-年 出展:Wikiart
関根伸夫《位相-大地》1968-年 出展:Wikiart

最小限のモノで、何かを表現するという考えは、日本の庭園や華道などの文化と共通するものがあるかもしれません。モノ派が日本で起きたことや、日本でもミニマリストが流行ったことには、何か昔からの日本文化とも共通するものがあるのかもしれませんね。

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