アメリカオリジナルの美術の始まり 「抽象表現主義」【現代美術①】

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アメリカオリジナルの美術の始まり 「抽象表現主義」【現代美術①】

第二次世界大戦前はフランスのパリが美術の世界の中心でした。しかし、次第に国際的な取引も行われるようになり、そしてヨーロッパで第二次世界大戦が起こると、美術の中心はアメリカのニューヨークへと移っていきます。

戦後に国際的な影響力を持ったアメリカの中心地、ニューヨークで発展していった美術が「現代美術」といわれており、そしてその始まりは「抽象表現主義」です。

「抽象表現主義」は何が書いてあるのか分からないと感じる程に「抽象」的でありつつも、内なるものを「表現」していることが特徴です。

今回は現代美術の始まりである「抽象表現主義」について見ていきます。

1.戦時中、美術の中心がニューヨークへ

ジャクソン・ポロック《Number 1》(1950年) 
ジャクソン・ポロック《Number 1》(1950年) 出展:Wikimedia

第二次世界大戦中を経て、美術の中心地はフランスのパリから、アメリカのニューヨークへ移っていきます。最初のムーブメントが「抽象表現主義」ですが、一見何を表現しているのかはよく分からない絵であることも特徴です。

ロバート・マザーウェル《Africa 7》(1970年)
ロバート・マザーウェル《Africa 7》(1970年) 出展:Wikiart

オランダ出身のフィンセント・ファン・ゴッホも、スペイン出身のパブロ・ピカソもフランスのパリで活動していました。第二次世界大戦前は最先端の美術の動きはフランス、パリでした。

しかし、1940年代前半はヨーロッパは第二次世界大戦となっただけでなく、フランスはナチスに占領されてしまいます。ナチスは非ドイツ的、ユダヤ人芸術家を取り締まり、古代ギリシャや中世ヨーロッパの英雄的な芸術を推奨しました。先端的な絵や詩は「退廃芸術」として非難されています。ナチスは「退廃芸術展」を開催し、収集した「退廃芸術」を額装なしで展示したり、わざと見る人を怖がらせるような展示もしていました。

1938年 退廃芸術展にて
1938年 退廃芸術展にて 出展:Wikimedia

ヨーロッパの戦禍や、美術への迫害を逃れるために芸術家たちが向かったのはアメリカです。

アメリカはまだ最先端の美術がある場所ではありませんでしたが、ヨーロッパの画家の作品を購入していたパトロンが存在し、ヨーロッパと違った自由な国民性や開けた風景は芸術家たちにも魅力的な場所でした。もともとアメリカにいた芸術家たちも、芸術家がアメリカに来てくれたことで、わざわざヨーロッパまで行くことなく美術を学ぶことができるようになりました。

そして、アメリカの画家たちは独自の手法を生み出していきます。

2.「抽象表現主義」

2-1.ジャクソン・ポロック「アクション・ペインティング」

まず有名な画家はジャクソン・ポロック(1912-1956)です。

ジャクソン・ポロック《Mural》(1943年)
ジャクソン・ポロック《Mural》(1943年) 出展:wikiart

ジャクソン・ポロックはキャンバスをスタジオの床に置き、上から絵具を垂らして描く「ドリッピング」という描き方を行いました。絵を描くときに、どう身体を使うのかという疑問を投げかけました。「アクション・ペインティング」と呼ばれ「抽象表現主義」の大きな特徴です。

スタジオで制作中のジャクソンポロック Photo by Martha Holmes
スタジオで制作中のジャクソンポロック Photo by Martha Holmes 出展:Wikiart

ジャクソン・ポロックは次々と新たな作風を生み出したパブロ・ピカソに対し「すべてやられてしまった」と悩んだこともあったのですが、アメリカに亡命してきたシュルレアリスムの画家たちと交流する中で、新たな作風にたどり着きました。絵を見ると、こんな風に絵具を垂らしていったのかな…と想像することができますね。

ジャクソン・ポロック《Number 8, (detail)》(1949年)
ジャクソン・ポロック《Number 8, (detail)》(1949年) 出展:Wikiart

2-2.ウィレム・デ・クーニング「抽象表現の人物画」

ジャクソン・ポロックのように絵具を垂らすことはしていませんが、同じく「アクション・ペインティング」といえる激しい筆遣いをした画家がウィレム・デ・クーニング(1904~1997年)です。

ウィレム・デ・クーニング《Woman I》(1952年)
ウィレム・デ・クーニング《Woman I》(1952年)  出展:Wikiart

女性を描いた作品で有名なウィレム・デ・クーニングですが、女性を写実的に描くのではなく、大きな筆で大胆に描いていきました。また、絵具を塗り重ねた後に、絵具を削り取り、作品の滲みを作っています。

2-3.ロバート・マザーウェル「オートマティック・ドローイング」

ロバート・マザーウェル(1915~1991年)は「抽象表現主義」に特にこだわった画家でした。

《Elegy to the Spanish Republic No. 110》(1971年)
《Elegy to the Spanish Republic No. 110》(1971年) 出展: Wikiart

シュルレアリスムでは詩人のアンドレ・ブルトンのように心のままに、ただ思いついたことを黙々と書いていく「オートマティック」という手法を行っていました。シュルレアリスムの画家たちも絵画でも思うままに描く「オートマティック・ドローイング」をしていましたが、この「オートマティック・ドローイング」を探求し、理論として実行し、他の画家たちに説明していったのがロバート・マザーウェルです。

少ない色で落書きかのように描かれているのに、どこか引き寄せられる所があります。

《Untitled D (From The Basque Suite)》
《Untitled D (From The Basque Suite)》 出展:Wikiart

2-4.マーク・ロスコ「ミニマルアートの始まり」

最後に、マーク・ロスコは地層のような縦じまの絵を描いた画家でした。

マーク・ロスコ《No.5/No.22》(1949-1950年) 
マーク・ロスコ《No.5/No.22》(1949-1950年) 出展:Wikiart

マーク・ロスコ《No.3》(1953年)
マーク・ロスコ《No.3》(1953年) 出展:Wikiart

一見画像を見ただけだと、何か全く分からない絵画ですが、「死」「官能性」「緊張」「アイロニー」「機知と遊び心」「はかなさと偶然性」「希望」の7つの感情のバランスを地層上に表現しました。

マーク・ロスコ自身は「抽象表現主義」のような、何かの運動の枠組みに当てはめられることを嫌っていました。しかし必要なものを最小限にして、メッセージを伝える作風は「抽象表現主義」であり、次世代の「ミニマルアート」と呼ばれる作風へつながっていきます。

3.「抽象表現主義」に期待されていたもの?

こうしてアメリカで起こった癖のある作品ばかりの「抽象主義主義」は抽象的な絵画で、表現を行っていることも大きな特徴ですが、もう一つに「遠近法」からも「幾何学」からも離れた点があります。

20世紀になってからはポール・セザンヌや、パブロ・ピカソの作品で幾何学が導入されていきました。しかし、この「抽象表現主義」では、遠近の要素も幾何学の要素もなく、ただ平面に色が塗られたものといえます。しかし、絵画とは一体何でしょうか。それが今後の美術を考える上での疑問となっていきます。

一方で、政治としての意味合いもあります。

クレメント・グリーンバーグ(1909~1994年)というアメリカの批評家が、第二次世界大戦中の1939年に『アヴァンギャルドとキッチュ』という論考を発表しました。ナチスドイツの文化統制に対する批判として、大衆向けに統制された文化であるキッチュ(俗悪なもの)ではなく、難解で世に批評を与えるアヴァンギャルド(前衛)をあるべき芸術とみなしました。このクレメント・グリーンバーグはジャクソン・ポロックの作品など「抽象表現主義」を大きく評価し、人気を作った人物の1人です。

クレメント・グリーンバーグ
クレメント・グリーンバーグ 出展::Wikimedia

また、1950年代に入るにつれてアメリカの芸術・文化関係者も、自国アメリカの芸術に自信を持つようになります。画家や批評家からなる「ニューヨーク美術界」が生まれ、美術館・画廊・金持ちたちも自国の美術に熱中していきました。冷戦の中、CIA(アメリカ中央情報局)がアメリカ独自の文化の宣伝としても、展覧会や美術批評活動に対し資金面や組織面で協力した背景もあります。

4.「抽象表現主義」を見るならDIC川村記念美術館へ

『抽象表現主義』の作品を見ることができる美術館は全国にありますが、中でもおすすめしたいのは千葉県にある「DIC川村記念美術館」です。

特に本記事でも紹介したマーク・ロスコの作品を大胆に味わえる「ロスコルーム」という展示は必見です。

『DIC川村記念美術館』

所在地 〒285-8505 千葉県佐倉市坂戸631
最寄り駅 JR総武快速線「佐倉駅」下車 南口のDIC川村記念美術館バス停より無料送迎バス <約20分>   京成本線特急「京成佐倉駅」下車 南口「シロタカメラ」前より無料送迎バス <約30分>   東京駅八重洲北口発「マイタウン・ダイレクトバス」<約60分> バス降り場『DIC川村記念美術館』
公式ホームページ 『DIC川村記念美術館』

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