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良く噛むことが認知症に良いとされる理由

良く噛むことが認知症に良いとされる理由
矢島隆二 医師・医学博士

執筆者

医師・医学博士

矢島隆二

新潟大学医学部卒業後、幅広く臨床経験を積み重ね、新潟大学附属脳研究所で認知症研究を行い医学博士となった。現在は認知症や神経難病を中心に、リハビリテーションにも重点をおいた医療を担っている。神経内科専門医・指導医、総合内科専門医、認知症専門医・指導医、認知症サポート医、日本医師会認定産業医、日本リハビリテーション医学会認定臨床医。医学博士。講演や執筆の依頼も積極的に受けている。法曹の方々からの依頼で遺言能力を鑑定し、遺言書の有効性についての鑑定書作成もしている。https://yajima-brain-clinic.com/

認知症は、現代においても根治することは難しい病気です。そのため、日常生活での予防の重要性が訴えられています。その認知症予防の取り組みのひとつとして、咀嚼(そしゃく)について、今回お伝えさせていただきます。「噛むこと」と「認知症」の関係が、近年注目されており、よく噛むことが認知症に良いとされる理由について、詳しく見ていきます。

歯の数や口の働きの低下が認知症のきっかけに

歯の数や口の働きの低下が認知症のきっかけに

保有している歯の数が少ないほど、認知機能が低下しており、また認知症を発症するリスクが高いといわれています。そして認知機能が低下すると、うがい、歯磨きおよび粘膜・舌の清掃等の口腔ケアを自力で行うことが困難となることで、ますます口腔環境が悪化して、歯が失われていく悪循環になってしまいます。

また、歯を失う最大の原因は歯周病です。50歳以上の歯周病患者さんと50歳以上の健康なボランティアを追跡した調査では、歯周病患者さんでは健康な人に比べてアルツハイマー病を発症する危険性が1.7倍高かったという報告もあります。

また、歯周病患者さんは認知機能が低下しやすいといわれています。その背景として、歯周病菌の一種とアルツハイマー病との関連が注目されています。この歯周病菌は健常なヒトの脳組織には確認されませんでしたが、アルツハイマー病で亡くなった患者さんの脳組織からは多く発見されたと報告されています。

近年、「口腔機能低下症」という病名が認められました。これは、口の中が不衛生であったり、乾燥していたり、咬む力や飲み込む力が衰えていたり、舌や唇の運動機能が低下していたりする場合に診断されるものです。この病気も、放置しておくと認知症のリスクが高くなると考えられています。このように、歯の数が減ったり、口の働きが低下したりすると、認知機能が低下していき、やがて認知症に至ってしまう可能性があります。

歯がないと、なぜボケやすくなるのか

歯がないと、なぜボケやすくなるのか

歯の数が少ないほど認知機能が低下する背景としては、まず生えている歯の数が減ると、咀嚼機能が低下してしまうことが挙げられます。そして咀嚼機能が低下すると、脳の血流が低下してしまい、食品の多様性も失われることで栄養状態も悪化することが、結果として認知機能の低下に影響を及ぼすと考えられています。あるマウスの実験では、歯を抜いたマウスの認知機能を評価したところ、歯を抜かなかったマウスに比べて、認知機能が低下していたという結果も確認されています。そして、そのマウスの脳を調べると、記憶において大事な役割を果たす“海馬”という箇所の神経細胞が減少していたことも確認されています。

また、別のマウスの実験では、歯周病菌の一種を用いて実験的に歯周炎を起こさせると、歯周炎を起こさせなかったマウスに比べて認知機能が低下したと報告されました。この研究では、歯周病菌がアルツハイマー病を悪化させたと考えられています。その理由としては、歯周病菌が作り出す酵素が、アルツハイマー病に悪影響を及ぼしたためだともいわれています。さらに、この歯周病菌は脳の血管にも悪影響を与える可能性があり、そのことが認知機能障害をより悪化させるとも指摘されています。

認知症予防のために、どのような口腔ケアをすれば良いのか

認知症予防のために、どのような口腔ケアをすれば良いのか

認知症の予防については、いろいろな知見が集まってきています。その知見のひとつとして、近年、咀嚼や口腔ケアによる認知症の予防効果が注目されています。健康な高齢者の方でも、加齢とともに口腔の衛生状態が清潔に保てなくなり、口腔内に存在する細菌が増殖しやすくなることが知られています。また、加齢とともに唾液腺が変化し、唾液分泌量が減少するため、唾液の減少は細菌増殖につながってきます。口腔内の衛生状態が悪くなると虫歯や歯周病に罹患しやすくなり、歯の喪失につながっていきます。

口腔ケアにより現在の歯の数を維持することは、誤嚥性肺炎の防止や栄養状態の維持につながることが示されていて、全身の健康状態にも関与します。そのため、口腔ケアは口腔内の状態を良好に保つだけではなく、全身の健康状態を維持する上でも重要と考えられています。

具体的な口腔ケアとしては、歯磨きによって歯や舌の細菌を除去したり、口腔内マッサージによって唾液の分泌を促進したりすることがすすめられます。唾液の分泌が促進されると、口腔環境が清潔に保たれやすくなります。ただし、実際の口腔ケアは、歯や義歯の状況、口顎舌の感覚・運動機能、唾液分泌能などさまざまな因子を反映して、ひとりひとりすすめられる内容が変わってきますので、かかりつけの歯科医や歯科衛生士にまずは相談されることをおすすめします。

認知症だからこそ“食べられる歯”を大切に

認知症だからこそ“食べられる歯”を大切に

認知症の段階に至っているとしても、歯を大切することに変わりはありません。理解力が高く会話ができる程度の軽度の認知症の方であっても、意欲が低下したり、歯ブラシの使い方が上手でなくなったりして、口腔のセルフケアが不十分になって、歯周病や虫歯(齲歯)などが多発的に進行してしまう可能性があります。このようなとき、かかりつけ歯科医に定期的に受診していれば、口腔ケアの見直しをしてもらえます。また、口腔ケアが急にできなくなったり、予約を忘れるようになったりしても、歯科医のスタッフがその変化に気づいて、認知症への早期の対応ができる可能性もあります。自発的な口腔ケアが困難な認知症患者さんでは、全身の健康状態を維持するために、定期的に歯科医師や歯科衛生士による専門的な口腔ケアを受けることが重要です。

認知症の手前の段階である“軽度認知障害”から認知症初期では、口腔清掃の自立は保たれますが、清掃能力の低下から口腔衛生状態が悪化することが多いとされています。認知症が中等度に進むとうがいも難しくなり、ご自身での口腔衛生管理はほとんど不可能になります。このような認知症の病期に会わせて、歯科医や歯科衛生士から助言、指導をもらうことが大切です。

認知症の人の食事の工夫

認知症の人の食事の工夫

まず、認知症の予防のためには、緑黄色野菜、果物、魚、大豆類、オリーブオイルなどを充分に摂取することが大切です。これらの食材によってビタミンB群、葉酸、抗酸化ビタミン、ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタ塩酸などの摂取が促されると、認知機能の低下を予防することが期待されます。認知機能の低下を予防するために必要な具体的な緑黄色野菜の摂取量の目安は100g/日です。100gの目安は、ほうれん草1/3把、人参1/2本と、決して1日で摂取できない量ではないと思います。

ご自身の歯による咀嚼が難しい方では、義歯の装着がすすめられます。義歯を装着しなかった患者さんに比べて、義歯を装着した患者さんにおいては、認知機能が保たれやすいことが報告されており、認知機能に対する咀嚼の効果を示しています。

おわりに

今回は、歯と認知症の関係を見てきました。認知症の代表的な疾患であるアルツハイマー病の発症率は、70歳代後半から増加します。一方、アルツハイマー病の病態そのものは、40歳代後半から徐々に始まっていくことが多いとされています。そのため、40歳代からの歯周病と歯周病菌のケアが、高齢になった際のアルツハイマー病の発症や進行を予防する方法のひとつとなると思います。ぜひ積極的に、口腔ケアについて考えてみてはいかがでしょうか。

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