止まらぬ少子高齢化のなか、将来もらえる年金額について不安を抱いている現役世代は非常に多くいます。しかし、「その不安は誤解かもしれない」と、株式会社アセット・アドバンテージ代表取締役の山中伸枝ファイナンシャルプランナーはいいます。いったいどういうことなのか47歳の会社員斎藤さん(仮名)の事例をもとに、多くの方が抱きがちな年金制度の「誤解」について見ていきましょう。
年金制度に憤慨する会社員男性…そのワケは?
「老後が不安」といいながら、年金制度についての正しい知識を持ち合わせていない方は多いものです。先日筆者の事務所に相談に訪れた斉藤様(仮名)も、そのひとりでした。
「日本の年金制度はひどいもんですよ。高い保険料を支払っても年金がもらえないかもしれないなんて……。詐欺と同じですよ。今の高齢者は年金をもらえてラッキーですが、僕らの時代は支払い損。それで人生100年と言われても、いったいいくら貯めたらいいんでしょうかね?」
斉藤様は47歳、会社員です。若いときに一度結婚したそうですが、お子さんはおらず、元の奥様とも完全に縁が切れているそうです。山陰の小さな町で1人暮らしをするお母さんのことは、近所に住む兄夫婦がときどき訪ねては様子を見ているようですが、まだまだお元気とのこと。
斉藤様は情報収集を怠らないタイプで、勉強家です。相談においでになる前に、相当いろいろな本や動画サイトなども見てきています。聞けば、「知れば知るほど年金制度は当てにならない」という思いが強くなったというのです。
年金制度の誤解1.「年金制度はいずれ崩壊する」
まずおっしゃるのが、「少子高齢化で支え手が少なくなる一方なのだから、年金制度はいずれ崩壊する」ということ。日本の年金制度は「賦課方式」ですから、たしかに現役世代の保険料がそのまま高齢者の年金支払いに充てられます。
少子化により若い方が少なくなれば年金の財源である保険料が減り、反対に高齢化で年金を受給する方がどんどん増えるので、「釣り合いが取れない」」といわれるとたしかに説得力があります。
「昔の年金制度は多くの若者で高齢者を支える『御神輿型』、それが少子高齢化により『騎馬戦型』になり、近い将来『肩車型』になる」というのは、メディアなどでもよく取り上げられることです。
大事なのは「若い方の人数」ではなく「働く方の人数」
しかし、ここには大きな誤解があります。たしかに、65歳という年齢で区切って人口を比較すると、支え手がどんどん減っていく中で負担ばかりが増えるように思えます。しかし、実際年金制度というのは、「保険料を負担する方」と「年金を受給する方」とのバランスが取れていれば問題ありません。
すると大事なのは、保険料を負担する方たち、つまり「働く方」の人数です。
しかし、この就業者数を比較すると、実は年金制度が始まった1970年代から、今もあまり変化がないといわれています。女性や高齢者の就労が進んだことで、むしろ働く人口は増えていますから、年金制度において賦課方式を不安視する必要はありません。
また、「賦課方式」ですから、入ってくる保険料の中から支払給付が調整されるため、保険料の支払がなくならない限り給付もなくなりません。さらに、保険料以上には給付できないため、現在では「マクロ経済スライド」といって、給付額を調整する機能も加わっています。
したがって、年金額の上昇が若干物価の上昇に遅れることは想定し対策を立てるべきですが、年金制度は持続可能ですし、将来的にも枯渇することなく維持されると理解するべきでしょう。
斉藤様は、「重要なのは少子高齢化ではなく働く方の人数だ」ということを初めて知り、驚いた様子でした。
年金制度の誤解2.「年金は早死にすると損」
しかし、まだまだ斉藤様の年金へ対する不満は止まりません。
「たしかに“年金が終身”というのはありがたいし、持続可能ということでひとまずは安心しました。
でも、個人ベースで考えれば、長生きできてようやく保険料分を回収できるって話で、早死にしたらやっぱり損じゃないですか。
僕らの年代は、昔に比べて添加物も多く摂っているから、今の高齢者みたいに長生きできないかもなんて話もあるし、それで年金の受け取り年齢がどんどん引き上げられ、もらえるものももらえないなんてやっぱり納得できませんね」と語気を荒げます。
年金制度は「貯金」ではなく「保険」
そこで筆者は、「斉藤さんはお車に乗られますか?」と伺ってみました。すると怪訝そうな顔で「はい、車は持っていますよ。ドライブ好きですし」とおっしゃるので、こう言葉を続けてみました。
「車に乗られる方は、必ず保険をかけていらっしゃると思いますが、無事故で1年過ごして保険金をもらわなかったら、損したって思いますか?」
「それは、事故がないに越したことはないでしょう。保険ですから、保険金を受け取らないことのほうがむしろ良かったって意味ですよね」
「そうですよね。支払った分が戻らなくても、保険なら納得できますよね。実は、年金って貯金ではなく“保険”なんです。だから、早く亡くなったことで年金が少なくて損をしたというのではなく、想定以上に長生きしたときでも、終身で年金が支払われる保障があるということのほうが重要なんです」
斉藤様は、まだ納得できない様子。筆者は続けます。
「年金には3つの役割があります。まず、年金に加入していた方が亡くなると、遺された家族に『遺族年金』が支払われます。これは国の生命保険です。次に、障害を負うと、『障害年金』が支払われます。これは、働けなくなるリスクをカバーするための保険です。
そして『老齢年金』は、長生きに備える保険です。貯蓄だと考えると、いくら支払って、いくら受け取るという損得計算が気になると思いますが、保険だと思うと少し感覚が変わってきませんか?」
斉藤様のお顔つきが少し変わりました。「年金は3つの保険のパッケージ」。こういう話は、意外と知られていません。
年金は「賦課方式」ではなく「積立方式」がいいのではないかという方もいらっしゃいますが、私たちは実際何歳まで生きるのか予測できません。そのような中、個人個人で自分の将来に向けて積立を行うのは無理があります。やはり“保険”と捉えて、みんなで保険料を負担し、長生きに備えるのが合理的といえるでしょう。
「なるほど、今までいろいろと年金について勉強してきたつもりですが、これまでの情報は間違っていたのかもしれませんね。今日聞いたお話は知らなかったことばかりです」
年金制度の誤解3.「もらえる年金額が少ない」
でも……と、斉藤様が鞄から出したのは、筆者が持参するように依頼した「ねんきん定期便」です。
「今回持参するように言われて、初めて『ねんきん定期便』を見てみたのですが、やっぱり年金これしかないのかってがっかりしたんですよ」とおっしゃいます。
毎年誕生月に届く「ねんきん定期便」は、「50歳以上」と「50歳未満」では形式が異なります。斉藤様はまだ50歳になっていないため、記載されているのは「現時点での年金額」のみ。つまり、今後少なくとも60歳までは年金に加入する義務がありますが、その間で増やせる年金額が反映されていないのです。
年金には公式があり、年金額はその公式に則って計算されます。例えば、斉藤様は会社員ですから、厚生年金に加入しているため毎月厚生年金保険料を支払っています。会社も同様に保険料を負担しますが、この負担した保険料でもって将来の「老齢年金」を計算します。
また、厚生年金に加入していると自動的に国民年金にも加入することになります。こちらは、1年の加入で将来受け取る老齢基礎年金が約2万円になる計算です。つまり、20歳から60歳までの40年間フルで加入することで、約80万円が受け取れるという意味です。斉藤様は60歳まであと13年ありますから、国民年金だけでもこれから26万円年金額を増やすことが可能です。
厚生年金は、別名「報酬比例」とも呼ばれるので、報酬(給与)の額によって将来の年金額が変わります。ざっくりとした式をお示しすると、年収×0.55%×厚生年金加入年数で、計算されます。
つまり、斉藤様が仮に年収700万円で60歳まで働くと700万円×0.55%×13年となり、年金が約50万円増えます。また、最長70歳までは厚生年金に加入できるので、60歳以降年収450万円でさらに10年働くと450万円×0.55%×10年となり、約25万円増えます。
ただし厚生年金の計算の元となる年収の考え方ですが、給与は65万円が上限、賞与は150万円が上限となりますから、それ以上は計算に含まれないので注意が必要です。
このように、これからの年金加入により「創った」年金額が、ねんきん定期便に記載されている「現時点での年金額」に加算されていきます。
年金は「もらうもの」ではなく「創るもの」
いずれにしろ、年金を「もらうもの」と思ってしまうと、とかく人は他力本願ですから、いろいろ不満が出てきます。しかし、年金は本来「創るもの」という意識が非常に重要です。自分で創らないと将来の年金はないので、いかに働いてどのように保険料を負担するのかを考えておかないと、将来もらえる年金は少なくなります。
「実は……今日ここにくるまでは漠然と、“年金なんて頼りにならない”なんて勝手に思っていました。でもいろいろお話を聞いてみて、いかに自分が間違った理解をしていたのかわかりました。不安だと騒ぐ前に、しっかりとこれからのことを考えることにします」斉藤様はまっすぐな目でそう言い、また追って進捗報告に来ますとお帰りになられました。
年金に関しては、正直なところ本当に誤解が多いのが現状です。誤解を基本に物事を考えていては、結果的にご自身の損になってしまいます。ぜひこの機会に年金を正しく理解し、そのうえで適切な老後準備を進めていきましょう。